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2.選ばれたい気持ち

 2年半近く前。ずっとひとりでいるつもりだったのに、心が揺らいでしまったころのこと。

 親友の梨帆(りほ)に会って、将来について話が及ぶと、愛美はぽつりと言葉を漏らしていた。


「結婚相談所に登録しようかなって、ちょっと考えているの」

「えっ、本当に?」


 ひどく驚いた顔で、梨帆がこちらを覗き込んでいる。愛美は言い訳するように告げた。


「何だか、このままでいいのか分からなくなってしまって。その、結婚したいとか相手を見つけたいとか、必ずしも思っているわけじゃないの。ただね、来年で30歳になるし、結婚しないならしないでいいと思えるようになりたくて」


 梨帆の表情の変化に、慌てて言葉を付け足す。


「結婚相談所に入会していれば、両親も安心しそうだし。自分でもちゃんと先々のこと、考えるでしょ。相手のかたとお付き合いする機会があれば、真剣に結婚する必要があるかないか判断できると思ったから」


 たどたどしく話したが、梨帆は満面の笑みを浮かべていた。


「やっと、そういう気持ちになってくれたんだね。親友として、嬉しいよ」


 梨帆は高校時代からの仲の良い友人で、すでに数年前に結婚している。

 

「あの、そういう気持ちって……ちょっとずれてない? わたしは、本気で結婚するとか考えているわけじゃないから」


 続けて打ち明けても、親友は嬉しそうな面持ちを崩さない。


「今度は幸せになってよ。わたし、協力するから」


「だから、違うって。わたしはもう男の人とうまく付き合う自信がないもの。きっと会っても進展するようなことはないと思う。もちろん、もしも、もしもだけど。少しずつ上手に付き合えるようになって、こんな自分であっても、結婚相手として選んでくれる人がいつか見つかればいいかもしれない、とは思うけど……」


「ほら、その勢いよ」


 にっこり笑って、梨帆は愛美を応援してくれたのだ。




 数日後に、梨帆から電話があった。


「この間の結婚相談所の件だけど、もう登録した?」

「えっ、まだだけど……」


 梨帆の話が早くて、意表を突かれる。二人でランチをした際、思いついて胸の(うち)を吐露したものの、そんなすぐに行動に移すつもりはなかったので。


「そう。それなら、その前に一人、会ってみたらどうかなと思って。実はね」


 梨帆の声は、始終軽やかで明るかった。


 たまたま昨日、夫が独身の友人と久しぶりに顔を合わせた、という。

 飲みながら互いの近況を伝え合ううちに、その友人から「結婚する相手がいなくて……、誰かいればいいんだけど」という話があったらしい。


「すごくいいタイミングじゃない。まずはその人に会ってみるのはどう? 同い年だから、話題もあるんじゃないかな」

「でも、急に二人で会うなんて、できるかどうか……」


 正直、怖いような気もする。昔の辛いことも思い出してしまうかも。

 そんな気持ちを察したのか、梨帆は提案した。


「こっちも向こうも友人同士だから、遠慮はいらないよ。何なら、わたしたちも一緒についていこうか。最初はダブルデートでどう?」


 こうして、梨帆とその夫、愛美と拓とが一緒に集まることになったのだ。

 拓の最初の印象は、正直薄くてはっきりしなかった。とりあえず、怖くならなければいいと思っていたので、ほっとしただけ。

 梨帆たち夫婦はよく言葉を交わしたが、愛美と拓はほとんど喋ることもなかった。あまり互いを知る機会にはならなかったと思う。


 けれど、梨帆たちが介入していることで、拓からメッセージをもらった。断る理由も思いつかず、二人だけで一度会うことになった。


 一緒に食事をしても、相変わらず会話は弾まない。しかし、拓とはどういうわけか、口を開かなくても不思議と場が持つのだった。

 人によっては、穏やかすぎて何か物足りない気がするかもしれない。けれど、愛美にとって、拓は押しつけがましいところが一つもなくて、男性に対して身構えていたことを忘れるくらいだった。


 こうして、たいして話もできないのに、会えばお互いの仕事やプライベートの都合を確認し、次の約束をして、ずっと付き合いが重なっていったのだった。


 そうして、2年。

 すぐ会わなくなるんじゃないかと思ううちに、いつの間にかそれだけの年月が過ぎ去っていた。

 以前は、二度と誰かと恋人同士になれる自信などなかった。それなのに。


 この人に選ばれたい。

 愛美はそう考えるようになっていたのだ。




 過去に一度だけ、愛美には結婚を考えた男性がいた。

 その人は、愛美を選ばなかった。


 自分は一番に選ばれない人間だと、幼いころからずっと思い込んでいた。

 何をするにも、両親は妹を先にした。

 愛美が不器用で要領が悪いのに対し、妹は真逆だった。妹と比べられて、両親からよく叱責された。

 わたしは妹より価値がないんだと感じていた。


 自分のほうが年上なのだし、できのよい妹が何でも優先なのは当然だと思う。それなのに、時々心のなかに冷たい風が吹き込んで切なくなった。


 幼稚園に通うころから、愛美はほぼ途切れることなく周囲から苛められてきた。

 他の子に比べて何をするのも遅く、何をしてもうまくできない。太りやすい体質など容姿もからかいの対象だった。どこにいても常に(さいな)まれている毎日で、自分に自信を持てないままだった。


 わたしは一番に選ばれない。それどころか、何をやってもうまくいかず、この先もずっと誰にも必要とされないのかもしれない。

 胸がきりきりと痛むほどそう感じて、俯き加減で生きてきた。


 ところが、友人の結婚式に呼ばれたのが発端となって、付き合う人ができた。向こうから告白されたことで、有頂天になった。

 24歳の愛美は、いつか彼と一緒に暮らす日が来ることを信じていた。

 しかし、彼にはもう一人付き合っている人がいたのだ。

 その事実を知った衝撃から立ち直れないうちに、彼はその人と結婚した。向こうを選んだ。


 愛美は選ばれなかった方だった。


 自分のすべてを否定された気分に陥った。現実を受け入れることができなかった。何も食べられなくなり、みるみるやせ衰えた。

 裏切られた気持ちから切り替えることもできず、すべての男性が怖く感じるようになった。子どものころ、男の子に叩かれたり罵られたりしていた記憶も、急に甦るようになってしまった。


 職場は男性が少なく、接することもあまりなかったのが幸いだった。忙しい仕事に追われ、ただ時間が過ぎていくような日々が続いた。


 結婚を考えていたことを、両親には一切話さなかった。悪気はなくても「愛美がそう簡単に結婚できるわけがない」などと言われることを恐れてしまったから。


 ちょうど観覧車に乗れなかったころからだろう。愛美は期待に応えられないことが申し訳なく思いながらも、妹と比べられる言葉には何度も傷ついてきた。

 これ以上父母から否定されるのは耐えられそうになかった。

 ただ、親友の梨帆にだけはすべてを話した。


 もとから本を読むのが好きだった愛美は、物語のなかに入り込んで、別の世界に浸ることで少しずつ回復していった。 

 現実では、自己否定的で自信もなかったし、男性が苦手なままだったけれど。

 

 梨帆と話したのをきっかけに、突然自分の人生に拓という存在が現れたのだ。


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