第19話:聖女様は、遊園地で二度絶叫する
「よーし、次は観覧車だね!夜凪、行こ!」
「……は?おい、ちょっと待て――」
返事をする間もなかった。春香が俺の手首をガシッと掴むと、バスケ部仕込みの瞬発力で俺を観覧車のゴンドラへと引きずり込んだ。
「えっ、ちょ、辻岡さん!?何を……!」
背後から陽葵の悲鳴のような声が聞こえる。彼女は慌ててどこから持ち出したかわからない警棒とエアガンを振り回しながら駆け寄ってくるが、運悪く係員が「はい、次の方どうぞー」と無慈悲に扉を閉めた。
ガチャン。
「……あ」
ゴンドラの小さな窓越しに、陽葵の顔が見えた。それは、この世の終わりを目撃したような絶望と、今にも誰かを呪い殺しそうな憤怒が混ざり合った、凄まじい「怪物」の表情だった。
「……夜凪くん!夜凪くん夜凪くん!!開けなさい!今すぐその扉を、私の権力で……。いいえ、私の素手でこじ開けますわよ!!夜凪くぅぅぅん!!」
ドンドンドンドン!!と扉を叩く陽葵。だが、観覧車は非情にもゆっくりと上昇を始める。地上で狂ったように叫んでいる。事態に気が付いた係員に「危ないですから!」と羽交い締めにされている聖女がどんどん小さくなっていく。
「(……あいつ、後でマジで槍を降らせるな、これ)」
「あはは、天ヶ瀬さん元気だねー!さてと、夜凪。二人っきりだね」
ゴンドラの中。外の喧騒が嘘のように消え、静寂が訪れる。正面に座っていた春香は俺の隣に座ると、さっきまでの元気な雰囲気とは少し違う、どこか落ち着かない様子で窓の外を見つめた。
「……辻岡。お前、天ヶ瀬があんなに怒るの分かっててやっただろ」
「うーん……半分くらい?でも、夜凪とゆっくり話してみたかったんだ。天ヶ瀬さんがいると、いつも怖くて近寄れないし」
「なんで俺と話したいんだ?俺なんかと話してるとお前まで嫌われるぞ」
春香は膝の上で指をいじりながら、ふと俺の方を向いた。その瞳には、いつもの眩しい光だけじゃなく、もっと柔らかい、熱を帯びた何かが宿っている。
「理由は特にないけど。話したいって思ったから、ってだけじゃだめなの?」
「いや…それは…」
「ねえ、夜凪。天ヶ瀬さんは『管理』だって言ってるけど……。私には、夜凪がすごく苦しそうに見える時があるんだ。……私じゃ、夜凪を助けてあげられないかな?」
「(……助ける、か)」
俺は深く息を吸い、観覧車の天井を見上げた。俺が世間から「盗作野郎」と石を投げられている時、唯一「かわいそう」と言ってくれたのが彼女だ。その時の話は実は相川 美月から聞いていた。この真っ直ぐな善意は、俺や陽葵が住むドロドロとした暗闇には存在しない毒のような光だった。
その時、俺のポケットの中のスマホが、狂ったように震え始めた。
【着信:天ヶ瀬 陽葵 3件】
【メッセージ:1件】 『今すぐ飛び降りなさい。私が下で受け止めます。あの女に触られた細胞はすべて私が焼却します。殺す殺す殺す殺す大好き殺す……』
「(……通知だけでスマホが熱いんだが)」
「夜凪……?」
春香が少しずつ俺との距離を詰めてくる。狭い密室。陽葵の監視が届かない、地上数十メートルの聖域。窓の外に目をやると、地上でM-416銃(玩具)をこちらに構えている陽葵がいた。天候を操作せんばかりの勢いで荒れ狂う陽葵の姿が見えていた。
「…あ…あのさ」




