ひねくれ者が遺した言葉2
更新遅くなりました。少し長くなったのでわけます。
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「師匠、また大量に手紙が……あ」
「あ、エディ先生!お邪魔しております」
「おじゃましてます」
一気に届いた大量の手紙を抱えながら、重い扉を足で行儀悪く開けたら、中には綺麗なお嬢さんが二人。
「おや、御二方ともお久しぶりですねぇ。女学院の帰りですか?」
「はい。でももう用事は済んだので、帰りますね」
どことなく若い頃の師匠に似た顔立ちの年長の少女に尋ねれば、上品な笑みが返された。
「あれ、そうですか」
「そろそろ日も暮れますし。あまり長くお邪魔していたら、お祖父様とお父様に怒られてしまいますわ」
無造作にまとめていた艶やかな金髪をばさりと肩に落とした少女は、一瞬で貴族然としたご令嬢に早変わりする。相変わらず見事なことだと、僕は思わず笑いを噛み殺した。
「はは、侯爵様たちは厳しいからなぁ。平民なら十も過ぎたら自立なんですから、もう少しお二人にも自由を差し上げれば良いのに」
「ほんとうにそうですわ!」
面白がっているだけの僕の無責任な台詞に、まだ十にもならない小さなお嬢さんは愛らしく眉を顰めて、頬を膨らませながら頷いた。
「おじい様もおとう様も、いつもお小言ばっかりですの!」
「あら、この五年でだいぶ静かになったのよ?」
「そうですの?きっと、おねえ様のおかげですわね!」
「ええ、私で耐性が出来たのでしょうね」
一丁前に語り合う娘さんたちを前に、僕はひっそりと笑いを噛み殺す。六十年前は師匠もこんな感じだったのかなぁと思いを馳せて目の前の二人を眺めるが、はたと思い直した。いや、きっと遥かに厄介なお嬢様だったことだろう。なにせ師匠だからな。
「仕方ありませんわ。特にお祖父様は私たちが大伯母様に憧れていることに危機感を抱いているようですから。昨日も『尊敬だけにしておいてくれ』と」
「もちろんわたしたち、『はいおじいさま!』って言いましたわっ」
元気よく言い切った幼い妹の栗色の髪を撫でながら、年上の娘は悪戯っぽく口角を上げる。
「ええ、きちんと真っ直ぐお祖父様の目を見て、心から尊敬しております、ってお伝えしましたの。そうしたら、お祖父様ったら遠い目で『手遅れか……』なんて仰ってましたのよ。おかしいでしょう?」
「あははっ!」
お綺麗なお召し物と洗練されきった所のわりに、深窓のご令嬢というにはいささか意志の強すぎる瞳に妙な親近感が湧くし、ハキハキとした斟酌のない口調は平民育ちの僕の耳に心地よい。つまりこのお嬢さんは師匠に似ている。侯爵様には申し訳ないが、これは確かに手遅れだろう。
「くく、まぁ、正直侯爵様たちのお気持ちはわかりますけどねぇ、変わり者のお嬢さんを抱えると、大変だ」
「あら、エディ先生ったら、そんなに褒めないでくださいませ」
平然と宣うご令嬢然とした金髪娘は、そろそろ嫁入りの準備をしてもいい年頃なのに、のらりくらりと婚約者の決定すらしていないらしい。随分としたたかで意思の強い子なようだ。
この二人、特に年上の子は、面識のある侯爵家の面々の中でも、いかにも師匠と血縁者であることを感じさせ、僕も気に入っている。留学先の紹介を頼まれたら、侯爵様から懇願されていたことも忘れて、うっかり引き受けてしまいそうなくらいだ。
「でもお祖父様は、私に関しては半ば諦めていらっしゃるようですわ。王都内の安全な場所にいる限りは邪魔しないと仰いましたの」
「あらまあ、ロレンスったら意外と諦めが早いのね」
少女の言葉に、師匠が意外そうに呟いた。少女はにっこりと笑って、師匠に向かって片目を瞑る。貴族とは思えない仕草は、きっと頻繁に抜け出しているのだろうなと察された。今のところはまだ王都内だから約束は守っているということだろう。安全な場所かどうかは主観的判断だからね。
「唐突に絶縁状を置いて家出されるよりは良いって」
「はぁ、経験からしっかり学んでいるのねぇ」
