聖医師団の人殺しと呼ばれた男2
7千字超えてしまいました……長いです。
「いいんですか?これで」
「いいよ」
薄暗い牢獄の土の上で、両手を柱に括り付けられた先輩は、状況に似合わない涼やかな笑みを浮かべた。
「俺の医者人生の締めくくり、こんな形も悪くないと思うし」
「へぇ」
汚らしい床に座り、柵を挟んで先輩に向き合いながら、僕は半眼で目の前の清々しい犯罪者を眺めた。
「処刑を待つ身のくせに、カッコつけちゃって。……先輩の、裏切り者」
医師が提供した薬物による貴族令嬢の死は、大きな波紋を呼んだ。
令嬢が不治の病に侵されていたこともあり議論は紛糾したが、最終的には家族の主張が通り、先輩には自殺幇助ではなく殺人罪が適用された。
結果、先輩は死罪が言い渡された。
明日、刑が執行される。
「女のために命をかけたんだ、男として本望だろ?」
「恋人でもないのに」
冗談めかして笑う先輩に呆れてため息を吐く。この騒動で方々を走り回っている師匠を思うと、多少気の毒になってきた。
今回のことで、僕らの創薬部門は王家から完全に目をつけられてしまった。このままでは法改正にまで及びかねない大議論を呼んでおきながら、先輩はひどく満足そうに笑っているのだ。ため息も吐きたくなるというものである。
「先輩、あの患者に惚れてたんですか?」
「ん?んー、惚れてたのかって言われると、ちょっとわからんな」
与えられた面会時間の分は話そうと、僕はふわりと問いかけを投げた。先輩は気まずそうに眉を顰めて、口をへの字に歪ませる。まるで酒場で安酒を片手にするような、気楽な会話だ。翌日に死を待つ人間との会話とは思えなかった。
「でも、彼女の願いを叶えられるのならば、どんな罪を背負っても良いと思っちまったんだよ」
「愛ですねぇ」
「おいエディ、馬鹿にしてんのか?」
がちゃり、と先輩の拘束具が金属の軋む音を立てる。普段ならば不快でしかないその金属音が、なぜか今はこの能天気な話題を囃し立てているように感じた。
「馬鹿にしてませんよ。長い付き合いですもんね」
「そうだなぁ……かれこれ十年以上、二十年近くか?あのご令嬢の体が、少しずつ動かなくなるのを、俺は付かず離れず見守った」
相当早い時期に師匠へ弟子入りした先輩が、最初に担当したのがまだ幼児だった件のご令嬢だったのだという。先輩が熱心に研究をしていたテーマのほとんどは、どこかで彼女に繋がるものだった。そのことに今回の事件でやっと気がついて、僕は頭を抱えて唸った。先輩は長年かけて彼女を救おうとして、その結果選んだのがコレだったのか、と。
「ここ十年の治療の進歩で彼女の病状の進行は緩やかにはなったけれど、完治にはほど遠かった。俺は自分の無力さを嘆いたよ」
そう言う先輩は、魔力回路形成不全症の第一人者だ。このまま研究を進めていれば、もしかしたら新たな解決策が見つかったかもしれない。
けれど、おそらくそれでは彼女には間に合わない。だから、先輩は決断したのだ。
先輩は幾千の魔力回路形成不全症の患者を救うことよりも、彼女ひとりを救うことを選んだのだ。
「俺は……彼女のために俺のできる最善をなしたつもりなんだよ」
「はぁ……なるほどねぇ」
先輩はやけに清々しい顔をして思い出話を語っている。
僕はなんとも言えない気持ちで、聖医師団の裏切り者を見つめた。
僕の複雑な心境など分かっているだろうに、そんなことは歯牙にもかけず、先輩は微笑を湛えて言った。
「彼女に、すぐに追いかけると約束したんだ。それが叶ってありがたいよ。自殺したら、あの人のいる天国に行けないかもしれねぇからな」
「先輩、この国で昇るつもりなんですね」
この国では自殺が罪とされている。
先輩は宗教観も全く異なる他国の出身だが、あの令嬢と同じ天国に行きたいからこその台詞だろう。そう理解して僕は吹き出した。
