第1話 闇の支配者
霧が谷を覆い尽くし、夜の冷気が肌を刺すように漂っていた。闇に包まれた世界の中、軍の列が静かに進む。
兵士たちが、足音も立てずに前進していた。
それもそのはずで、彼らの多くは死者であった。もはや命のない彼らは無駄口も文句も言わず、命じられるままに前進を続ける。
死者を率いるのは漆黒の馬に跨った一人の男で、その名は誰も知らない。
配下からは「闇の支配者」という安直な名で呼ばれていたが、その実力は見掛け倒しではない。
彼自身の剣技の力量も凄まじいが、それ以上に死霊を扱う術は誰よりも優れていた。彼の周囲を歩く戦士たちは、護衛に生み出した死霊騎士で、存在自体が圧倒的な死の力を放っている。並の人間ならば、視線を合わせただけで魂まで凍り付くだろう。
無論、それらを支配する闇の支配者も、視線を合わせることを躊躇させる相手だ。
「前進を続けろ」
闇の支配者の命令は低く囁きのようだったが、その意思は軍全体に伝わったかのようだった。
この恐るべき存在に近づいたのは、ポレナ夫人。彼女はかつて高貴な家系の出身だったが、今は闇の支配者の力によって吸血鬼となり、彼に仕える忠実な部下である。彼女の髪は銀色に輝き、肌は雪のように白い。その冷ややかで整った顔立ちには、かつての人間としての美貌により磨きがかかり、神秘的な美しさがあった。もちろん、見る者の魂を虜にする魔性の美貌ではある。
「準備はできているな?」
闇の支配者が彼女に声をかける。その声には冷酷な期待と、わずかな満足感が含まれていた。
「はい、閣下。すべてはあなたのために」
ポレナは微笑みながら返答し、頭を軽く下げた。その微笑みには冷徹な計算と忠誠心が混じり合っていた。
ポレナも戦場で数多くの死者を蘇らせ、アンデッドの軍勢を作り出していた。彼女は吸血鬼でありながら、生者の世界における陰謀や策略にも長けていた。そして何より、彼女の魔力は死体を操ることにおいて闇の支配者に次ぐ実力者でもある。アンデッドたちは、彼女の手によって再び立ち上がり、闇の支配者のために戦う。
「合流すれば、あなたの軍はさらに強大になるでしょう。誰も、あなたに逆らう者はいなくなるはずです」
ポレナは静かに告げた。
「それでいい。だが、油断はするな。我々の前にはまだ多くの障害がある」
闇の支配者は低く応じた。
彼はその眼差しを遠くに向け、彼方に広がる敵の領土を見据えていた。闇の王国と人間の王国の間には、これまで幾度も戦争が繰り返されてきた。しかし、今回の進軍はこれまでとは異なっていた。闇の支配者は今や、かつてないほどの力を手にしていた。そして人間の国々に詳しいポレナの存在は、軍勢の動きをさらに効率的なものにしていたのだ。




