08話
ある休みの日の朝、まだ日が完全に昇りきっていない薄暗い時間に、なんとなく家を出て一人で散歩をしてみた。
散歩っていっても、ゲーム中に食べるものを買いに少しコンビニまで行ってきた程度だけど。
その帰りにふと横を見ると、偶然その道の先に彼の姿を見かけた気がした。織部の姿、一瞬だったから自信はないが多分彼だ。
別にこの辺に住んでいれば見かけることはあるだろう。俺は学校以外では初めて見たけど、行動圏が全く同じわけもないし、俺は彼がどこに住んでいるのかも知らないから、めったに会わないのも別におかしいことではない。
けど、ふとなんとなく気になり、彼のことを追ってみることにした。
ただの気まぐれだが、彼のいつもと違うまなざしを見て何をしているのかが気になった。ただそれだけの理由。
少し離れたところから、俺の姿がばれないかつ彼の姿を見失わない程度の距離を保ちつつ、彼のことを追った。すると彼は、しばらく住宅街を普通に歩いた後、急に角を曲がり路地に入っていった
俺も急いで同じように角を曲がったがそこに彼の姿はなく、近くの道もよく探してみたが彼の姿どころか人の姿も一つもなかった。いつも通りの街の風景が、その静けさと薄暗さが相まっていつもと違う場所に見える。
彼はどこに行ったのか
でもあの迷いの無さを見ると、少なくともこの場所に一度は来たことがあり、かつある程度の地形も理解していると思う。もしかしたら、彼は今日のような行動を何回もやっているのではないかと思った。
何にしろ彼がなぜあそこにいたのか、どこへ行ったのかは今の俺には分からないし考えようがない。
あの後、結局俺は彼を見つけられずそのまま家へ帰った。気づいたら家を出てから1時間ぐらい経ってて、もう何のために外へ行ったのかも忘れていた。
彼が何をしていたのか気になるが今日は学校が休みだし、だからといって連絡するのもなぁ。
とりあえずあったことは一旦今日はおいておくことにした
次の日、いつものように三人で学校へ行き教室へ向かうと、すでに俺の前の席に彼がいた。
どこか眠そうな顔をした彼は、大きくあくびをしてぼーっとしている様子だった。
今日の様子を見てる感じ、昨日のことを聞いてもはぐらかされそうだなと思いつつ一応聞いてみた。
「織部」
「なに?」
「昨日の朝何してた?なんか外いなかったか?」
「いたよ、うん。別に外にいることはおかしいことじゃないだろ?
てか、俺からしたら藍が起きてたことの方が意外だけど」
「いや結構朝早かったし何してたのかなって」
「普通に散歩してただけだけど」
「本当に?」
「なんでそんなことで嘘つかなきゃいけないんだよ
本当にただ散歩してただけ。俺8月の半ばくらいにこの街来たけど、まだ知らねえ場所とか多いからなー、もっとこの街のことを知りたくて、たまに朝早めに起きて街探索してるんだよ」
「へー、すごいね。」
「いやそれ絶対思ってないだろ」
彼は普段の表情と違う少しあきれた顔をしてそう言ってきた。
俺的には納得できなかったが、これ以上聞いても何も分からなそうだと思い諦めた。
また別の日の早朝、俺はうちの黒柴のワサビと一緒に散歩をしていた。俺は普段夜遅くまでゲームをしているため、犬の世話は部屋の掃除やシャンプー、水換え、餌やりをする代わりに散歩をあまりしていない。でもうちの犬たちは、普段おやつをあげるも散歩に行くこともほとんどしていない俺になぜか一番懐いている。
姉はそんな俺に嫉妬しつつ、一番懐いているのに散歩に行ってあげないのは良くないと思う!と言ってきたため、休日の夜と平日の朝週に一回だけ犬たちと散歩に行っている。
ただ、うちの二匹は年が結構離れていて、歩くスピードも違う。そのため、散歩は朝夜それぞれ二回に分けてやっている。特にワサビは元気はつらつ天真爛漫なおてんば娘で、良く走るため俺が狩り出されることも結構ある。
別に俺は普段外出ないから体力に自信ないし、なんなら姉さんや母さんの方が運動系は得意だと思うが、普段は任せているから頼まれたら断りずらい。
そんな感じで今日が俺の散歩当番の日だったわけで、コンビニに行ったときとは別の道を通りいつもの犬たちの散歩コースを歩いていた。
今日もワサビ姫はとっても元気ルンルンな様子で、俺を先導するように少し前を歩き道を進んでいた。
すると、この間と同じように彼が少し先の道を歩いているのが見えた。今回は見間違いではなく、絶対に彼の姿だった。
俺は、前回のように彼にばれないギリギリの距離で彼のことを追った。
