絶対、暗殺してやる
「 リリー・カサブランカ公爵令嬢!
今この時をもって、お前との婚約を破棄する!
そして、これからはこの■■男爵令嬢と婚約を結び直す!
お前は俺が■■と仲がいいのに嫉妬して■■に様々な嫌がらせをしたそうだな!
挙げ句の果てには、階段から突き落とし殺そうとしたなど、王室の顔に泥を塗った、お前に処刑を宣告する」
理想の王子様の廉価版のような金髪蒼眼の優男、マイケル・トミーウォーカー王子は、隣にいる■■の肩を抱いてリリーを指差した。
場所は学園の大ホール。
今日は卒業記念パーティー。
最終学年の生徒と、そのパートナーたちが固唾を飲んで見守っている。
と、これは前世でやった乙女ゲームの話。
そしてここは、その乙女ゲームの世界。
よくある異世界転生。
私は処刑される悪役令嬢。
今は断罪が始まる1年半前。
すでに王子とは婚約してしまっている。
そして、あと半年すれば元平民のヒロインが転入してきて物語がスタート。
まあ……やっぱり首チョンパは避けなければ。
殺られる前にやった方がいい。
最良は、今まだ平民のヒロインを見つけ出して暗殺すること。
公爵家の力を持ってすれば、秘密裏に人を屠るくらい朝飯前だ。
万一ことが露見しても、無礼打ちということにすれば 大した損もない。
所詮、相手は平民。
なんせ、それが貴族社会だ。
綺麗事ではない。
ヒロインが貴族になってしまったら……まして入学後に王子の目に止まってしまったら、暗殺が難しくなる。
だからなんとか草の根分けてでも、ヒロインを見つけ出して殺したい。
だけど、それには大きな問題がある。
まず、ヒロインの名前がわからない。
なぜなら、好きな名前を入力して始めるタイプのゲームだからだ。
例えば アアアと入力すればこうなる。
「リリー・カサブランカ公爵令嬢!
今この時をもって、お前との婚約を破棄する!
そして、これからはこのアアア男爵令嬢と婚約を結び直す!
お前は俺がアアアと仲がいいのに嫉妬してアアアに様々な嫌がらせをしたそうだな!
挙げ句の果てには階段から突き落とし殺そうとしたなど、王室の顔に泥を塗ったお前に処刑を宣告する」
名前を手懸かりに探すのは無理。
次に顔。
これも、わからない。
主人公は顔ナシだ。
千と千尋のアレじゃない。
後ろ姿や、顔が何かで隠れてるスチルばかりなのだ。
更に髪は平凡な茶色。
茶髪は、この世界には無限にいる。
そもそもヒロインも転生者だった場合、髪の色や長さも変わっているかもしれない。
つまり、わかってるのは同い年。
今は平民として暮らしており、父親が貴族であることを隠してる。
それだけ。
だったら平民女性を愛人として囲っていた男爵家の当主、もしくは次期当主をあたれば?
と思うだろう。
主人公母と父男爵の馴れ初めがわからない以上、それは砂漠で砂金掘りするようなもの。
いくらパートナーと仲が良くても娼館や仮面舞踏会に一度も行ったことない男性は、ほぼいないだろう。
メイドを雇ってない貴族もいない。
基本的に貴族は下位になればなるほど人数が多い。
騎士など職業に付随する爵位を抜けば、男爵は一番下のランク。
要するに……打つ手なし!!
「あーああーあーあああああーあああ」
私はベッドに寝転がると、ジタバタした。
すると、私の奇行を聞きつけた家族が足早にやってきた。
どうせ侍女が「 お嬢様がご乱心です」とでも言ったのだろう。
お母様ったら公爵夫人なのに廊下を走ってくるなんて、はしたないわ。
自分のことを棚に上げて、そう思った。
「一体どうしたんだ?」
口火を切ったのは兄だ。
私たちは4人家族。
乙女ゲームの内容を、前世の知識ではなく予知夢だと言って説明した。
最初は神妙に聞いていた家族は、途中から呆れたような眼差しに変わった。
信じてない?
…… いや私死ぬかもしれないのに?
「さっさと留学したら、ええやんけ」
兄に続いて、父も言った。
「そうだな。
一応こちらからも『娘が王子を好きになれそうにないから卒業までに 、もし王子の気持ちが変わったら婚約解消してくれ』と打診しておこう。
そうすれば『嫉妬した』などと言いがかりもつけられない」
私の苦しみは、鶴の一声ならぬ父兄の一言で終了した。