第5話
人は生まれる腹を選べない。どっかの絵本作家が言うような「子供が母親を選んで生まれる」なんて事は100%あり得ない。まあ、とは言え、それは別に人に限った話でない。
具体的に言えば俺もそうだ。あんな硬い殻に押し込められているなんて思いもしなかったし、発芽したのがまさかこんなペンペン草も生えなさそうな場所だったなんて。
これ、もしかしてフェルセティアの奴が狙ってこんな所に落としやがったのか……?
(あンのクソ女神め……絶対容赦しねえ……次会った時は俺と同じ目に遭わせてやるから覚悟してやがれ……!)
俺はあまりにも酷い境遇への憤りを全てフェルセティアに転嫁し、復讐を強く誓った。
……が、後に知ることになるのだが、これはフェルセティアのせいでも何でもないのだった。
本来転生システムでの出生場所は生物であれば親のいる場所……多少なりとも同じ種族の集落に生まれ落ちるし、よしんば植物であっても植生の似通った場所に発生する為、生存不可能な土地に送られて詰む事は基本的には無い。
しかし俺は植生も何も、そもそもが珍しい「神樹」である事が災いし、とりあえず魔力の濃い場所(例えそれが生き物が住めないレベルの瘴気に満ちた場所であっても)が選ばれてしまったのは、今の俺には知る由の無い事である。
(しかし、これからどうしようか……そんなに大きく動ける訳じゃないし、この環境下で成長出来るのか?)
実は種から出てきた後、若干体を随意的に動かせるようになっているのに気付いた。
体を動かせるとは言っても、動物のように動ける訳では無く、水を吸ったり根を伸ばしたりといった植物としての範囲の行動だ。根っこで歩いたり葉っぱをローテートさせて離陸したりとかは流石に無理だ。
なのでとりあえず地面に根っこを伸ばしているのだが……根っこが痛い。何かすっごいビリビリする嫌な物が全身を駆け巡ろうとしている。
そして根っこから地中の水分を吸おうとしたけど……これ見なくても分かる、死んでる水やん! 死んでるどころか毒だわ!
ついでに異臭を放つ空気をちっちゃい葉っぱで取り込もうとして強い吐き気に襲われた。何度も言うが俺には消化器官は無い。心がえずいてるんだ。
いやマジできっつい! どうやっても生きられる気がしねえ! 無理ゲーじゃんかよコレ!
(おーい! さっき殻割ってくれた人ー! お願いだからどっかから土と水持ってきてくれませんかー! あと出来れば空気……は無理か、とにかく土と水だけでもー! あれ? いや待って寒い!? 何で!?)
もしかしたら先ほどの親切な方……人間どころか生き物ですらないかも知れないが、また助けてくれるかも知れない。
俺は柳の下のドジョウを期待して心の中で叫んでいたが、急激に寒気を感じはじめた。
慌てて自分に【鑑定】を使用すると、名前の横に【バッドステータス:衰弱】と表記されていた。
……え、俺衰弱してるの? もしかして死にかけてるの? マジで? 転生したばっかなのに? 何この展開の速さ、陸に上がった魚くらいの弱り方じゃない? 俺本当に神樹なの??
(おーい! マジでヤバいでーす! なんか衰弱してるらしいっすよ俺! 誰か聞こえてたら助け……うわっぷ!?)
さっきより切迫感三割増しくらいの助けを求めていたら、上から何か投げつけられた。うわー重いー埋もれるー!!
投げつけられた何かは結構な量だ。パラパラとしていて、しかも微妙にほかほかと暖かい。そこそこ大きな固形物もあるんじゃないかな?
その重いパラパラに染み込んでくる湿り気。お、これってもしかして……?
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【周囲の環境が変化しました】
空気:風の魔石によって新鮮な空気が生成されています。
範囲は半径一メートルで、半球状に展開されています。
新鮮な空気がバリアの役割を果たしており、
周囲の瘴気を退けています。
魔石に残留している魔力から推察するに、
一ヶ月は空気精製の持続が可能と思われます。
土壌:土と火の微細な魔石を多分に含んだ土がかけられています。
魔力、及び栄養の吸収が可能です。
火の魔石により土壌の温度が高めに保たれており、
生育に必要な積算温度の確保が可能となりました。
魔石に残留している魔力から推察するに、
一ヶ月は魔力・栄養・熱量が供給される物と思われます。
水分:水の魔石より水分の湧出を確認しました。
魔力を帯び、飲用に適した水が生成されています。
魔石に残留している魔力から推察するに、
一ヶ月は水分の生成が可能であると思われます。
光源:光の魔石による光源の発生を確認しました。
これに伴い、光合成が可能となりました。
強い光属性の影響により、種族:神樹の固有スキルである
【浄化】【聖域】の先行取得が可能になりました。
魔石に残留している魔力から推察するに、
一ヶ月は発光が維持されると思われます。
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思った以上の助けが来たァァァァァァァァァ!
一ヶ月後には無くなってしまうとは言え、どうにか生きていく環境が手に入った。しかしそれが魔石とは、ファンタジーここに極まれりと言う物だ。
魔石がこの世界でどういう立ち位置なのかは分からないけど、タダでぽこじゃか手に入る類の物ではないだろうと思う。
そうでなくともこの酷い環境だ。持ってくるのも一苦労だろうに、こんな死にかけの種の為に貴重な物資を分け与えてくれたであろう足長おじさんに感謝の念しかない。
(ありがとー! これでしばらく生きていけそうでーす! 誰が助けてくれたのかちょっと今は確認出来ないけど助かりましたー! ありがとー!)
俺は見ず知らずの命の恩人に届くよう願いながら、感謝の念を込めて心の中で叫んだ。
自分に【鑑定】を使用してみると、先程まで付いていた衰弱のバッドステータスが消えていた。なんとも現金な事で。
しかしこれで俺も最低限の生活が出来る可能性が出てきた。先程の環境の鑑定結果にあった【浄化】と【聖域】だ。
具体的な効果は【鑑定】のレベル不足のせいで調べられないが、名前から察するに周囲に満ち満ちている瘴気をどうにか出来たりしないだろうか?
もしかしたら一ヶ月と言わず、年単位のサステナブルな生活を営める目もあるかも知れない。
(よーし、絶対生き延びてやる……すくすく育ってでけえ神樹になって、あのクソ女神をくびり殺してやる……!)
俺は土に染み込んできたおいしい水を吸い上げながら、女神への復讐を固く誓ったのだった。




