第7話 死と生、あるいは生と死
「この森の全ての精霊たちに呼びかけ、私の元に集まるようにしてくれ。そして、儀式の準備を整えてほしい。私は世界樹の力を借りて、ヴァルゴスを封じるつもりだ。」
側近たちはエルムモランの意図を完全には理解できなかったが、その決意の固さに圧倒され、忠実に命令を遂行した。森の精霊たちは呼びかけに応じ、エルムモランの元に集まり始める。彼女は静かにその力を集め、儀式の準備を進めていった。
一方、死の魔王は「死」の力を解き放った。
人間の国々を滅ぼしてきた力は、エルフの森に対しても効果を発揮したが、一瞬で即死させるには至らなかった。魔導を駆使しても200年程度が寿命の人間に対して、エルフの寿命は数千、上位者にいたっては永遠に近い時を生きるという。
「しかし、死は必ず訪れる」
ヴァルゴスは沈痛な面持ちで呟いた。
エルフの女王エルムモランにも先代がおり、それより前の者たちもいる。始祖と呼ばれるエルフの中でも生き残っている者は稀である。
ヴァルゴスは死の力を強めるが、エルフたちも無抵抗ではなかった。
神秘の力を秘めた武具を身に着けた精鋭の魔法剣士たちが、女王の儀式が終わるまでの時間稼ぎをしようと死の魔王に殺到する。対して、死の教団の信徒たちも自らの神を守るために進んで殉教の道を進んだ。肉の盾となり、禁じられた呪いを浴びせて、エルフたちの猛攻を押しとめる。
しかし、ついにエルフの勇者たちが死の教団を突破すると、魔王に殺到した。
無数の武器が魔王を貫き、数々の神秘の秘術が魔王にかけられたが、そのすべてを受けても、ヴァルゴスを滅ぼすことはできなかった。それどころ、死の教団が壊滅しつつあることを理解したヴァルゴスは最大級の死を解き放った。
「すべての魂を我がもとに、すべての苦痛を終わらせるために、私は世界の終わりであり、永遠の安らぎの始まりである。 ――屍法、永遠よ・終われ」
何万年もの寿命を残していたエルフたちを老死させる。それどころか、美しいエルフの森、城、そしてすべての生命の源である世界樹さえも、老いて、朽ち果てる。
だが、死の力が最も高まった瞬間、エルムモランの儀式も完成した。
「大地よ、風よ、水よ、火よ、新たに芽吹く命よ! 私は新たなる循環の輪となり、永遠なる理の一部とならん! ――創造、世界の礎たる樹」
その瞬間、エルムモランの体は暖かくも力強い光に包まれ、徐々にその姿を変え始めた。彼女の足は根となり、大地に深く根付いた。腕は枝葉となり、天へと伸びていった。
それは新たなる世界樹であり、無数の枝木が死の魔王ヴァルゴスを呑み込んだ。死の魔王の魂は世界樹の中心へと吸い込まれていく。
死の魔王は逃れようとしたが、無駄であった。どれだけ死を解き放とうとも、生命の奔流が彼の力を押しのけたのである。
「あ、あああ、ああぁあああああッ!!!!!」
ヴァルゴスは泣き叫んだ。
自らの使命が果たせぬことに対する悔恨と新たに生まれて苦しむ命に対して、嘆きは尽きることのない怨嗟の咆哮となった。エルムモランはその声を聴きながら涙を流す。生命に対する想いは変わらぬはずなのに、これほどまでに進む道が違うことに対して、涙を流した。
ヴァルゴスに対して涙を流したのは、彼女が最初であった。そして最後だったかもしれない。
「『沈黙の使者』ヴァルゴス。どうか、その魂が安らぎを見つけることを願っています」
「エルムモラン! エルフの女王、新たなる世界樹よ! 私は……救いなどいらぬ。私自身は救われなくともよい、私は救いたかったのだ! 人々を苦しみから、救いたかった……。苦しみ、嘆き、死を終えた後に、再び苦しむ生を繰り返すなど、許せないのだ。誰かが、誰かが終わらせねばならない。私の使命だ、使命だったのだ……」
「……私は貴方の嘆きを理解します。ですが、私たちが見据える先は異なっていた。貴方は死によって、終わることで、生きる者たちが救われると考えた。私は生によって、生きる者たちが救われると考えたのです。そして、その答えはこれから先を生きる者たちに委ねられるでしょう」
「認めぬ、認められぬ……」
意見は平行線のまま、死の魔王と新たなる世界樹は完全に一体化した。
今やあふれる生命と死は完璧な均衡を保っている。
恐るべき死の魔王が封じられたことで、生き残ったエルフたちから歓声が上がる。やがてこの歓声はあらゆる生きとし生ける者たちの声となるのだ。各地で祝杯が挙げられ、すべての者が生を感謝する。
それは新たな赤子が生まれたことを喜ぶ泣き声のようでもあった。
だが、その歓声は永遠には続かない。
死の王が滅ぼした国々の生き残りと、幸運にも無傷であった国との間で衝突が起こり、ささやかな対立は、やがて大規模な暴動となり、新たな戦乱の時代に突入する。人間たちは死の魔王を退けたエルフを恐れながらも、彼らの優れた文明や美しい建造物、偉大な魔法や武具などを求めて、新たなる世界樹エルムモランを守り、育んでいたエルフの国を襲ったのである。
女王を失い弱体化したエルフの国は焼き払われて、滅亡した。
残されたのは、未だに生と死の均衡を保ったままの新たな世界樹だけである。そんな世界樹の前に、一人の人間が跪いて、誓いを立てた。
「ヴァルゴス様、偉大なる死の魔王」
男は死の教団の生き残りであった。
ヴァルゴスとエルムモランの放った二つの秘術に巻き込まれ、生き残った。あるいは死にぞこなった男は教団の主であり、その身はすでに人間ではなくなっていた。
「いずれは御身を世界樹の牢獄から解き放ってみせます。どうかそれまでご辛抱ください。すべての安寧のため、すべての苦痛を終わらせるため、どうか、どうか……」
死の教団は再建される。
今度はより深く、より狡猾に、社会に溶け込んで、いずれ死の魔王を復活させるため。生と死の決着は未だつかず。