「あははっ、筋金入りの純愛だ。顔に似合わずロマンチストですよねぇ先輩」
「エディ、年上を揶揄うな」
可愛らしくて思わず笑ってしまった僕を、先輩は気恥ずかしそうにジロリと睨む。
その顔を横目に、僕は小さく「天国ねぇ……」と呟いた。
その言葉には、思うところが多すぎた。
「なんだよ、お前も『彼女は天国に行けなくなった!』とか言うのか?」
僕の呟きに何を感じたのか、先輩は嫌そうに眉を顰めて尋ねた。
家族が法廷で涙ながらに「娘はお前のせいで天の国に逝けなくなったのだ!」と詰っていたのを思い出し、僕は眉を顰める。
「そんなこと言いませんよ」
「そりゃよかった。……彼女はもう手を動かせなかった。俺の手で薬を飲ませたんだから、神様も許してくれるさ」
「あ、そうじゃなくて」
満足げに笑った先輩に、僕は肩をすくめて片眉を上げた。
「天国なんてあるのかなぁって思っただけです」
「は!?」
思わぬ台詞だったらしく、先輩はポカンと口を開け、その後で顔を引き攣らせた。
「お前な!?そこから突っ込むなよ!これから死ぬ人間には、あると信じさせてくれよ!」
「処刑されるような罪を犯しておいて、天国に行く気満々の先輩、すごいと思いますよ」
「俺は罪と思ってないからいいんだよ!人間の法律なんて、神様には関係ないだろうさ」
「どんな理屈ですか」
とんでもない屁理屈をこねている先輩に呆れて笑った。解釈が自由すぎる。まぁ、僕らは宗教とはほど遠い世界で暮らしてきた研究者だ。宗教家が聞いたら憤死しそうな不謹慎で罰当たりな会話だが、お目溢し願いたい。死を前にした兄弟子との、最期の馬鹿話なのだから。
「この国じゃあ、神の与えた天寿を全うせず自殺すると天国に行けないとか言いますけど、僕にはよく分からないんですよねぇ。神様の罪の判定って、どうなってるんでしょうかねぇ」
「人間の身でありながら、寿命に手を加えるのが罪ならば、殺人も医療も罪だな」
あっさり言う先輩に、僕もウンウンと頷く。
「でも戦争で多く人を殺したら英雄ですよ?彼らは地獄行きなんでしょうかね?」
「さぁ、どうだろうなぁ?」
宗教にはとんと無知な二人で首を傾げ合いながら、僕らはくだらない問答を重ねる。
「僕としては、神の与え給うた寿命に反抗しまくる師匠とか、罪人判定されないか心配なんですけど」
「あははは、確かに!それは面白いな!」
牢屋の中で呑気に爆笑する先輩を、僕は呆れて半眼で睨む。
「面白がっちゃ可哀想でしょ、さすがに」
「でも師匠なら、望むところよ!とか言いそうじゃないか?」
「まぁ確かに」
そのご意見には、僕も深々と頷いた。たしかに師匠は、そんなことで萎縮する人ではない。きっと鼻で笑って「じゃあ死んだ時に、神様ご本人に文句言ってやるわよ」と言い切るだろう。あの人は、どこまでも強気な聖女様だから。
「なんにせよ、俺には宗教はさっぱり分からんよ」
「僕もです」
まぁ、だからと言って教会に入って、その辺りを詳しく研究したり議論したりしようと言う気もないのだが。
「もしさ……と、したら」
「へ?なんですって?」
会話の途中で不意に黙った先輩が、ぽつりと呟く。聞き損ねた言葉を聞き返せば、先輩は苦笑して肩を落とした。
「神様にとって死を望むこと自体が罪だとしたら、さ。あの人が薬を飲みこんだ時点で神様に自殺判定されたら困るなぁ……」
嚥下機能は本人のものだからな、と呻く先輩を、僕はなんとも言えない気持ちで眺める。
「……まぁ、そしたら先輩も普通に殺人判定が受けられますよ。神様に、一緒に地獄行きにしてもらえばいい」
なんだかんだ、この国の宗教を気にしているらしい先輩に、僕は慰めるつもりで告げた。しかし先輩は力なく首を振り、ため息をつく。
「あの人には、天国に行って欲しいんだよなぁ」
「…………あ」
