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天才と呼ばれた一人の令嬢と、彼女を取り巻く人々の、身勝手な言い分  作者: 燈子
【天才と呼ばれた一人の令嬢と、彼女を取り巻く人々の、身勝手な言い分】
32/35

外科医、午前二時十五分 2


「……はぁ、あいつか。ってか、やっぱりか」


現実逃避したくてグリグリと額を板に擦り付けたが、無駄だった。現実は変わらない。擦れた額が赤くなっただけだ。


アイツか。アイツが来るのか。


「お、知り合いか?」

「……大学の同期です」

「あー、そういやそうか」


メッセージを読み返した部長がうんうんと何度か頷く。


「アイツ、まだそんなキャラなのか……」

「ん?」

「大瀧の全肯定スタイル、相手の話を聞いてなくて、どうでもいいと思ってるからなのに……本当になんでみんな騙されるんだ……」

「あ、昔からそんな感じなわけか」


ぶつぶつと呟く私の愚痴っぽい嘆きを、部長は興味深そうに聞いている。もうすぐやってくる部下の新情報だ。そりゃ興味津々だろう。


「入学後半年で他人に一切興味のないクソ野郎だってのがバレて以降、女子から目の敵にされてましたが全く無頓着。卒業アルバムでは「生きるのが楽そうな男ナンバーワン」に選ばれてました」

「ぶはは!面白いじゃねぇか」

「遠くで見てれば面白いでしょうね」


私は缶コーヒーを無駄にゴロゴロと転がしてやさぐれながら、じっとりと下から睨み上げた。

まぁまぁひどい()()を被ってきたので、私は全然笑えない。


「大瀧……でけぇ瀧か。周りを巻き込んでもろとも沈めちまうタイプか。下手に近寄るとオオゴトになる男だな」

「縁起の悪いことを言わないでください。部長の名前占い、妙に当ててくるから嫌なんですよ」


部長は名は体を表すと豪語して、人の名前を勝手に読み解いてくる。部長の飲み会での鉄板ネタなのだが、これが当たる、というか、やけに痛いところを突いてくると一部で話題なのだ。まぁ結局は名前をどう解釈するかなので、部長の人間観察眼が無駄に優れているだけなのだが。


「ははっ!まぁ、七つの海の覇者を目指す瑠花には似合いの好敵手だろ」

「やめてくださいよマジで。……かれこれ十年近く逃げ回ってんですから」

「えっ、あの噂マジだったん?」


私が海賊王を目指しているといういつものネタで締められた話を、私はうんざりとぶった斬る。普段は私の発言など馬耳東風のくせに、この時ばかりは部長は愉快そうに目を輝かせて食いついてきた。


「お前が頭のおかしいイケメンに追いかけまわされてるって噂。アレ、大瀧のことだったのか!」

「その噂は嘘ですよ。あいつ別にイケメンじゃないです」

「そこかよ」

「笑い事じゃないっすよぉ」


素面のくせに酒でも飲んだ後みたいに楽しそうにけらけらと笑っている部長を、私は恨みがましい目で見上げた。


「どんだけ私が迷惑を被っていると……っ」

「マジで追い回されてんだなぁ、大瀧も女の趣味変わってんな」

「ん?なんですと?」


ぼそりと付け足された台詞に突っ込んでみるが、部長は綺麗に無視してぽちぽちとメッセージを打っている。半眼の私を放置して三十秒、通知音とともに、爆笑する骸骨のスタンプと、「マジで!?」というコメントが飛んできた。


「……医局長、暇なんですか?」

「今は日課のランニングの最中らしいぜ」

「外科医ってなんでそんな体力馬鹿ばっかりなんですか」


中年ゴリラ達の相手ばかりしていられない。うんざりしながら私はカルテに向き直った。部長は時折吹き出しながら、ぽちぽちと歳の割には軽快なフリック入力で私の情報を横流ししている。個人情報の扱いがザルすぎる。これ以上話していては駄目だ。メッセージをやり取りするたびに爆笑している部長は無視することにした。


