表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才と呼ばれた一人の令嬢と、彼女を取り巻く人々の、身勝手な言い分  作者: 燈子
【天才と呼ばれた一人の令嬢と、彼女を取り巻く人々の、身勝手な言い分】
33/35

外科医、午前二時十五分 3

緊急手術のあった翌日は、久しぶりの予定のない日曜日だった。

目覚まし時計はオフにして、昼過ぎに起きて、やかましいテレビを流し見る。あまりに素晴らしい休日。


「んー、久々に飲みに出るか!」


ポチとテレビを消して鍵を手に取り、気分よく夕陽の下に出ようとしたら。


ピピピッ、ピピピッ

「……え?」


PHSが鳴った。


「あれ?今日って待機当番じゃない、よね……?」


思い当たる節がないのに、何故か鳴るPHS。嫌な予感が渦を巻く。慌てて手に取れば、部長の名前が表示されていた。


「も、しもし。七海です」

『あー、七海か。昨日の患者な、ステッた』

「え?」


背中をぞわりと寒気が走った。

ステる、は、部長がたまに言う言葉だ。昔ながらの隠語で、意味は……。


『さっき急変して、たった今、死亡確認したところだ。これから家族説明がある。……お前も来い』


ガタン、と音が鳴る。背中が靴箱にぶつかったのだと気づいた時には、もう電話は切れていた。

私は何と返事をしていただろうか。


「……いそいで、いかなきゃ」


昨日、手術が成功したと告げた相手に。

今から死亡を伝えに行く。


気づけば座り込んでいた。

腰が抜けていることに気がついて、よろよろと立ち上がる。

患者の死亡は、これまでも何度も立ち会ってきた。

けれど何故、今回はこれほどダメージを受けているのか。


「……自信、あったからだ」


これ以上ないほど上手くいったと、完璧に近い出来だと自負していた。

これは助かる、私の手で助けられたと、確信していた。

死の運命を捻じ曲げ、()()()、と。


なのに、なぜ。


「……行かなきゃ」


気持ちは追いつかないし、頭は回らない。

けれど、足は病棟に向かっていた。









今のところ原因は不明です。

もし原因究明を希望されるのでしたら、解剖という手段もあります……。




落ち着いた低い声で真摯に説明する部長を通り越して、家族は私につかみかかってきた。


「なんで死んだんですか。あなた、昨日、上手くいったって言いましたよね?」


爛々と狂気に目を光らせるのは、患者の妻だ。まだ新婚だと言っていたはず。


「分かりません……か、解剖をすれば、分かる、かもしれま」

「解剖!?」


細腕に揺さぶられ、言葉が途切れる。切れ切れに説明をしても、むしろ怒りを煽るだけだった。彼女はとんでもないことを聞いたかのように、般若のごとく顔を歪めて激昂した。


「あんたたちは、死んでからもこの人を切り裂くって言うの!?生き返るわけでもないのに!」


バンッと私の心臓を震える拳が思い切り殴りつけた。


「人間の心がないのか!この鬼が!」


怒り狂い、叫びながら私に殴り掛かろうとするのを、看護師が二人がかりで止める。宥めるように背中をさすられて、たった今般若だった女性は幼気な少女のように声を上げて泣き出した。年嵩の看護師に抱きついて号泣する新妻の横で、愕然とした顔で叫んだのは、老年に差し掛かった二人の男女だ。


「この若い女の先生が手術したのか!?」

「そんな……部長先生がやったんじゃなかったのかい!」

「なんで先生がやってくれんかったんだ!」


動揺して泣きながら部長に縋りついた二人は、患者の両親だと言う。遠方に住むため手術には間に合わなかったものの、昨日の昼に到着したらしい。病院前の安宿から動かず、一晩中回復を祈っていたそうだ。