切実な祈りを込めた言葉にどう返せば正解か分からず、僕は押し黙ってしまった。しかし、不意に師匠の言葉を思い出して、僕は思わず小さな声を上げる。
「ねぇ先輩。天国じゃなくて、またどっかの世界に生まれ変わるかもしれないですよ?」
「は?現世にか?」
大陸ではあまり聞かない死生観に、先輩は首を傾げた。
「東で言う、魂は転生する……ってやつか?」
「そうです。さすが先輩、博識ですね」
「お前の口から出るとは驚きだけどな」
現実主義な僕がそんな御伽話のような話題を振ってきたことを訝る先輩に、僕はニヤッと笑った。
「ええ、たまに酔っ払った師匠が言うんですよ。『次に生まれるときは、無能な凡才が良い』『こんな人生は一度で十分だわ!』って」
「あの人の言いそうなことだなぁ!てか師匠、転生とか来世とか信じてるのか。意外だな」
「輪廻転生はあるって断言してましたよ」
「へぇ、師匠が言うならあるのかもな」
納得したように何度も頷く先輩に、僕は「きっとあるんですよ、なんせ師匠が断言するんですから」と力強く頷いた。
「そうだなぁ……また現世に転生するなら、俺はあの人の隣の家に生まれたいな。大事に大事に守って、育ててやりたい。幸せな人生に導いてやりたい」
「先輩がピュアすぎて泣けてきます」
「女として抱きたいと思うだけが愛じゃないだろ」
「格好つけちゃって」
ふん、と鼻を鳴らして、横目で先輩を見る。満足そうな顔をして、本当に腹立たしい。
「まぁ、神様はどうか知りませんし、転生もあるのか分かりませんけど……自分の弟子が『人を救うために開発した薬を、人を死なせるために使った』って、師匠にとっては重罪みたいですよ。死ぬのはいいけど、重々反省してくださいね」
じろりと睨みつけて、僕は先輩に通告する。これだけは言ってやらねば気が済まない。
「師匠判定だと俺は重罪人か。それはそうかもしれないなぁ。相当怒らせちまったよな」
「っていうか、信じられないくらいにへこんでます。死んでも償えない、未来を変えてしまうような罪だって泣いてましたよ」
「……悪かったよ」
創薬は、毒と薬の狭間を綱渡りで歩くような日々だった。
魔女や悪魔が使うと言われてきたような、死をもたらしうる薬品を、必死に命を救うための薬にしてきた師匠だ。やっとの思いで薬になったはずのモノが毒として使われた。その衝撃はいかばかりか、僕には想像もできない。
もう二度と、あの薬はただの薬には戻れないのだ。
そして、僕ら聖医師団は、意図的に命を奪った医者……いや、医学を利用した殺人者を作り出した集団になってしまった。
師匠は医学が人の命を奪うことを、最も恐れていたのに。
「僕らにとって、先輩の罪は重いんです。処刑まで短いですが、死ぬまで反省しててください」
「……肝に銘じるよ」
神妙に頷く先輩にため息が出る。これだけ言っても、どうせこの人は反省はしても後悔はしない。時間を戻しても、また同じことをするだろう。
先輩はずっと前から、愛する彼女のことしか、考えていないのだから。
まったく、理論の人であった先輩をここまで狂わせるとは、恋というのは恐ろしいものである。
そんなことを考えていたら、先輩が突飛なことを言い出した。
「お前、師匠に惚れてんだろ?」
「はぁ?えぇー?」
「何嫌そうな顔してんだ」
この流れでよくそんなことを聞けるな、と思いつつ、僕は存分に顔を顰めた。
「好いた惚れたでやっていけるほど、甘っちょろい人じゃないでしょ?」
「まぁなぁ」
あの師匠ですよ?とため息混じりに吐き捨てれば、肩をすくめた先輩が、困ったように眉を下げて笑う。
「でも、特別だろ?」
「へ?そりゃあ、まぁ」
師匠は僕にとって特別だ。でもそれは、弟子たちはみんな同じのはず。
「なに言ってるんですか。当たり前ですよ。先輩の中でも、師匠はある種の特別枠にいるでしょ?」
「違うよ」
僕が呆れてつげた言葉を、先輩は笑いながら否定する。そして、僕の勘違いを指摘した。