「おいおいおい!なぁ七海、無視すんな!」

「……なんですか」


二分ほどシャットアウトしていたが、あまりにも生き生きとした声で名前を連呼されて諦めた。部長、徹夜のせいでハイになっているな。


「なぁ、向こうの病院で大瀧が告白を断る台詞、毎回同じらしいぜ。『僕、好みど真ん中の運命のツンデレにもう出会っちゃってるんで』……なにそれ?」

「知らないです」


聞いたことのあるセンテンスだが、振り返ることなくノールックで切り捨てた。()()はもう記憶から消している。当時のことは本当に思い出したくないのだ。


「運命のツンデレってお前のこと?」

「部長、面白がるのやめてもらえます?」


はぁあああ、と巨大なため息とともに私はカルテに記録を保存してから振り向く。こっちにとっては何も面白くないのだが、周りは大抵いつもこうだ。すごく楽しそう。ムカつく。


「なになに、そんなに何回も告白されてんのに、なんで告白を受けないんだよ?お前、一応婚活してんだろ?」

「……セクハラですよ部長」


痛いところを突かれて顔を顰めた。私は可能な限りの顰めっ面をしてから、大袈裟なため息をついた。


「まぁ……婚活、は、してますけど、……アイツはなんか嫌です」

「なんで」

「あいつ、国公立からの塾なし現役生でムカつくから嫌です」

「ははは、そういや二浪だっけお前。別に良くね?もう医者になってんだしさ。付き合っちゃえよ」

「い、や、で、す」


実は特に理由はない。ないのだが、こじつけで答えれば、部長はきょとんとした顔で首を傾げている。

いや逆に、なんで私と大瀧をくっつけようとする。まだ大瀧と会ったこともないくせに。


「何につけてもデキすぎてムカつくから嫌です。しかも褒められると、前世の功徳です〜とか謎の謙遜して超ウザいんすよ」

「ふはは!面白ぇな」

「アイツ、マジで意味わかんないから嫌なんですよ。スピリチュアルも度がすぎません?前世って!」

「そこまで気にすることなくね?冗談だろ?」

「前世を理由に言い寄られるの不気味すぎて無理です!」


本心だ。まだ外見が好みで一目惚れ、とかの方が信じられる。なんだよ前世って。


「前世から好きとか、今世こそ結ばれようとか言われるんですよ?キモくないですか?」

「……それはキモいな」


部長が想定していたよりもガチの変人だったのだろう。にやにやした顔を若干強張らせて、部長は視線を彷徨わせた後に同意した。


「ガチの真顔でシェイクスピアとかにありそうな口説き文句を言われると、マジで鳥肌が立ちますよ?部長にも言ってあげましょうか?『前世からあなたと決めていました。来世では結婚してくれるって言いましたよね』」

「うひゃあ」


芝居がかった仕草とともに口説き文句を再現すると、部長はあんぐりと口を開けて妙に高い変な声で唸った。ウケる。この声を聞いたのは、研修医が部長のことを間違えて「お母さん」と言った時以来だ。


