第5話 思惑
「女王陛下、妹君の婚姻を決められたのは喜ばしい限りですが、ご自身のお相手はいかがされるおつもりでしょうか?」
女王の妹と宿将の結婚となれば、その準備も大々的で慌ただしいものである。
各地からの参列者や祝いの品々、警備や各地との調整などなど、やるべきことは山のようにあり、女王であるグラトリアも日々の政務に加えて結婚式の準備に忙しくはあったが、その隙間を縫うように、彼女が子供の頃から仕える老将軍が問いかけた。
「世継をもうけ、王朝の存続をはかるのも統治者の務めにございます」
「私に何かあった時は、ベリストラが後を継ぐ。ルクードとの間に生まれた子なら不安はあるまい」
「グラトリアさま……」
女王の浮かべる笑みを見て、老将軍は首を横に振る。
すくなくとも今すぐ心を決めさせるのは不可能だと判断して。もう少し時間を置いてから、改めて説得をすればよいだろう。ベリストラは血縁者ではあるが、やはり求心力は女王の実の子であることが望ましいのだ。
グラトリアは、老将軍の問いかけを聞き流すように、視線を窓の外へと向ける。外には、彼女の統治する王国の広がる景色があり、青々とした草原や、遠くにそびえる山々が目に入った。これらの土地が、彼女の支配する領土であり、財産であり、守るべき責任があると再認識させる。
「将軍、試みに問うが、私が選ぶべき相手とは、どのような存在だと思う?」
グラトリアは、窓越しに景色を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
老将軍は一瞬、彼女の意図を掴みかねたが、思ったことを正直に答えた。
「陛下にとってふさわしいお相手とは、王国の安定と繁栄をもたらす存在であり、陛下のお心に寄り添う者でしょう。力強い盟友であり、共に未来を築くことができる方をお選びいただくことが最善かと存じます。陛下自身がその方を愛することこそ、陛下とこの国の幸福になることでございましょう」
グラトリアは薄く笑みを浮かべ、窓から視線を戻して老将軍に向き直った。
「それは理想的なものだな。しかし、私の王国は暴力で打ち立て、破壊によって建てたものだ。その怨嗟と恐怖を呑み込み、血の繋ぐものがいるだろうか? まして私自身の幸せや愛を両立させるなど……」
老将軍は少し驚いた様子を見せたが、すぐに思いを語る。
「陛下、愛と責務は必ずしも相反するものではございません。むしろ、共に歩む者との信頼と尊敬があれば、愛は芽生えるもの。繰り返しになりますが国のためにも、そして陛下自身の幸せのためにも、ご再考いただければ幸いです」
グラトリアはしばらくの間、言葉を発さずに考え込んだ。彼女は国を守るために数多くの決断をしてきたが、自分の人生に関する決断は、今まで後回しにしてきた。それでも、妹のベリストラが幸せな結婚を迎えるのを見て、どこか心の奥にある孤独感が膨らんでいたのかもしれない。本人自身、無自覚なものではあったが。
「私の幸せか…」
彼女は自らに問いかけるように、静かに呟いた。
「ベリストラの結婚式が終わったら、考えることにしよう。それまで、王国の未来は妹とルクードに託すがな」
老将軍は一礼し、「それでは、陛下がその決断を下される日まで、私は見守り続けましょう」と言い残して、静かに部屋を後にした。
グラトリアはまた一人になり、窓の外に広がる風景を眺めながら、心に重くのしかかる思いを整理しようとしていた。貪欲に国を拡大させてきた彼女にとって、自身の愛や幸福とは何なのか?
今一度考えるべき時であった。




