とある名医が師匠と呼ぶ女についての述懐6
火山、地震による負傷の描写があります。
回診の最中。
凄まじい轟音と共に地面が揺れた。暗く濁っていく空に、どこかの火山が噴火したのだと察した時には、もう四方八方から悲鳴が聞こえていた。
「まずい、崩れるぞ!」
師匠の手を引いて、地鳴りと共に崩れる家屋の下から飛び出した。降ってくる大瓶、倒れてくる柱、落ちてくる屋根。胸元までしかない師匠の小さな体を庇いながら走り、あと少しで外だと思った時。また、地鳴りが響いた。
「イタッ、きゃあ!?」
「危ないッ!」
地割れに足をとられて転びかけた師匠を咄嗟に突き飛ばし、そして。
「あー……杭がイイトコロに刺さっちゃってますねぇ」
「黙んなさいっ!」
眼球を下に向ければ、体に刺さった細い棒。とっても良くない位置に、ぐさっと。
「師匠、これ、無理ですよ。今ここで、治せる怪我じゃないです」
「無理とか言ってんじゃないわよ!止血はできたんだからッ」
僕の体から吹き出していた血は、確かにいつの間にか止まっている。師匠が応急処置用の魔道具で思い切り魔力をぶちこんで、緊急止血をしたのだろう。体内に無茶苦茶な魔力循環を感じながら、僕はニヤリと笑って言った。
「何でそんなに慌てるんですか?天寿で死ぬのは仕方ない、でしょう?」
「なにがっ、何が天寿よ!あなた、私よりも若いじゃないの!」
顔をぐちゃぐちゃに歪ませた師匠が、僕に向かって怒鳴りつける。本当は、師匠が一番現実を分かっているのだろう。
師匠の無茶のおかげで出血が抑えられ、なんとか命は保たれているが、そんなに長くは持たない。御伽話の魔法使いじゃないのだ。呪文ひとつで治癒ができるわけではないのだから。
「とは言っても、僕は既に二回死ぬ直前に師匠に救ってもらって、死の淵から生き返った人間ですからねぇ」
出会った時に一度、そして、その翌年に流行熱になった時も救ってもらった。もうそろそろ、この強運も期限切れだ。
「天使の救いも二回までと言うでしょ?諦めましょうよ」
「私が知ってる諺は、二度あることは三度ある、よ!黙って治療を受けなさい!」
「嫌です」
怒鳴りつけるような嘆願に、僕は薄笑いを浮かべたまま目を閉じた。その言葉は聞かない。聞けない。
「僕よりも、助かりそうな人を優先してください」
ヒューヒューと切れ切れの呼吸で、僕はハッキリと師匠に訴えた。地面が揺れているのを感じる。再び噴火したのか、それとも僕がおかしくなったのか、どちらかわからなかった。
「今の地鳴りで、怪我人が多数出ているはずです。そちらに向かってください」
この魔道具は、使用者の魔力を元手にして動く、緊急時用だ。今、血液の流れを制御することで僕の命を繋ぎ止めているのは師匠自身の魔力だから、これを使っている限り、師匠は僕の元から動けない。
「師匠が一番分かってるんでしょ?僕の傷は深い。大血管を傷つけて、心臓近くまで達している。普通なら致命傷のコレを、師匠が今、力技で抑えている。その結果、今師匠は僕の治癒もできず、ただ魔力を消費するだけになっている」
珍しく現実から目を逸らそうとする師匠に、淡々と事実を伝える。
魔道具か僕の時間切れまで、現状維持しかできないのに、師匠の貴重な魔力を消費するのは無駄の極致である。しかし、他の傷病者の手当に向かうべきだと進言する僕を師匠は睨みつけた。
「今手を離したらアンタは死ぬわ!」
「知ってます」
「私に弟子を殺せと言うの!?」
師匠は綺麗な顔をぐっちゃぐちゃにして、悲痛な声で喚く。確かに僕ってば酷いお願いをしているなぁと思いながら、くしゃりと表情を緩めた。
「あは……仕方ない。運ですよ。これが運命、いや、天命です」
崩れ落ちてくる屋根から師匠を庇ったのは考えての行動ではなかった。けれど、全く後悔していない。またその瞬間に戻っても僕は同じ行動をするだろう。
僕よりもこの世に必要とされているのは師匠だし、僕が僕よりも生きていて欲しいと願うのも、この世で師匠だけだから。
「嫌よ、嫌っ!私を守ろうとした人間を、死なせられるわけないでしょ!」
泣きそうになりながら、癇癪を起こした幼児のように叫ぶ師匠に笑う。
この人は、こんな顔もできたのか。
僕のために、こんな顔ができるのか。
と。
満足感とともに、いつも偉そうな師匠を、今日ばかりは僕が諭した。
正しい道に、導くために。
僕の尊敬する師匠が、きちんと医師として、明日も明後日も生きていけるように。
「ねぇ、師匠。平時ならともかく、今は有事です」
確かに万全の体制であれば、僕のこの怪我でも、師匠は治せたかもしれない。でも。
「優先順位を間違えちゃいけませんよ、師匠。あなたは僕の医学の師匠なんだから」
あぁ、出血が多いのだろうか。
だんだん視線が定まらなくなってきた。
ぼやけ始めた視界の中で、僕は師匠の悲鳴じみた声を拾った。何を言っているのか聞き取れはしなかったけれど、僕の名前を呼んでいる気がしたから、僕は瞬きで応えた。
「ねぇ師匠……、一個だけお願いです」
心臓を中心にぐるぐると回る魔力の、焦げ付くような熱さに身を任せ、僕はゆっくりと笑った。
「僕が死んでも、ちゃんと、偉そうに笑っててくださいね」
「エディッ!!」
意識が闇に落ちる直前に聞こえたのはたぶん、子供のように怯えて叫ぶ、師匠の悲鳴だった。
日本に住んでいる限り天災がない時ってないのか……と改めて気づいてしまったので、書きました。ご不快に思われましたら申し訳ありません。
次話はまた少しお待ちくださいませ。