「勉強に忙しいって断ったら『幸せな家庭を築くと言う選択肢もありますよ』ですよ?……なんだよ『選択肢もあります』って!?舐めてんの!?ねぇよそんな選択肢!」


私が苛立ちのままに立ち上がり、ダンダンと足を踏み鳴らした。何度思い出しても腹が立つ。二浪もして、必死に医者になりにきた女を馬鹿にしてんのか。

そう捲し立てる私を眺め、部長はしばらく頬をひくつかせていたが、とうとう吹き出した。


「くっ、くくくっ、ダメだ!想像するだけで面白い!来月から目の前でそんなショートコントが常時開催されるのかぁ、やべぇな!」

「……面白くないですし、普通にヤバいですってば」


ショートコント扱いされて真顔になった。私は本気で頭が痛いのに、部長には人の心がないのだろうか。


「来月の一日から来るからな?喧嘩すんなよ?」

「無理です」

「はははっ、まぁいいさ。イロイロ負けずに頑張れ」

「……はい」


決定事項にあれこれ言っても仕方ない。超絶縦社会の外科世界で、上の決定に文句など言えるわけがないのだ。愚痴を聞いてもらえるだけありがたい。

そう思って歯軋りしながら頷けば、部長はニヤリと笑って私の頭をガシガシと掻き回した。


「うわ!何すんですか!」

「おい、告白から逃げ回るのに気を取られて、()()の外科の腕磨きサボんなよ?」


片頬にだけ笑みを刻み、部長は私に釘を刺した。普通のおっさんのくせに、妙に渋い。


「お調子者のポンコツだが、お前の根性と練習量だけは俺も認めてるんだ」

「ありがとうござ……ポンコツ!?私が!?」


賛辞はありがたく受け取ろうと思ったが、聞き流せない単語に思わず食ってかかる。私は不真面目適当人間揃いの外科の中では、相当真面目で努力家で優秀だと思うのだが。そう訴えるが、部長には一笑にふされた。


「学会発表にデータ忘れてったり、さっきのオペ看を女だと信じてるような奴、ポンコツじゃなければなんなんだ」

「うぅ……たしかに……え?……え!?」


先日の失敗をぐさりと突かれて項垂れていたら、部長のとんでもない爆弾発言に私はがたりと立ち上がって瞠目した。


「お姉様って男なんすか!?」

「女子更衣室で見たことあんのか?」

「……言われてみれば、ない!超絶美人だから女だと思ってました!!」


記憶を遡って戦慄する。そういえばそうだ。時々男子更衣室のあたりから現れて、なんでだろうとは思っていた。ゴミでも捨てに行っていたのかと……。


「素直すぎるのも考えものだよなぁ……。お姉様はあだ名だ。あいつは医者の奥さんと息子が二人いるオッサンだよ」

「えええええっ」


お姉様がオッサンだという衝撃に崩れ落ちる。人は見た目によらない。いや、このケースは、見た目によらなすぎるが。


「ま、それはともかくだ。ポッと出の野郎に、技で負けんなよ?」

「もちろんですよ」


部長の愛ある激励に、気を取り直した私は力強く頷く。

センスだけで乗り切れるほど外科は甘くない。天才外科医なんていないのだ。いや、天才と呼ばれる人々はいるが、彼らがしているのは血生臭いほどに泥臭い努力だ。それこそ、目の前の部長だってひよっこ外科医と内視鏡手術の練習台を争っているし、わずかな暇さえあれば糸結びの練習をしているのだから。


「よし、ほんじゃ俺は帰るぞ。もう交代時間だからな。お前も書き上げたんならさっさと帰れ」

「はーい。あ、そういえば」

「ん?」


意欲満々の私は、ふと思いついて、帰り支度を始めようとする部長に声をかけた。


「とりあえず当面の目標は部長のつもりだったんですけど、部長NGが出たので変えます」

「なんだよそれ。誰にするんだ?」


面白がるように振り向いた部長に、私は悪戯っぽくニヤリと笑った。


「そうですねー。じゃあ目標は高くってことで」


目についたのは、飾られているアスクレピオスの絵画の絵葉書と、ヒポクラテスの誓い。

それを横目に、私は部長にパチリ、とウインクをした。


「とりあえず私、医神を目指しちゃいますね?」

「それは調子乗りすぎてんだよ!」





だがまぁ、残念ながら、私は翌月から大瀧と喧嘩することは()()()()()()






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― 新着の感想 ―
え笑笑これもしかしなくても来世ですか笑笑 2人の関係性を違う角度で見れるなんて嬉しいです ところで部長上司として素晴らしすぎませんか、こんな上司がいれば…! 更新ありがとうございます
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