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闇の胎動  作者: 雨竜秀樹
オークの軍勢

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第3話 強者の毒



 モルグの軍勢は、大陸中を恐怖で染め上げていた。

 炎と鋼の嵐が吹き荒れるたび、モルグの名はさらに高まり、彼の征服の軌跡は無数の屍と灰に覆われた都市で形作られていた。誰もが彼にひれ伏し、従うしかないと信じていた。それでも、彼の野望は止まることを知らない。


 その日、モルグの軍勢は、かつて栄華を誇った王国の最後の砦、ソルヴィア王国に迫っていた。王国は広大な緑の丘と金色に輝く城壁で守られていたが、モルグにかかればそれもただの障害に過ぎない。オークの軍勢は強力な攻城兵器を使い、砦の壁を次々と打ち砕いていく。兵士たちは勇敢に戦ったが、彼らの運命は既に決まっている。


「ボス! 城の門は開かれた!」


 側近が興奮した声で報告した。

 モルグは無言で頷き、赤い輝きを放つ大剣を握りしめる。炎の大精霊イフリートが宿った大剣は新たな獲物を消し炭に変えることを喜ぶかのように、赤い輝きを強める。


「ソルヴィアも終わりだな」とモルグは低く呟く。

彼の声は力強く、どこか悲しげだった。自分を従わせる者は誰もないことに対する不満だが、彼はそれを飲み込んで、軍勢に進軍を命じる。


「奴らに最後の一撃を与えるぞ! 栄光は俺たちのものだ!」


 オークたちの咆哮が響き渡り、砦に突入した。

 戦場はすぐに血と炎の地獄と化す。モルグ自身も戦いの中に身を投じ、大剣を振るいながら、敵を次々と斬り伏せて、焼き尽くしていく。

 彼の力の前に、ソルヴィアの騎士たちはまるで枯れ葉のように散っていった。

 ついに、モルグは玉座の間にたどり着いた。そこには、女王エリサが待っていた。彼女は冷静に、しかしその美しい顔には深い決意が刻まれていた。薄いドレスに身を包み、華奢な体つきでありながら、彼女の眼差しは強かった。


「よくぞここまで来たわね、モルグ。お前は恐ろしい存在よ。だけど、ここがお前の終わりよ」


 モルグは鼻で笑い――彼に鼻はないがそう表現するしかない――、言葉を返す。


「終わりだと? 女王、俺がここまで辿り着いたのに、何をもって終わりと言う?」


 エリサは微笑み、静かに言った。


「私たちにはもう抵抗する術はないわ。あなたはこの国を滅ぼした。しかし、ただ敗北を受け入れるつもりはないの」


 モルグは彼女の前に立ち、剣を肩に担いだ。


「そう思うのはお前の自由だが、どうやって俺に一矢報いる?」


 女王は振り返り、近くに置かれていた銀の杯を手に取った。杯には赤い液体が揺れていた。


「では、これを……。あなたが征服した国のために、私からのささやかな贈り物よ」

「何のつもりだ?」

「毒よ。でも、あなたのような強者にとっては、ただの酒のようなもの」


 そう言って彼女は毒酒を呷った。


「オークの首領。貴方の伝説は聞いているわ。その中には毒殺の宴から生き残ったというものもある。イフリートの加護だともね」

「そのとおりだ。大精霊の加護を受けた者はこの世の武器や毒では殺せない。俺を殺せるのは、より強い力を持つ武器だ」

「だけど、貴方にはこの毒杯は飲めない。私は貴方の誇りを傷つけて、最後を迎えるわ。モルグは小娘が飲めた毒杯を飲めない臆病者だと笑いながら旅立つわ」


 モルグは彼女を見つめたが、女王の表情は真剣で揺らぐことはなかった。彼はしばらく考え、そして杯を受け取った。オークの首領として、彼は常に死と隣り合わせに生きてきた。暗殺者の毒の刃や矢を受けたことは一度や二度ではなく、毒殺の宴を生き残ったという話も嘘ではない。

 毒の酒など今更、恐れるに足りない。


「ふん、そんなものが俺に通じると思っているのか? 面白い」


 モルグは笑いながら、女王が飲んだ杯をつかみ取ると、一気に飲み干した。赤い液体は彼の喉を滑り落ち、体内に広がっていく。

 最初は何の変化もなかった。

 モルグは笑みを浮かべたまま、女王を見つめる。


「やはり何も――」


 その言葉を言い終える前に、モルグの顔が苦痛に歪んだ。胸の奥から燃えるような痛みが走り、彼はその場に膝をついた。身体が重くなり、視界がぼやけていく。


「どうした……、これは……?」


 女王エリサは冷静に彼を見下ろした。

 モルグは驚き、エリサを見るが、先に毒を飲んだ彼女は平然としている。


「その毒は、ただの毒ではないわ。あなたのような力ある者――大精霊をも滅ぼすもの。あなたは確かに強かった、モルグ。だからこそ、しかし、ここまでよ」


 モルグは荒い息を吐き、力なく大剣を地面に落とした。イフリートの炎はすでに消え、彼の身体から力が抜けていく。彼はかつてのように高らかに笑うこともできず、ただ呟いた。


「栄光……、俺の栄光の旅は……、ここで終わるのか……」


女王は静かにうなずいた。


「そう、あなたの旅路はここで終わるわ。だが、その名は永遠に残るでしょう。恐怖として、悲劇として」


 モルグはその言葉を聞きながら、ゆっくりと倒れ込んだ。強大なオークの王は、ついにその命を終えた。彼の死と共に、大陸を震撼させた征服者の時代も幕を閉じた。

 女王エリサの国は怒り狂ったモルグの残党により徹底的に滅ぼされたが、その後、主導者を失ったモルグの軍勢は、次第に崩壊していった。

 いくつかの勢力がモルグの後釜になろうとしたが、再び栄えることはなかった。

 しかしそれでもモルグの影はあまりにも深く、そして長く大陸に残り続けたのである。




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