すると彼は突然この前のようにまた狭い路地へと入っていき、あっという間に見えなくなってしまった。俺も前回よりもっと早く彼の入って行った路地の方に向かい同じ道を曲がった。
しかしその道の先に彼の姿はそこにはなかった。だけどこのあたりの道は把握している。
細い路地が多いこの辺はとても複雑な構造になっていて、長く住んでいる人でなければ迷うことはよくある。いくつか路地を曲がっただけで分からなくなることもある。
おそらく彼はこのあたりのことをある程度知っている。
この道の先も曲がり曲がった構造をしているが、一本道になっている。おそらく彼はその道を抜けたその場所にいるのだろう。
なぜかワサビも興味津々で、尻尾をブンブン振りながら俺のことを引っ張って行こうとしている。小さい体のどこからそんな力が湧き出てくるのか…
そのままワサビに引かれて道を進んでいくと、ある角を曲がったところで彼の後ろ姿が見えた。見えたかと思ったら彼は急に走り出し、柵を越えたり壁を蹴ってモノを飛び越えたり器用に全身を使い結構なスピードで先の道を進んでいった。
アレはいわゆるパルクールってやつなのか?走って跳んで回って登ってまた走って…
凄い身軽さと速さで進んでいく彼の姿を追うのは、全力で走っている俺でも大変だった。
代わりにワサビがその嗅覚と脚力を使い全力で俺を引っ張って彼の元へと連れて行ってくれる。
犬の全力ってすごい、普通に疲れた。
そんでそれに引けを取らない速さで進んでいく彼はすごいを超えてちょっと怖い。そんな彼が道を抜け通りに出ていくのが見え、俺もその後を追って道を抜ける。
道の左右を見たがやっぱり誰もいない、と思いふと後ろを振り返ったら顔が目の前にあった。
「…びっくりした、急に出てくんなよ。てか何してんだよこんなとこで」
「いやーだからこの間言っただろ、街探索だって」
「…」
最初は彼もいつものように余裕そうな笑顔を浮かべて淡々と話していたが、俺が数秒間彼の顔を無言で見つめていると、目をそらし下を向いて大きくため息を一つ吐いてあきれたような顔をこっちに向けてきた。
「本当に大した理由なんてねぇよ。なんかこういう知らない場所に来て、一旦考えていることも全て忘れて、だれもいないところをただひたすら走ってみたり。
そんな時間も面白いと思っただけだよ。それ以上もそれ以下もねぇ」
「…あっそ」
「聞いておいてなんだよその反応は」
そんな風に話す彼の顔はいつものように笑顔だったが、どこか困っているようにも見えた。
「歩きながら話そうぜ」
あの道の先は河川敷のすぐそばの道に出る場所だった。
なので俺は、川の中へ飛び込む勢いのワサビを抑えつつ河川敷を歩きながら彼と話をした。
「それで散策は済んだのか?」
「まあある程度はなー。今なら何聞かれても多分教えられるぜ。たとえばあそこの吉田さんの家のワンコ、吉田さんが出かけている間に家から抜け出して木村さん家に行って一緒に庭眺めてるとか」
「マジでくだらねぇ」
「そんなくだらないことも必要になるかもしれないだろ~」
「それでもその情報はいらないだろ」
「まあそうかもな。でもこれが俺のやり方だからな」
くだらない情報を集めることがか?織部のそういうところはよくわからん。
「てかワンコかわいいな~、名前なんて言うんだ?」
「ワサビだよ。うちのもう一匹のわがまま姫」
「もう一匹?」
「一人目はうちの姉さん」
「へー」
あの人は姫なんてもんじゃない。口うるさくて騒がしい、すぐ首を突っ込んでくるわがまま女王
アレを見たらワサビの行動なんてかわいいもんだ。
こんなこと本人に言ったら俺が終わるから絶対口には出さないけど。
そういえばこの間見かけたときからずっと不思議に思ってたが
「そういや今は眼鏡してないんだな」
「ん?あー、まあ散歩中はいらないかなーって思ってさー。俺、夜目の方が効くタイプだし」
織部は俺の方を見てそう言うと、ニシッと笑って自分の目元を指さしていた。
視力の強さと夜目が効くっていうのは関係あるのか?まあまず元々の織部の視力を知らないから、あんまり悪くない可能性もある。正直それはどうでもいい。
河川敷を歩きながらただくだらない話をした。最近あった楽しいこと、気になってること、学校であったよく分からないこと。ゲームの話は特に面白かった。
意味のない会話なんてないけれど、何も考えずに適当に話していたその時間は結構面白かった。
しかも、彼と俺の二人だけ(プラス一匹)なのがまた謎だったけど、こういう日があっても良いかもしれないと思った。




