第10話 剣の女王
異端審問官は暗い部屋の一室に案内される。
そこにいたのは拘束具で身動きを封じられた少年であった。彼は異端審問官が入ってきたのを知ると、にこりと微笑む。
少し癖のある金髪に、暖かな春の森を想わせる深緑色の瞳、大人になる前の愛らしさを持つこの少年が32人の村人を惨殺した凶悪犯であると紹介されたとしても、素直に信じる者はいないだろう。その中に、剣や魔導に長けた正規騎士が数名入っているとなれば、考えられるのは不意を突いての夜襲か、あるいは毒殺くらいだ。
しかし、この少年は正面から堂々と村に押し入り、嬉々として次々に村人たちを惨殺していったのである。逃げ出してきた村人たちからの嘆願を聞きつけた領主が、オークの傭兵団と共に村に向かった時、少年は肉塊を繋ぎ合わせた奇怪な祭壇あるいは像を作成していた。邪教の儀式にも思えたし、狂気の発明、子供の悪戯にも思えたが、それらは従軍した神官団により、炎で浄化されている。
少年は厳重に拘束され、異端審問官たちの武装修道院に護送されたのである。
「フラッペンのリドゼグ。君を指す名前で間違いないな?」
「ええ、家族や親しい友人たちはリドと呼びます。神父様も良ければそう呼んでください」
異端審問官の厳しい表情や彼の背後で無言の圧力を与える武装修道士たちに委縮することなく、少年――リドゼグは歌うように答える。
「私は教義を説く神父ではない。教義から逸脱した異端者を排除する者、異端審問官と呼ばれる。さて、リドゼグ。君はどうしてこのようなことをした?」
「剣の女王の意思を継いだのです」
殺人鬼は誇らしそうに告げる。
「剣の女王――グラトリアのおとぎ話かね?」
「いいえ、真実の物語です。彼女の築いた王国をボクは繋いだのです」
「グラトリアなどという国は今も昔も存在しない。そして剣の女王と呼ばれた人物など、存在しないのだ。しかし、その物語はいつの頃か語り継がれ始めている。リドゼグ、君はいつ、どこで、その物語を知ったのだ?」
鬼気迫る表情で問い詰める異端審問官に対して、リドゼグは可笑しくてたまらないと、尋問室に哄笑を響かせた。
「目を塞ぎ、耳を閉ざせば、知ることはできないのです。ボクは彼女の物語を知り、彼女と共に戦場を駆け巡って、偉大なる栄光を手に入れた! 民衆の歓呼を浴びながら、広大な領地を手に入れた! ああ、女王陛下、我が君! 貴方のために勝利を捧げます!!」
「押さえつけろ」
様々な魔導や奇跡により縛り上げた拘束具がギリギリと嫌な音を立てる。
異端審問官の命令に従い、武装修道士たちはリドゼグを乱暴に押さえつけるが、気にすることなく少年は剣の女王の名を讃える。天使のような微笑みは一変して、今や薬物中毒者の末期症状のような状態であった。
「……リドゼグ。お前がグラトリアの物語に感銘を受けたのまでは理解しても良い。だが、ならば何故、あのような凶行を行った? お前の家族や友人たちをどうして殺すことができたのだ?」
「はは、はははっ、永遠なる支配、揺るぎない秩序、完全なる統制のために、今も彼らはボクと共にあるのです。そしてそれを拒むことも、阻むことは許されない」
「物語の概要だけは知っている。だが、その結論に達した理由がわからない。どこをどのように読み解いたら、お前たちが凶行に走るのか……」
異端審問官は純粋な疑問をぶつける。
苦難があり、それらを乗り越えて秩序を築き、後継者に領土を譲る。長年の太平の後、国がわかれて消えるも、血と志を継ぐ者たちは残る。些か古典的ではあるが、英雄譚の一つとしては理解できる。それゆえ、異端者たちが女王の名の下に隣人たちを殺戮する理由がさっぱりわからないのだ。あるいはなにか、隠された意味などあるのではないかと推測したが、異端審問会の何百年にもよる調査でも原因は究明されていない。
そう何百年。
グラトリアの名の下に凶行に走る者たちは、記録にある限り340年前まで遡ることができる。最初はただの狂人の犯行と思われていたが、ここまで続くとある種の呪術的災害ともいえた。
いつ、どこで、どのように、グラトリアの夢に感染するのか? 異端審問会はそのような基本的なことにさえも手が届いていないのだ。
異端審問官の問いかけに応えることなく、リドゼグの笑い声が室内を満たす。
異端審問官は肩を落として、面会を終える。
そして天なる主に、剣の女王にあてられぬことを祈るのであった。




