後世における天才令嬢の評価1
「あなたがたは私を、何だと思っているの」
豪奢な衣服に身を包み、悪鬼の形相で己を詰る者たちに、ルイーゼは吐き捨てた。
「人は死ぬわ。当たり前よ。……私は、神様じゃないのよ?」
『白き女神、地に堕ちる』
そんな見出しが新聞の一面を飾ったのは、とある冬の日であった。
「人間が老いて死ぬのなんて、当然のことじゃない!我が国の平均寿命を三十年も過ぎて亡くなるなら、神の与えたもうた天寿だわ!」
「違いない」
王都の屋敷の一室で、激昂したルイーゼが怒鳴り散らしていた。それを苦笑いで見守りながら、僕は小さく同意のつぶやきを漏らす。
「しかも死ぬ間際に呼ばれて、何ができるって言うのよ!私が人外の天使様なら祈りの言葉ひとつでなんとか出来るかもしれないけれど、私はただの人間の医者なのよ!」
「気持ちはわかるよ。でもね、それでも普通の人は、王様や王女様を相手にキレないんだよ」
「それはそうだけど!反論しなかったら私が殺されそうだったのだもの!」
悲痛な叫びに僕は深く頷いた。
一応は嗜めたけれど、さすがの僕も今回ばかりはルイーゼに同情する。
とある王族の死を防げなかったと言って王家の怒りを買ったルイーゼの身柄を、現在は実家である我が家が引き受けている状態だ。
「人は死ぬわ!当たり前じゃない。私にできるのは、死ぬべきではない人を、死ぬべき日まで生かすだけよ!」
「その通りだ。死ぬべき人を無理矢理生かせるとしたら、それはもはや神の領域だね。……はぁ」
感情的になっているルイーゼからはバシバシと怒気が放たれていた。
自分に対して向けられているわけでもないのに、やけに消耗してしまう。
「少し落ち着きたまえ、ほら果実酒でも飲んで」
「ふんっ」
とりあえず甘味の強い果実酒を渡し、荒れ狂う女神様を宥める。
もう少しルイーゼが落ち着くまでは、メアリーを呼ぶのはやめた方が良いだろう。
メアリーは姉が王家の怒りを買ったと聞いただけで、真っ青になって寝込んでしまっている。なにせメアリーは少し前に三人目を産んだばかりで、疲労が溜まっているのだ。
「まったく、なんて愚かなのかしら!あの人たちは王族のくせに、なんでそんなことが分からないの?」
「ははっ、そりゃ当然だよ」
うんざりとそう吐き捨てるルイーゼに、思わず笑ってしまった。相変わらず普通の感覚がわからない人だなぁと呆れてしまう。
「それは君、みんな君よりもその点において愚かだからだよ」
「その点において、ってどういうこと?」
僕が一部のみを肯定したことに、ルイーゼは訝しげに眉を寄せた。僕はくすくすと笑いながら、相変わらずな幼馴染に説明してあげた。
「専門外のことは誰でも分からないということさ。君だって、ドレスの流行なんか分かりゃしないだろう?革新的な新しいデザインのドレスを見たら、デザイナーは神だと思うかもしれない。それと同じだよ」
少しずつ呑み込んだのか、ルイーゼの表情に冷静さが戻ってくる。
「つまり、人々は君と神様の区別がついていない」
「……あぁ、なるほどね」
大きなため息とともに納得の呻き声を漏らすと、ルイーゼは一息に果実酒を煽った。
「そうね、そうだわ、その通りよ!医師には当然のことでも、医学を修めていない人には理解できないのも当然かもしれないわ。私だって専門外のことはさっぱりだもの!」
やけに納得した顔で何度も頷くルイーゼは、勝手に瓶からグラスに果実酒を注いでいる。ついでに無造作にアップルパイを手に取った。
久しぶりの高級な甘味で怒りがおさまることを期待し、僕はマナーをうるさく言わないことにして、傾聴に専念した。
「……でも」
ひとしきり話したいことを話した後、ルイーゼはポツリと呟いた。
「私は、目の前の命を救いたいから医者をしているのだものね。仕方ないわね」
「そうだねぇ」
そうやってルイーゼが、人々の期待に必要以上に応えてしまうから、みんな彼女を神と同一視してしまうのだろう。
僕ら凡人から見たら、ルイーゼのやることは神の所業だから。
そう思いつつ、僕は気になった言葉を抜き出して首を傾げる。
「それにしても、君は人を救うというより、命を救いたいんだね」
「そうかもしれないわ。死ぬべきではない命が私の目の前で終わるのが耐えられないの。……たとえその人が、それを望んでいたとしてもね」
自分の内面を見つめるように、静かにルイーゼが語る。
「厄介な性分だねぇ」
「ふふ、そうね。でも仕方ないわ」
しみじみと同情して呟けば、ルイーゼはなぜか憂いが晴れたかのように、すっきりとした顔で笑った。
「たぶん私は、そういう生き物なのよ」
「……そうかい」
賞賛されたいわけでも、感謝されたいわけでもない。
