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闇の胎動  作者: 雨竜秀樹
剣の女王

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第8話 遺言



 ルクードとベリストラの長子グラムロートの譲位が行われたのは、グラトリアの病が公に発表されてから数ヶ月後のことであった。民衆たちの不安は暗雲となって国内全体を覆うが、この時点では重臣たちにはすでに彼女の病は伝えられており、市民たちの心情とは裏腹に日々の暮らしは平穏なものであった。

 一方で権力者の間での暗闘は行われてはいたが、その大半は女王の死後の地位に関する問題であり、グラトリア王朝を覆そうという勢力は皆無であった。これに関しては、ベリストラの蛇と鼠が各地を回り、反乱の芽を摘むために奔走した結果である。もっとも、グラトリアの晩年の治世において、生き残っている旧勢力自体が珍しく、その反動勢力の大半もベリストラが裏から操る傀儡に過ぎない。

 姉に対する勢力を一つにまとめて支配下にする手法は、彼女の得意とするところであり、必要になればいつでも始末できる状態で監視下にあった。

 ルクードの育て上げた剣士団は今もグラトリア王朝における最大最強戦力であり、その忠誠心は揺るぎない。女王に対して向けられていた剣が、筆頭剣士であるルクードの子供に向けることに対して抵抗を持つ者はいなかった。

 新たな群雄割拠が訪れるかもしれないと不安を感じていた市民たちも、やがて不安の霧から抜け出すと、新しい王朝の誕生を祝福する。


 一方でグラトリアの見舞客も後を絶たない。

 侍従医たちに付き添われながらも、剣の女王は今までと変わらぬ威厳と強さを持っているように見えた。しかし鋭い者なら気づいてもいた。蝋燭が燃え尽きる直前の輝きのようなものであると。


「女王陛下、世界樹エルムモランを我らエルフに返還していただいたこと。エルフを代表してお礼申し上げます。こちらは世界樹の枝葉にございます。少しでも痛みを取り除ければと」

「グラトリア女王、我らドワーフが恩義を返す前に旅立つことになるとは……、斧と酒にかけて、あんたの甥を助けると誓う」

「偉大なる剣の女王陛下、貴方様の庇護の下、ゴブリン商会は大きく拡大することができました。貴女と取引できなくなるのは残念です。我々に心の痛みを与えた聖女ルミナに祝福あれ、女王陛下最後にせめて……、え、賄賂は受け取らない? ああ、無慈悲なる御方、我々は貴女の死を心から悼みますよ。まあ私たちゴブリンよりは、貴方たち人間の方がはるかに長生きしていますがね!」

「アンタと戦い、共に戦ったこと、俺たちオークは誇りに思う。死後も、再び我らと戦わんことを!」


 彼女の見舞客は人間だけではなく、その種族もばらばらであった。

 彼らの他にも大海原で覇権を競っていた半魚人と人魚、黄金を山のように溜め込んだ竜、いまひとつ頭の悪いトロール、湿原を巡って争う蜥蜴人や蛇人などなど、戦友といえる者もいれば、好敵手という者もいた。時には命を懸けて戦った相手でもあったが、今のグラトリアと戦いを望む者はおらず。ただ彼女の死を前に集まっている。

 一通り謁見を終えると、グラトリアは後継者である甥グラムロートを呼んだ。


「お前に、この国を継がせる。それはお前が望んだものではないかもしれない」

「女王陛下、貴方のような王になります」

「いいや、私のような王になる必要はない。私がお前になれないように、お前は私にはなれない。だが、お前は王として生きねばならない。時に厳しい決断をする必要もあるが、決断した責任、あるいは決断しなかった責任はとらねばならない」

「……」

「私は多くの敵を倒し、多くの味方を殺してきた。結果として今の繁栄があるが、最上であったかはわからぬ。あるいはより良き道があったかもしれないが、魔導の力を持ったとしても過去に戻りやり直すことなど叶わぬ。人は常に選択を行い、その際、己の積み重ねを運命の天秤に乗せるのだ。どれだけ修練を重ね、知恵を絞っても、負けることもある。その際、責任を取らねばならぬが、それは必ずしも自分自身の血肉ではない。臣下かもしれぬし、友かもしれぬ、あるいは国民かもしれない。その血を流すことを恐れてはならぬが、慣れてもならぬ。そして敵に血を流させることにも……」


 常に戦い続けた彼女の哲学を聞き、そこから何を感じ取り、何を想うのかは、新たなる王の問題である。ただ彼は黙って先代の言葉を聞いていた。


「父と母の姿を見て、周囲の官たちの姿を見て、学び、鍛えよ。お前がお前らしい王になるための師には事欠かぬはずだ。そして信頼できる者たちを育てよ、見つけよ。国政を行い、民を豊かにするがいい。それがお前の豊かさにもつながる……」

「女王陛下?」


 グラトリアが大きく咳き込み、ただ事ではないと感じたグラムロートは外に控えていた医師たちを呼ぶが、剣の女王は無理やりに声を出す。


「あとは、任せた」


 それが彼女の最後の言葉となった。




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