「お前は師匠の、特別だ。わかってんだろ」
「っ、いやぁ」
思いがけない台詞に、一瞬僕は言葉に詰まる。けれど、次の瞬間には、無駄にペラペラと口が動いていた。
「まぁ僕ってば、延命については師匠を差し置いて第一人者ですし?師匠も一目置いてるんでは?」
「ははっ、それもそうだけど」
いつもなら自信過剰だと切り捨てられる台詞も、今日の先輩は緩やかに肯定する。そしてどこか遠くを見るような目で、やけに柔らかく笑った。
「お前がへらへら笑いながら、十年振りに俺たちのところに帰ってきた時さ。師匠、信じられねぇって感じで何回も瞬きした後、何て言ったか……お前、聞こえてたか?」
「え?」
あの時それなりに緊張していた僕は、師匠の声など聞こえていなかった。
「なんて言ったんですか?師匠」
興味を惹かれて尋ねれば、先輩は小さく息を吐いて、そして静かに呟いた。
「あの人、……『神様』って呟いたんだよ」
「…………師匠が?」
信じられなくて、思わず確認した。頷く先輩を見ても、どうにも想像できない。だって、師匠は。
「神になんか祈らない、私が救う!とかなんとか豪語するあの師匠が、だよ」
「ですよね!?え、言いますか!?あの師匠が!?」
「言ったんだよ」
信じられないと驚愕を露わにする僕に、先輩は苦笑しながら思い出を語る。
「どうしていいか分からなくなって、神に縋ったんだよ、あの強烈な性格のおひとが」
「……まぁ、その直後に思い切り平手打ちされましたけどね!感動も何もあったもんじゃない」
「あはは、覚えてるさ」
思わず動揺して一瞬無言になってしまったが、僕はなんとかひねくれた言葉を絞り出す。恨めしげに呟いた思い出に、先輩はケラケラと笑った。
「真っ赤な顔で怒り狂って、『生きてんならさっさと顔を出しなさいこの大馬鹿者!』てなぁ。あれは凄かった。お前の顔の骨が折れたんじゃないかと思った」
「三日は赤みが引きませんでしたよ」
そんな僕の憎まれ口を照れ隠しだとでも思ったのか、先輩は子供を見るような呆れ顔で「まったく」と呟いて、肩を落とした。
「お前もな、さっさと出てきてやれば良かったのに、意地悪するからだろ?」
「だって僕、五年寝てたからなぁ」
「その後も五年しれっと隠れてただろうが」
「僕のことを最初に放置したのは師匠だし、責められる筋合いはないですねぇ」
意地の張り合いのような言葉を重ねる僕に、先輩は深々とため息を吐いた。
「お前も、師匠も、四十路を前に何を……孫がいてもおかしくない年齢だぞ?もうすこし大人になれ」
師匠と一括りにされて、僕は飄々と肩をすくめて口角をあげる。
「割り切りの良いオトナになってたら、こんな馬鹿な仕事続けられませんよ」
「まぁ、それもそうだな」
神に感謝だか祈りだかを捧げている、物分かりの良い人々の横で。
僕らは神様に文句を言って、神の与え給うたはずの寿命に反抗しまくりながら、日々命を救うために駆け回っている。
「師匠もお前も、ガキみたいだよなぁ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「ははっ」
僕にとってそれは、何よりの褒め言葉だ。胸を張って受け取れば、先輩は嬉しそうに笑った。
「なぁエディ。お前、……師匠より長生きしてやれよ。二度もあの人に、絶望を味合わせるな」
その言葉は、目の前で死にかけた身としては耳が痛い。思わず神妙な顔で視線を彷徨わせると、先輩が柔らかく言葉を重ねた。
「死ぬ時に看取られる……それくらいの普通の幸せを、どうかあの孤高の人に与えてやってくれ」
眩しそうに僕を見つめた先輩が、祈りと期待を込めて静かに告げる。初期からの弟子で、そして僕が不在の十年も師匠の側を並走し続けた先輩の言葉は重かった。