「二人でやったって……嘘だろ!んなわけがあるか!」

「絶対、絶対あなたが失敗したんですよね!?」

「若いやつにやらせたからだろ!?」


冷静に説明を続ける部長の言葉も、彼らには届かない。

私たちの言葉を信じてはもらえない。


全部本当なのに。

私の説明には嘘も誤魔化しも、一つもなかった。


執刀は確かに私だが、一つもミスはなかった。部長も上手くいったと言っていた。

それに、私の執刀医など名ばかりだ。

若造の執刀医よりも、指導として入っている上の医者が誰かの方がオペの出来を左右すると私は思う。

その点でこの患者は、とても幸運だったはず。

考えうる限り最良の状態だった。


けれど、死んだ。


「絶対失敗したんだわ!だって、そうじゃなきゃ、なんで……なんでぇッ」


三人は泣きながら抱き合って、永遠に眠る患者の側に崩れ落ちた。


手術が成功しても、必ずしも助かるわけではない。合併症や後遺症の可能性はいくらでもあるし、昨日手術室に入った時の状態を考えれば生きて朝を迎えた時点でガッツポーズしたいくらいだ。


そう何度説明しても、納得してはくれなかった。

そんなこと、患者にも家族にも関係はないのだ。


「だって昨日は!成功したって言ったじゃないですか!」


手術は成功したのに、死んだ。

それだけだ。


「自信満々に、あとは回復を待つばかりだって……ッ、それなのに!手術は成功したのに!なんで死んじゃうの!」


手術の成功で一つ目の一番高い山を超えたと感じていた私と、手術が成功したならもう大丈夫だと感じた家族と。

あとは「回復を待つしかできない」と言ったつもりの私と、あとは「回復するのを待つだけでよい」と思っていた家族と。


「嘘つき!この、人殺しぃいいいッ」


嘘ではない。

本当に、確かに手術はうまくいったのだ。


けれど、死んだ。


患者と家族にとっては、()()()()……だ。








「……私の説明が、悪かったんですかね」

「いや」


無言の医局の片隅。

ぽつりと呟いた私に、部長は静かに否定を返した。


「まぁ多少は未熟だったかもしれんが、そこまでひどくはなかったぞ。少なくとも俺が出ようとするほどじゃなかった」


慰めるような声に、乾いた笑みが浮かぶ。

まさに、その未熟さがダメだったのだろう。


「ねぇ部長。私、……説明の時、浮かれてました?」

「んなことねぇよ。手術が成功した安堵は滲んでたけどな」


安堵、か。

自分の仕事を終えたと、それでもうやり切ったかのような気分だったのは確かだ。

麻酔で眠る患者の死闘は、まだまだ続いていたのに。


まさに未熟、その一言に尽きる。


「……それがダメだったんですね」

「ダメ、じゃねぇよ」


私の呟きをきちんと拾って、部長は即座に否定した。


「オペがうまくいって安心するのは、医者なら当然の感情だ。それを見せすぎた、ってだけだ」

「はい……」


確かにその通りなのだろう。

手術が成功して喜ぶのは悪いことではない。

過剰な喜びを家族の前で見せたのは、未熟ではあったかもしれない。

けれど、悪ではなかった。

ただ……。


「未熟、ですね」


そうとしか言いようがない。

落ち込む私の肩を、部長はバシンと叩いた。


「思い詰めるな。完璧なんて無理だ。今回は十分よくやったさ。あの状況での()()は尽くせた。ただそれでも、ちょっと……()()()は、運命に抗いきれなかったんだな」


そうだ。今考えてみても、あれ以上は無理だった。

それならばやはり、運命に負けてしまったということなのだろう。

私も、部長も、そしてきっと、死んでしまった患者の彼も。


「ご家族だって、それは分かってる。ただ、どうしても許せないんだよ。死んだってことが、な。……()()()だ」


たしかにそうかもしれない。

きっとどう説明していても、結果は同じだったのだろう。

受け入れられないから、何か原因を探して、犯人を、悪役を見つけようとしているのだ。


そして私がその怒りをぶつける役にちょうどよかったのだ。


きっと、そう。

そう……なんだと思う。






…………本当に?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