第18話:聖女様の絶叫は、愛の告白より騒がしい
「いやあああああ!嫌い!嫌いですわ!夜凪くん、大嫌い!でも離しませんわよ!」
地上数十メートルの高さから急降下するジェットコースターの中で、陽葵の悲鳴が響き渡る。隣に座る俺の右腕は、陽葵によって「獲物を捕らえた猛禽類」のような力でホールドされていた。
「陽葵……!い、 痛い…!腕がちぎれる!そもそも、嫌いなら手を離せよ!」
「嫌ですわ!あなたがどこかに飛んでいって、他の女のところに落ちたらどうするんですの!その《《他の女》》が可哀そうですわ!終点まで、私の管理下で恐怖に震えていなさい……ひいっ!!」
再びの急降下。陽葵はもはや「聖女」としての顔をどこか遠い場所に置き去りにし、俺の肩に顔を埋めて、なりふり構わずしがみついていた。
「(……これ、周りから見たらただのラブラブなバカップルだろ)」
一方、俺たちの後ろの席では、春香が「キャー! 楽しいー!」と満面の笑みで両手を挙げており、その隣で美月が、髪を激しく乱しながらも無表情で俺たちの醜態を凝視していた。
ようやくコースターがプラットフォームに戻った時、陽葵の足元は生まれたての小鹿のようにガクガクと震えていた。
「……は、はい。これで……『嫌い』の証明は完了しましたわ……。あんなに、あんなに密着しても……私は、一ミリも、ときめきませんでした…むしろ吐き気までするわ…おえっ」
「顔色が雪原より白いぞ。あと、最後のはただの乗り物酔いだろ」
俺が呆れて支えようとすると、陽葵は「触らないで!」と叫びつつ、速攻で俺のシャツを掴んで自立した。結局離れない。
「(触ってるじゃん)」
「ねー!天ヶ瀬さん大丈夫!?はい、お水!」
春香が心配そうに駆け寄ってくる。その優しさが、今の陽葵には毒のように効くらしい。
「だ、大丈夫ですわ……。辻岡さん、あなた、さっき夜凪くんの後ろ姿を見て、何か叫んでいませんでした?」
「え? ああ、『夜凪の背中、意外と頼りがいあるなー!』って言ったんだよ!」
「…………っ!!」
陽葵の目に、再びドス黒い炎が宿った。タールのように黒い目の彼女はフラフラの体で俺の前に立ちふさがり、春香にこう言った。
「……頼りがい……?誰の背中が……?辻岡さん、眼科の受診をお勧めしますわ。彼の背中は、ただの不浄物の避雷針です。あなたが頼る場所ではありませんわ……!」
「またまたー!天ヶ瀬さん、本当は夜凪のこと大好きなくせに!」
「す、す、好きじゃありません!私は、彼を地獄に落として、私だけがその隣で管理する快楽を……あっ」
口を滑らせた陽葵が、慌てて両手で口を抑える。
それを聞いた美月がニヤりと笑い、画面を俺たちに見せてきた。そこには、ついさっきまでジェットコースター上で絶叫しながら「離さない!」と叫びながら俺の腕に抱きつく陽葵の、あまりにも必死な姿が収められていた。
「快楽ねぇ」
「な……消しなさい……今すぐそのデータを消去しなさい相川さん! 私の権力で、あなたのスマホを文鎮に変えることも可能ですのよ!」
「無理だよ。もうクラウドにアップしたし文鎮にもならない。もう私のパソコンからいつでも見れる……あ、新作のガチャ、SSR出た。やっぱり絶叫したおかげかな」
美月の「無関心な闇」が、陽葵の焦りを加速させる。遊園地という名の戦場で、聖女の檻は、もはや物理的にも論理的にも崩壊しつつあった。