「散々普通じゃない仕事をして、人間を救いまくってる人なんだ。それくらいは、人生にご褒美があっても良いだろう?」
「そんなこと言って、僕の方が先に死んだらどうするんですか」
「お前の方が年下だろ。気合い入れて頑張れ」
「もー無理を言うなぁ」
先輩の医者とは思えない台詞に苦笑いして、僕は天井を仰いだ。蜘蛛の巣がいくつも張る暗く黴臭いこの空間が、妙に神聖な誓いの場のように感じてしまう。なんとも言えない緊張に、はぁ、と大きく息を吐き出した。
「なぁエディ、頼むよ」
「はぁ……まったくもう!」
切実な先輩の言葉に、僕は頭を左右に振ると、がばりと身を起こす。そして、胸を張り、トンと胸を叩いて請け負った。
「はいはい、承知しました!まぁ師匠は放っておいたらとんでもない大悪党として名前を残しちゃいそうなので、僕が必死に歴史修正しておきますよ」
「修正じゃないだろ、綺麗に飾り立てて取り繕っておくんだろ」
「似たようなもんですよ!……ふん、死ぬ人間は気楽でいいですね」
憎まれ口を吐き捨てて、僕はじっと目の前の尊敬していた兄弟子を見据える。僕よりも長い間、あの人の後ろを走り、追い続け、支えてきた人を。
「ちゃんとあの人のそばに、僕は死ぬまでいますので。先輩は安心して死んでください」
先輩の心残りが師匠なのだとしたら、それは少しばかり癪なのだ。そんな馬鹿馬鹿しい不安は、僕が引き受けてあげるから不要だ。
そう言い切った僕に、先輩は安堵したように表情を緩めた。
「あなたの運命とやらは、きっともう、先に天国で待ってるんでしょ」
「……だといいけどな」
柔らかく顔を綻ばせた先輩が、嬉しそうに呟く。
「すまないな。そして……ありがとう」
「はいはい」
万感を込めた言葉に、僕は片手を振って答える。カンカンと足音が近づいてきた。面会時間が終わるのだろう。
「じゃ、先輩。天国に行かれるのでしたら、安らかにお眠りくださいね。もし転生なさるんでしたら、またいつか、どこかで」
「ぷはっ、お前……!」
最期の言葉にしてはあまりにも軽い僕の言葉にひとしきり笑ってから、先輩は綺麗に微笑んだ。
「あぁ、またな」
翌日、由緒正しきギロチンにかけられ、掲げられた先輩の首を眺めながら、僕はため息をついた。
処刑人が見せてくれたのは、全てを受け入れたような静かな表情だ。
まったくもって立派で、勝手で、見事で、そして迷惑な人だった。
「さようなら、先輩。……ついでにアンタの話も、御涙頂戴の綺麗で小っ恥ずかしい純愛物語として、語り継いであげますよ」
皮肉っぽい口調で、僕はもう魂の抜けた先輩の体に語りかける。
「勝手に死んで、あんな面倒な師匠を押し付けたんだから……これくらいの嫌がらせは甘受してくださいね?」
僕からの愛ある餞ですよ、と口の中で呟いて、踵を返した。なぜか頬は濡れていたけれど、どこか清々しい気分で興奮する観衆の中から抜け出す。そして、落ち込んでいる師匠が閉じこもっている研究所に向けて足を進めた。
あの意地っ張りな人を、どうやって元気付けようかと頭を悩ませながら。
ちょっと難しい話題を盛り込んでしまったので、思ったよりまとめるのに時間がかかりました。私は宗教などは本当に門外漢すぎてサッパリなのですが、中のキャラたちもそんな感じで話しております。
この数年後に、平民医師と貴族令嬢が二十年のプラトニックラブを経て、不治の病の令嬢と心中する話が大ヒットし、身分差心中モノが大流行りして社会問題(not社会現象)になります。たぶん。
エディがルイーゼのところに「ご無沙汰してます、蘇りました」と顔を出したのが、ルイーゼ35〜36、エディ30〜31くらいで、このお話はその数年後のイメージです。
また思いついたら、エディが師匠にむける気持ちや過去の話などをもう少し追えたらなぁと思っておりますが、ひとまず完結です。
ありがとうございました。




