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第16話:聖女様の「嫌い」は、嘘の味

 美月の「お幸せに」という言葉が、準備室の空気にトドメを刺した。陽葵は顔を真っ赤にしたまま、トングをカチカチと虚しく鳴らし、何かを言いかけようとして――そのままフリーズした。


「(……オーバーヒートしたな、これ)」


「ねー、天ヶ瀬さん。地獄を共にするって、結局それって仲良しってこと?嫌いなの?好きなの? 友情?あ、それとも、親友を超えた『ソウルメイト』的なやつ!?」


 春香が目を輝かせて陽葵の顔を覗き込む。陽葵はガクガクと震えながら、必死に聖女の仮面を繋ぎ合わせようとした。


「ち、違いますわ……。今の言葉は、そう、文学的な表現ですの!夜凪君の更生を、私が命をかけて全うするという覚悟の現れであって……!」


「でも天ヶ瀬さん、さっき『所有物』って言ったよね。管理じゃなくて所有。それ、法的にはアウトだけど感情的には『()()()』って呼ぶんだよ。しらんけど」


 美月の追い打ちが止まらない。陽葵はついに、ヤケクソ気味に叫んだ。


「わ、わかりましたわよ!私たちが相思相愛だなんて、そんな誤解を解けばいいんでしょ!夜凪くん、あなたからも言ってやってくださる!? 私たちの間に、微塵も愛なんて存在しないことを!」


 美月と春香の視線は俺に向けられた。陽葵が俺に、必死の形相で「全否定しろ」と合図を送ってくる。……正直、面倒くさい。だが、ここで肯定して事態がややこしくなるのも困る。俺は死んだ魚の目のまま、美月と春香を見た。


「……ああ、その通りだ。天ヶ瀬が俺を好きなわけがないだろ。こいつはただ、俺という壊れたおもちゃを直すことに執着してるだけの、異常者なんだ」


 俺が淡々と突き放すと、陽葵は「そうよ! その通りですわ!」と胸を張った。


 しかし、陽葵の胸の奥では俺の「好きなわけがない」という言葉が、予想以上に鋭く突き刺さっていたようだった。彼女の瞳が、一瞬だけ捨てられた子犬のように揺れる。


「ほら、聞いたかしら!彼は私のことを異常者だと言い放ちましたわ!こんな関係に愛なんて――」


「ふーん。じゃあ、天ヶ瀬さん。そんなに嫌いなら、夜凪が他の子に優しくされても、何とも思わないんだね?」


 美月がスマホから顔を上げ、挑戦的な笑みを浮かべた。


「ええ、もちろんですわ!公衆衛生上、他の方に迷惑がかからないのであれば、私は別に…!」


「じゃあ、実験」


 美月がクイッと春香の背中を押した。

「え? なに、美月?」と戸惑う春香。


「春香、夜凪の頭、なでなでしてあげなよ。ご褒美のリンゴも、天ヶ瀬さんじゃなくて夜凪の口に直接あーんで」


「「……!!」」


 準備室の気温が、一気にロシアの北東くらいの気温まで下がった。春香は「えー! いいの? 夜凪、お疲れ様ー!」と、純粋無垢な笑顔で俺の頭に手を伸ばし、タッパーからうさぎさんカットのリンゴを取り出した。


「ほら、あーん!」


 春香の手が俺に触れようとした、その刹那。


 ガシャン!!


 陽葵がテーブルを叩き、身を乗り出した。その目は血走り、トングを構えたまま、言葉とは裏腹な叫びを上げた。


「……辻岡さん。……そのリンゴ、今すぐ捨てなさい。……さもなくば、私が今ここで、そのリンゴと一緒にあなたの存在を歴史から消去しますわ」


「(……何とも思ってんじゃねーか)」


「あはは!天ヶ瀬さん、やっぱり嫌いじゃないんじゃん!独占欲、すごーい!」


 春香の笑い声と、美月の「しらんけど」という呟き。そして、自分の嘘が10秒でバレた羞恥心と嫉妬心で、いよいよ爆発しそうな聖女。


 俺、夜凪 湊。覆面小説家としての次回作のタイトルは『聖女様の管理計画は、天然の光と無関心な闇によって崩壊する』を候補にあげることにした。

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