第6話 死の教団とエルフの女王
ヴァルゴスは手を高く掲げ、死の呪文を口にした。
その呪文は彼が生み出した物であり、生者たちに死を与え、死者たちの魂を鎖のように繋ぎ、ヴァルゴスに忠誠を誓わせるものであった。無数の魂が叫び声を上げ、その苦しみが死の魔王の内側に吸い込まれるように消えていく。
こうして、また一つの国が滅びた。
「ヴァルゴス様……」
死の魔王を神の如く崇める教団。
その教団を興したのは、戦場でヴァルゴスと対峙した兵士であった。彼は上官であった騎士と袂を分かった後、ヴァルゴスを真の救済者であるという「死の教団」を立ち上げると、苦痛からの解放を教義に掲げて、ヴァルゴスが魔王として猛威を振るうと、彼の下にはせ参じた。
「各地の村々での布教活動は順調ですが、大規模な都市では上手くいっておりません。生の快楽にしがみつこうとする者たちが多く、貴方様を冒涜する者も少なくありません」
「かまわない、すべては私に還り、安らぎをもたらす。お前たちの順番が遅くなることには心苦しくはあるがな」
「偉大なる死、貴方様に奉仕することが、私たちにとっての最後の苦難。貴方様と共に世界を救済するのは、生の苦痛に勝る喜びです!」
狂的な輝きを瞳に宿しながら、教団を率いる者は応じる。
彼らのような救世主症候群は、苦難の時代にあっては、実のところ珍しくなかったかもしれない。終わりのない戦争、飢饉、疫病、貧困、この終わりなき絶望の時代が終わることを望むものは少なかった。
それが「苦難に満ちた生からの解放を掲げる」ある種の自殺教団も、珍しくはなかったかもしれない。だが、ヴァルゴスのような強大な力を持つ者は、この世界では彼一人だけであっただろう。
ヴァルゴスは武芸の達人でもなければ、戦争などの戦略家でもなく、外交官でもない。人ではなく意志を持った災害ともいうべき存在であり、ほとんど法則性もなく死の力を解き放ち、国々を滅亡させていったのである。
もしも彼に大局を見る戦略眼があれば、すでに世界は滅びていただろう。
それを支えるべく死の教団は、ヴァルゴスの無軌道な死の補助を始めたことで、ヴァルゴスはより効率的に世界に死を振りまいていた。
だが死の教団の活動により、生ける者たちはヴァルゴスの動きを読み始めることができるようになったのである。
とはいえ、人間たちは死の魔王の動きを知ることができるだけで、彼に勝利することができぬことを悟る。人間の王たちは唯一の希望として、永遠の生命を持つというエルフを頼ることにしたのである。
「沈黙の使者」であるヴァルゴスの行動は、エルフたちの間でも意見が分かれた。
彼の行動は自然の一部であり、この世界が終わる時であると語るエルフの賢人たちは少なくなかったのである。
だが、永遠の森の女王エルムモランは熟考の末、人間たちの要請を受け入れた。
決断する前日、彼女は議論の小休憩に一匹の老いた狼に出会った。彼女はその狼の目に深い悲しみと疲れを感じ取り、狼の死が近いことを悟った。
エルムモランは膝をついてその狼に優しく話しかける。
「あなたの時間が近づいているのですね。けれど、恐れることはありません。死は新たな生命の始まりなのですから。」
自然と出た言葉に、狼は安らぎを感じ、穏やかな顔をして息を引き取った。
彼女はその場にしばらく佇み、狼の死体が世界の一部となり、世界と一体化する。生と死の循環に深い敬意を表した。この瞬間、エルムモランは生命と死の循環の美しさを再確認すると、ヴァルゴスを止めるべきであるという結論を出すことにした。
「彼を止めなければならない」
エルムモランは強く心に決めた。
「この世界の秩序を、ヴァルゴス個人の感傷で破壊するというなら、私も私個人の感傷として、生と死の循環を続けさせる」
世界樹と一体化した城で、エルフの女王は宣言すると「沈黙の使者」――いや、死の魔王ヴァルゴスをいかにして止めるかを語った。
エルフの賢人たちは女王が意見を変える気はないことを悟ると、宝物庫から必要な古代の書物や秘宝を集めて、ヴァルゴスに対抗する術を整えた。
エルムモランも瞑想にふけり、精霊たちと対話を重ねる。
数週間が過ぎる中で、エルムモランはついにある術式を完成させる。そして運命に導かれるかのように、ヴァルゴスと彼の率いる死の教団も永遠の森に迫っていた。
死の魔王とエルフの女王の戦いが始まったのである。