「何をしみじみしてるんですか、師匠。アンタのことでしょ」
呆れて突っ込めば、師匠は素知らぬ顔で「身に覚えがないわね」などと宣っている。本当に図太い人だ。思いきりよく全財産を放り投げた今、その侯爵様たちの世話になっている身だというのに。
「まったく、侯爵様方の可愛い孫娘たちを誑かして、罪悪感とかないんですか?」
「ないわねぇ。本人たちの意思ですもの」
「……まぁ、でしょうね」
まぁ確かに、誑かした覚えはないだろう。この家に世話になり始めた頃にはこの娘さんたちは既に本の虫で医学の虜だったわけだから。
とりあえず、今のところ師匠の伝記を読んで憧れているというところでおさまっている下のお嬢さんには、まぁ、医学に理解のあるパトロン……くらいにおさまって欲しいところである。
だが、僕が二十年かけて纏めた医学論を十代半ばにして読破したらしい上のお嬢さんは、もう諦めた方が良さそうだ。彼女が今持っている本は遥か東国の学術書である。おそらくは留学を見据えているのだろう。
どうやら思い切りの良さは血筋のようだから、侯爵様方の苦労が察せられる。もっとも、師匠を二親等に抱えていた人たちだから、慣れているかもしれないけれども。
「さて、大伯母様はそろそろ夕食のお時間でしょう?お暇しますわ」
僕が内心で勝手な想像を膨らませつつ面白く観察しているうちに、お嬢さん方はテキパキと帰り支度を終えていた。侍女を呼ぶでもなく、あっさりと大量の荷物をまとめて、その背に軽々と担ぐ。きっと自宅に着いたらしおらしく振る舞うのだろうが、大変逞しい背中で先が楽しみだ。これは将来有望だ、と僕もつい悪戯心が湧いてしまった。
「はい、いつものお土産です」
「ありがとうございます!」
僕がポンと渡した紙の束に、お嬢さんはパッと顔を明るくして喜んだ。
こんなもので喜ぶとは、つくづく変わったお貴族様である。
「明日答案を送らせて頂きますわ!エディ先生」
「おや、ゆっくり考えても構いませんよ?」
渡したのは、僕がたまに講義に行く公国の医学研究所で、最高学年の筆記試験に使用した簡単な問題である。実際の試験は三日に渡って行われるのだから、一晩で解くのは大変だろう。しかしそう伝えた僕に、美しい金髪の少女は花のような笑顔を浮かべ、ついでに爛々と目を輝かせて言い切った
「いえ、ワクワクしてしまって、きっと今晩は眠っていられませんもの!」
「あははっ、そうですか!」
桃色に頬を染めて中毒者みたいな台詞を吐くものだから、思わず僕は声をあげて笑ってしまった。師匠もクスクス笑いながら少女の興奮を眺めている。こういう青少年に、僕らはとても馴染みがある。生温かく見守ってあげよう。
「また参りますね、大伯母様」
「ありがとうございました、おおおばさまー」
「はーい」
寝台の上の師匠は、キラキラした笑顔で挨拶をする妹の孫たちに、気楽に手を振っている。
「はぁ、静かになったわねぇ」
「賑やかで良かったじゃないですか」
首を回しながらふぅと息を吐く師匠を、僕は笑いを含む声で揶揄う。出歩くことが難しくなった師匠が、彼女たちの訪れを楽しみにしているのは明らかだ。
寝台の横のテーブルには、描き殴られた紙が山になっている。また後で確認してから処分しなければと思いつつ、簡単にまとめて横に寄せた。師匠の落書きは無駄に有益なので、簡単には捨てられないのだ。
「ふぅ、まったく子供の相手は疲れるわねぇ」
「よく言いますよ、楽しそうに遊んでるくせに」
「だって可愛いんだもの」
くしゃりと笑った師匠に、若い頃の面影を見て僕の頬も緩む。
「師匠って、子供好きですよね意外と」
孤児院に行けば子供と戯れていたし、ここ十年は小児医療の充実を目指していた。
生涯独身を通した師匠だが、子供は好きなのだろうと、僕はずっと感じていた。いや、小さな子供を抱き上げる時の優しい眼差しを見るたびに、この人は子供が欲しいのではないか、と思った。
もし師匠に子供がいたら、と。
「きっと師匠は、良いお母さんになったでしょうね」
それはきっと、とても幸せな光景だっただろう、と。




