ひねくれ者が遺した言葉1
ひねくれた二人の話です。
「ねぇエディ。来世ではーーーー」
凄まじくひねくれ者な女が死ぬ前に遺したのは、酷くねじくれた愛の言葉だった。
***
「エディあなた、断ったらしいじゃない」
「さすが、お耳が早い」
夜更けの研究室で、不意に師匠が発した問いかけを僕は半笑いで肯定した。
「夕方にお断りのお返事を出したばっかりなんですけどね。なんで知ってるんです?」
「あちらから問い合わせが来たからよ。ハット教授とは歳は少し離れてるけれど、帝国学院時代の昔馴染みなのよね」
「うわー、上司同士の癒着怖いなぁ」
わざとらしく腕を摩って体を縮こまらせる僕に、師匠は呆れ顔で「ふざけないで」と睨みつける。
「まったくもう、もったいないわねぇ」
「僕の見合い話に口を出してくる方がふざけてません?なんですか?あなた、僕の親ですか?」
淡々と実験を続ける師匠にモヤつきながら、僕は苛立ちまぎれに音を立てて椅子に腰を下ろした。
「師匠だから似たようなモンね。長い間、私がエディの後見人で身元保証人だったわけだし?」
「くっ」
十五から二十まで親代わりだった上に、僕の肩書きは今でも「ルイーゼの弟子」だ。うまい反論は見つからなかった。
「そもそもハット教授からの見合いの申し込み自体、私を通して来たわけだし?顛末を知らないわけがないし、口出しするに決まってるじゃない?」
「……あーもー!そうですね!」
尤もといえば尤もな返答に、しぶしぶ負けを認めた。実験机にだらしなく上半身を投げ出して、トンと顎をつく。僕は恨めしそうな顔で、淡々と実験を続ける師匠を見上げた。
「……僕と五歳しか変わらないくせに、随分偉そうじゃないですか」
「いい歳して拗ねてんじゃないの!ちっとも可愛くないわよ?」
「分かってますよ」
はぁ、とわざとらしくため息を吐いて、僕は立ち上がり師匠の隣に立った。こんなくだらない会話をしつつも、実験は佳境だ。次の工程は魔力を注入する係がいるのだ。こんな不愉快な会話をしながら手伝うのは不服だが、高額な試料を使っているのだから、無駄にするわけにはいかない。
「あら、さすがエディ。気が利くわね」
「でしょ?言葉足らずな師匠には、僕みたいな気が利く弟子が必要かと思いますけど?僕を追い出したいんですか?」
嫌味たらしくあてこすれば、師匠はケラケラ笑って首を振った。
「そんなわけないでしょう?あなたの幸せが大事なだけ」
「僕の幸せに、師匠が口を出さないでくださいよ。あと手も出さないで欲しいですね。勝手に見合い話を受けるなんて最悪ですよ?」
「はいはい、悪かったわよ」
微細な魔力操作を行いつつ、イライラと続ければ、師匠は軽く眉を寄せて肩をすくめた。
「でもねぇ、ハット教授は魔力回路の権威よ?しかも公爵家の方で、エディが望むなら帝国学院内に研究室を作って、いくらでも資金援助してくれるって話だったのに。しかもお嬢さんも魔力操作学を専攻した優秀な学院生よ?きっと普通の女性とは違ってあなたと話も合うでしょうし、相当良い話だったのに」
「いやー興味がもてなくて」
名残惜しそうな師匠の言葉に、僕はバッサリ切り捨てる。
「僕が興味持つ女性を探すのは、なかなか難しいと思いますよ?なにせ師匠より面白い女の人は、滅多にいませんからねぇ」
「なによそれ、私を女扱いするなんて珍しいじゃない」
「男ではないでしょ、少なくとも」
「失礼ねぇ!」
あはは、と暫く笑った後で、師匠はくすっと笑ってから僕を振り向いた。
「なぁに?エディ、あなた……まさか、私を抱きたいの?」
「……え?」
揶揄うような声音に隠された鋭さに、思わず顔を上げる。
座って操作していた僕は、師匠を見上げる形になる。師匠の後ろで煌々と輝く実験室用の特製ランプが、ひどく眩しかった。
「え?抱きたいって言ったら……抱かせてくれるんですか?」
逆光になって読めない表情にドキリとしながら、回らない頭で思わず馬鹿な問いかけをした。僕の言葉に小さく吹き出した師匠は、すっと目を逸らしてから、真顔に戻って眉と口角を片方だけ上げた。
「いやよ、そんなの」
「……あはは、じゃあ聞かないでくださいよ」
わずかな期待は、あっさりと簡単に退けられる。師匠の言動は僕を振り回すばかりで、相変わらず身勝手だ。
「ははっ、馬鹿らしい」
僕は無理やり笑い声をあげた。ひきつった顔を隠そうと、試験管を片手に実験器具を取りに戸棚に向かおう、として。
「でもまぁ……来世でなら、考えてやらないこともないけど」
「は?」
後ろからぽつりと聞こえた小さな声に、思わず手元が狂う。危うく落としかけた試験管を慌てて掴み直し、ガバリと後ろを振り返った。
「それ、どう言う意……」
「あはは!冗談よ」
僕の言葉を打ち消すように笑い声を上げて、師匠は僕から目を逸らす。
「いやねぇ、エディったら。本気にしないで?」
「……はぁーーーっ、まったくもう」
師匠はいつもと同じように僕を揶揄って面白がっていた。だから、僕もいつものように思い切り顔を顰めて、半眼で睨みつける。
「わかりにくい冗談やめてもらえます?」
「ごめんごめん。……さっ、続きをしましょう」
「そうですね」
再び並んで、僕は普段通りの顔で喋りながら、師匠の実験を手伝った。極めて繊細に、かけらも間違えないように、慎重に言葉を選びながら。
「早く寝たいんで、とっとと終わらせましょう。働きすぎは良くないですからね」
「同意だわ。健康は睡眠からだものね」
他愛無い軽口を交わし合って、解けかけてしまった空気を修繕し、僕らの日常を取り戻す。
「そうですよ、師匠。長生きしましょ」
「お互いにね」
隣同士に作業を進め、くすくすと笑い合う。
先ほど思わず漏れた呟きに、一匙分だけ混じっていた切なさには、気が付かないふりをして。