ただそう生きることしか知らないのだと笑って、ルイーゼは肩をすくめる。
その潔さが、僕には相変わらず眩しくて仕方がない。
人の選択が正しいかどうかなど、誰にもわからない。
正しさなど、時代や環境に応じて変化するものだから。
死にたいと思った人だって、死の間際には生きたいと願うかもしれないし、生き延びた先の十年後に感謝するかもしれない。
それこそ、神のみぞ知る、だ。
だからただの人間であるルイーゼは、ただただ目の前の命を救おうとするのだろう。
僕はなんとなく、そう納得していた。
意外と単純思考なルイーゼが、そこまで考えているのかわからないけれど。
「まぁそのうち落ち着くさ。他国からも今回の我が国の王族のやり方には、批判が殺到しているらしいし」
励ますように言った僕に、ルイーゼは怒りが再燃したのか、プリプリと不貞腐れながらグラスを煽った。
「当たり前でしょう!この忙しい時期に、私と言う医療の最高司令官を謹慎させてるんだもの!」
「はははっ」
己を医療界の最高司令官と言い切るルイーゼに笑ってしまった。過言とも言い切れないところが尚更おかしい。
「まぁ私の弟子たちはみんな優秀ですから?大きな問題は出ませんけど?士気に関わるのよね!」
「相変わらず自信家だなぁ」
「積み上げてきた努力と実績よ」
「恐れ入ります」
グラス片手に胸を張る幼馴染に、僕はふざけ半分に平伏した。内心では本気で尊敬しているが、これ以上図に乗らせるのも嫌なので、わざわざ言う気にはなれない。
「まぁでも、あと三日くらいで落ち着く気がするから、大人しくしていてくれないか?」
「あら、そうなの?」
新たな果実酒をグラスに注いでやりながら僕が口にした言葉に、ルイーゼは驚いたように瞠目した。そしてしみじみと呟く。
「あなた、本当に政治が上手になったわねぇ」
「そりゃ君のせいで、侯爵様なんかになっちゃったからねぇ」
本当に迷惑だ。そんな気持ちをこめて、目の前の幼馴染を恨めしく眺めると、美しい顔をきょとんとさせたルイーゼは飄々と首を傾げる。
「えっと、私の名声が轟きすぎちゃって、我が家の爵位を上げられた……んだったかしら?」
「そうだよ!何を初めて聞いたみたいな顔をしてるんだよ!?」
新聞でもかなりの騒ぎになったから、知らないとは言わせない。
「その話が降って湧いた時は、メアリーなんか、顔を真っ青にして気絶したんだからね!?」
「申し訳なかったわ。でも私のせいじゃないわよね?私を妃にしたがった馬鹿王族のせいよね?」
「そりゃそうだけどね!」
大陸中に勇名を轟かせるルイーゼである。
絶縁して貴族ですらなくなったはずの彼女を、なんとか我が国のモノとしたがった王族が企んだのだ。
過去の絶縁届を、不備があったとして無効にし、ルイーゼを侯爵家の令嬢として王家に嫁入りさせよう、と。
「あれは無茶苦茶だったわねぇ」
「だね。でも、そんな真似をするなら二度と祖国の土は踏まない、とか大陸新聞に大々的に宣言されちゃって、王家は赤っ恥だと大層お怒りだったけれどね」
「……もしかして今回のことって、その時の仕返しもあったりするのかしら?」
「えっ、今更?」
今思いついたと言わんばかりのルイーゼに、僕は呆れる。
面子を潰された王家は、恨みを晴らす機会を虎視眈々と狙っていたに違いない。
あまり王家相手に無茶をされると、僕やメアリーまで被害を被るから、本当にやめてほしい。
「はぁ……まったくもう」
僕は深いため息とともに、気まずそうな顔をしている愚かな幼馴染に忠告した。
「ルイーゼ、君、もう少しうまく生きなよ」
「……肝に銘じるわ」
***
「人は人である限り、必ず死ぬ。そして、私は神ではない」
王族の老衰による死を防げなかったとして非難された時に、ルイーゼが言ったとされる言葉である。
そして彼女はこう続けた。
「神ではないからこそ、私たちは必死に戦うのだ。そして命を救うために戦うことをやめた者は、医師ではない」
この言葉は、今日でも医学の道を進む者たちの指針となっている。
多分後半は弟子の台詞か、弟子が良い感じに繋いでくれた台詞。ルイーゼはそこまで考えていない人な気がします。
それにしても前作、こんなに読んで頂けると思って居なかったのでかなり動揺しています……。
もう少し考えて&調べて書けばよかったと反省しています。特に何も調べてないのでモデルとかも特にないです。ファンタジーということで何卒お目溢し頂けますように……!
そしてキャラの思想(?)と私の思想は必ずしもイコールではなく、このキャラはこう思ってるだろうなぁ〜と思って書いているだけですので……!よろしくお願いします(汗)