怪我の功名
「リリー・カサブランカ侯爵令嬢!
今この時をもって、お前との婚約を破棄する!
そして、これからは、このサリー・マクガレン男爵令嬢と婚約を結び直す。
お前は俺がサリーと仲がいいのに嫉妬してサリーに様々な嫌がらせをしたそうだな!
お前のような悪女とは結婚できない!」
理想の王子様の廉価版のような金髪蒼眼の優男、マイケル・トーミウォーカー公爵令息は、隣にいるピンク・ブランドのサリー・マクレガンの肩を抱いてリリーを指差した。
場所は学園の大ホール。
今日は卒業記念パーティー。
最終学年の生徒と、そのパートナーたちが固唾を飲んで見守っている。
「どうぞ、どうぞ。
できるものなら、やってみてください」
リリーは 満面の笑みで答える。
「は? できるに決まってるだろう。
そんなこと言って俺が怯むとでも思ってるのか?
そこまでして俺との婚約を継続したいのであれば、もっと俺に好かれる努力をすれば、よかったものを……。
お前は、いつでも素っ気なかったではないか。
今更、後悔したって遅いんだぞ!」
「私の婚約者はあなたでなく、あなたのお兄様です」
「は?
何を馬鹿な――」
「遅くなって、ごめんリリー」
ダミアン・トミーウォーカー公爵令息がやってきて、リリーの横に並ぶ。
兄ダミアンの方が弟マイケルよりガッチリしていて凛々しい。
顔や色素は似てるけど。
「ああ、ダミアン!
来てくれて良かった。
今ちょうど、あなたの弟のマイケルから婚約破棄すると言われてるんだけど……」
「……そのことか。
だったら俺から説明しよう。
確かに リリーの婚約者は、最初マイケルになるはずだった。
だけど親父が間違って俺の名前で婚約届を出してしまい、それをわざと修正しないでおいたんだ」
「なんだって?
どういうことだ?」
(・_・)マイケル。
マイケルの兄ダニエルが説明する。
「俺は騎士団に入って剣の道を極めたかった。
だから家督相続権は弟に譲ると宣言した。
しかし親父は、家督を次男に譲ることに不安があった。
マイケルの領地経営能力にも疑問を抱いていたし。
そこで、もしマイケルが駄目だった場合は婚約届けは、そのままにしてリリーと俺を結婚させ、もし家督を次男に譲るのであれば内密に届出を修正することにした」
「よくわかんねえけど、修正する手間が省けたじゃないか。
リリーと結婚しなくても俺は領地経営できる」
マイケルが腕組み、気だるそうに言葉を繋ぐ。
「残念だけどリリーが次期公爵夫人になるのは当主決定なんだ。
そもそも、お前に経営力がないから補足してもらうためにリリーが選ばれたのに」
「え、じゃあ……サリー悪いが愛妾になってくれ。
俺はリリーを、お飾りの妻にする」
「そんなっ」
予想外だったのが、ピンクが慌ててマイケルの腕に縋る。
「大丈夫だ。
爵位を継いだら贅沢させてやるって。
君も夫人教育、受けないで済むぞ?」
宥めるマイケルに頬を膨らませて抗議するピンク。
「おい、まだ分からないか?
親父は試したんだ、お前を。
リリーという婚約者がいながら結婚前に浮気し、領地経営を手伝ってくれる彼女を大切にもせず、こんな公の場で貶めるような人間に、家督を任せられるはずない。
婚約届の修正はない。
俺がリリーと入籍して家督を継ぐ。
領地経営は分家より優秀な人たちに来てもらう」
「え、じゃあ俺はどうなるんだ?」
「鉱山だろ。
文官になる頭もなければ騎士になる腕もない。
まして家が用意した婚約者への交際予算を着服した上、リリーへ慰謝料も払わなきゃならないんだぞ?」
「慰謝料?
だってリリーがサリーに嫉妬して嫌がらせを……」
「どうして俺の婚約者が、お前の愛人に嫉妬しなきゃならない?
リリーが、お前の婚約者じゃないこと知らなかったのは、身内ではお前だけだよ」
ダニエルに寄り添うリリーが、もっともだと頷く。
ショックで動かなくなったマイケルを尻目に、ダミアンはリリーに向かって、うやうやしく御辞儀する。
「せっかくの卒業記念パーティーだ。
1曲踊っていただけませんか? レディ」
「もちろん 喜んで」
リリーは、自分の婚約者の手を取って微笑んだ。