後世における天才令嬢の評価2
「ルイーゼ嬢、君にもこの現状について思うところはあるのではないか?」
「そう言われましても」
各国の首脳陣が集まる大陸会議に招かれ、ルイーゼはため息を押し殺した。
「君の業績は偉大だが、同時にとんでもない問題を招いた。責任をもって、対処にあたってもらいたい」
「責任?」
素っ頓狂な声をあげ、ルイーゼは込み上げる笑いを堪えきれないかのように肩を振るわせた。
「ただの一医者に、人口爆発にともなう食糧難の責任をとれ、と?ふふっ、あははははっ」
各国の権力者たちを前に、ルイーゼはケラケラと遠慮なく笑い転げた。気でも狂ったのかと眉を顰める者たちを、ルイーゼは笑いすぎて滲んだ涙を指先で拭ってから、まじまじと見返す。
「みなさま、勝手なことばかり仰って!ただの一介の医者にすぎない私に、何を求めているのかしら。世界を救えと?」
はぁ、とあからさまなため息をついて、ルイーゼは静かな目で場を見据えた。
「医者である私が命を救うのは当然のこと。私の仕事はそこまでよ」
堂々と言い切って、ルイーゼは許しも得ずにその場に立ち上がった。
「ねぇ、あなたたち。私がただの人間であることを忘れていないかしら?」
他者を威圧するように己を飾り立てた権力者たちを前に、ルイーゼは何も持たない小さな手のひらを天に掲げ、細い両腕を広げた。見ろ、この腕に全てを委ねるのか、と。
「私は私の出来ることをする。逆に言えば、私は、私の出来ることしか出来ないのよ」
全てを自分に押し付けようとする高貴な者たちをぐるりと見渡して、ルイーゼはゆっくりと首を傾げた。
動きに合わせて、一つに結んだだけの髪がばさりと揺れる。歳を重ねてもなお力強く輝く陽光を集めた金髪が、まるで後光のようにルイーゼの背で煌めいた。
「私の成果に喜び、私に求めるだけ求めておいて……それがあなたたちの思う結果にならなかったからと言って、私を非難するの?あまりにも身勝手……いえ、傲慢では?」
こん、こん、と指先でテーブルを叩きながら、ルイーゼは歌うようにつぶやいた。
「あなたの家族が助かった時、あなたは泣いて喜んだ」
「親しい人の家族が助かった時、あなたは良かったねと優しく告げた」
「人が死なず、国の人口が増えすぎて食糧が足りないと、あなたは嘆く」
「そして政治の中で食糧を増やす努力もせず、私を責めるのね?」
失望と悲嘆をこめた眼差しで会場を見回し、反論も否定も来ないことを確認したルイーゼは、ゆっくりと目を伏せる。そして静かに席を離れ、ゆっくりと扉に向かって歩き始めた。
「私は医学者であり、ひとりの臨床医でしかない。政治は専門外よ」
通り過ぎるルイーゼの姿を、豪奢な衣装に身を包んだ権力者たちが視線で追う。隣を通り過ぎるその体が、己よりも明らかに小さいことに気づき、動揺した者も少なくなかった。
「私に押し付けず、専門家のあなたたちが頑張りなさいな」
幾人もの権力者たちの前で、ルイーゼは常と変わらない簡素で機能的な白衣を纏っている。ルイーゼは身を飾るような装飾品を、何一つ身につけていない。
しかし、若き日から女神とすら称された彼女は、歳を重ねてもなお、輝くように美しかった。
「人にはそれぞれ役割がある。神が私に与えた役目、それ以上のことを求められても、……私は知らないわ」
たとえその表情が、悲しみに彩られていたとしても。
***
後世におけるルイーゼの評価は、大きく分かれる。
医師として、また、学者としては、史上稀に見るほどに高く評価され、現代医学の祖と呼ばれる。
しかし、急激な医療の進歩により生じた死亡率の減少、それに伴う人口爆発により引き起こされた、当時の食糧危機や紛争の激しさから、稀代の悪女と称されることもある。
「恨むならば、私をこの世界に産み落とした神を恨みなさい」
死の間際に、彼女が遺したとされる言葉だ。
口々に己を賞賛し、疫病の流行や戦時など、有事の際には頼っておきながら、結果が思い通りではないとあっさり掌を返した世間に対して、晩年の彼女が浮かべていた冷笑を想像せずにはいられない。
「私には、私に出来ることしか出来ないのだ。私は神ではなく、一人の医者でしかないのだから」
大陸中の王たちから責められた際に、ルイーゼはそう嘆いたとされる。
しかし、そう言いながらも、おそらく彼女は責任を感じていたのだろう。
後年は実家の侯爵家の助力を得て、食糧問題の改善と平民への教育の普及に努めた。
だが、生涯を医学の発展に捧げた天才医師ルイーゼにとっても、それらは畑違いの世界である。
実家の助力もあり、一定の成果はあげたものの、医学領域におけるほど芳しい結果は得られなかったようだ。
もっとも、彼女が危惧したほどの食糧難や飢餓問題は起きなかったとされる。
ルイーゼの死後は、象徴的存在を失った聖医師団で派閥争いが激化し、医学の進歩は一気に停滞した。また、疫病の蔓延や戦争および天災による被害のため、その後の人口は一時的に減少したからである。
ルイーゼの存命中に認めた著しい死亡率の減少は、聖女たる彼女の抑止力と影響力、そして精力的な活動により保たれていた一時の奇跡であったのだ。
また、ルイーゼの死後に起きた新たな疫病や天災については、当時の人々から「愛し子を貶められた神の怒り」と恐れられた。
そのため、ルイーゼの死の十年後、続く凶事を憂い、神の怒りを鎮めるために、教会によりルイーゼに対して正式に大聖女の称号が贈られている。
しかし当然ながら、本質的な打開策とはならず、効果は薄かったようである。
晩年のルイーゼは実家の侯爵家に戻り、妹家族とともに暮らしたとされる。
かの家は元は伯爵位であったが、ルイーゼの功績により、彼女の妹に代替わりした際に侯爵位が与えられている。一説には、彼女を妃として娶るために王家が実家の爵位を上げたと言われているが、根拠は当時の新聞記事や人々の憶測が記された手記のみであり、真相は定かではない。
ルイーゼの資産は全て研究施設と医療施設に寄付されたが、多数の蔵書や手記が侯爵家に遺され、ルイーゼの甥に当たる侯爵家当主により管理された。それらは後に中立的な研究施設に寄贈された。彼女の死後は、手記に遺された走り書きや短いメモをもとに研究が続けられ、医学は少しずつ進歩していった。
また、医薬品や医療技術の目的外使用、軍事利用を、ルイーゼは固く禁じた。
医術を不適切に利用した弟子は二度と門を潜ることを許さず、軍事利用を行った国には決して協力しなかったと言われる。
彼女の存命中は、その影響力の大きさから、大きな問題は起こらなかった。
医薬品の中でも、ルイーゼは特に毒ともなりうる薬の製造については、生涯口を閉ざした。
そのきっかけとなったのは、彼女の弟子が起こした毒殺事件であったとされる。
「人を死なせうる劇薬は、この世界の人類にはまだ早い」
そう嘆いたルイーゼは、以後、決して創薬技術について他言しなかったと言われる。
彼女の死後は、彼女の残した薬品についての研究が進められたが、その後百年、完全な複製は不可能であった。
医学分野におけるルイーゼの業績は多岐に渡るが、聖医師団初代会長である彼女の弟子エディによって、詳細に記録されている。
エディは、ルイーゼの言葉を取りこぼしなく書き残すことを信条としていたと言われ、後の医学者は彼の記録から多くの発見の手がかりを得た。
ルイーゼは病のため七十五歳で死去したが、エディはルイーゼの死を見届けた後に彼女が残した言葉や業績をまとめ、ルイーゼに関する書物を次々と出版した。
ルイーゼは死の直前まで医学の進歩のために弟子たちに助言を与え続けたと言われるが、その内容も専門書として纏められている。
エディは八十八歳で天寿をまっとうするまで精力的に活動した。
そして彼は死の直前、手記にこう書き残している。
「神がこの世に我が師匠を遣わされたことに感謝します」
「けれど、願わくば。次の世では、どうかあのひとに平穏で平凡な人生をお与えください」
と。
もっともそばでルイーゼの人生を見届けたエディにとって、歴史に燦然と輝くルイーゼという女性の人生は、波乱と苦難に満ちたものだったのだろう。
二人の関係が純粋な師弟関係であったのか、それとも夫婦関係にあったのかは、後世では議論が分かれる。
記録に残っていないため、少なくとも戸籍上の夫婦関係はなかったとされるが、ルイーゼが最も信頼する弟子であったことは確かである。
「エディは、私の弟子の中で最も優れ、同時に最も愚かな者だ」
ルイーゼがエディに向けて遺したとされる言葉だ。
これは、「捻くれ者の我が師匠が私に与えた、彼女なりの最大限の賛辞である」という言葉と共に、エディの手記の最後の頁に記されている。
今日の医学の発展には彼女の功績が大きく影響していることは疑いようがなく、ルイーゼは間違いなく史上最も偉大な医学者の一人である。
こちらでひとまず完結です。
お付き合い頂きありがとうございました!
裏設定や呟きなどは、後ほど活動報告にて書かせて頂きます。
書いている中で思いついてしまった話は、また後日書きに来ます……!(完結とは)




