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天才と呼ばれた一人の令嬢と、彼女を取り巻く人々の、身勝手な言い分  作者: 燈子
【天才と呼ばれた一人の令嬢と、彼女を取り巻く人々の、身勝手な言い分】
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戦場を駆ける血塗れの聖女1

地獄のような世界だった。


空からは火のついた矢が雨のように降り注ぎ、ドガンッという地響きとともに大岩が家々を潰す。


「酷い有様ね……だから戦争って嫌なのよ」


戦争を止められるのならば、そうしたかった。

けれどそんなこと、一人の人間には出来なかったから。


「行きましょう」

「はぁ……そうですね」


白い服に医神のシンボルを縫い付けて。

失われようとする命を救うために、聖女と呼ばれる者は戦場を駆け抜けた。




***




「レン、無事!?」

「俺は平気……母さんッ!?」


舞う土埃の中で必死の声に目を開ければ、大好きな母は、敵軍から飛んできた大岩に潰された家の下敷きになっていた。


「あぁ良かった!アンタは無事ね」

「あ……うそ、母さん、母さん大丈夫!?」

「来ちゃダメ!また崩れて巻き添えになるわ!」


慌てて駆け寄ろうとする俺を制した母が、煤と土に汚した顔に無理矢理笑みを浮かべ、俺に向かって叫んだ。


「母さんはもうダメだわ。レン、火のない方へ向かって、走りなさい!」

「そんな!!」


喉から絶望の悲鳴が迸る。

母さんの胸から下は瓦礫の下で、足元にはドス黒い血がじわじわと土に染みていたけれど、俺は現実を見ることが出来なかった。


「レン、アンタだけ逃げなさいっ!」

「嫌だよ!逃げるなら、母さんも一緒じゃなきゃ!」


俺は何度も首を振った。だってさっきまで、一緒に隣を走っていたのに。


「今、助けるから、……ふんっ」

「やめなさい!危ない!早く逃げるのよ!」

「だい、じょうぶ!俺、ガキの中では一番力持ちなんだ……クソっ」


必死に瓦礫をどかそうとする俺に、母が半狂乱で怒鳴りつける。けれど俺は無視して必死に瓦礫に立ち向かった。


「母さんはもう無理なの、腰も足も潰れて走れない!もう行きなさい!!」

「やだ!それなら僕もここで死ぬ!」

「レンッ!!」

「うるさいわね、あなたたち!」


悲痛な母の絶叫と俺の癇癪じみた慟哭に、女の声が重なった。


「さっさと火のない場所に行かないと焼け死ぬわよ!」

「ああ!助けてくれ、母さんが!」


現れた大人の姿に、俺は安堵して駆け寄った。金髪の女の後ろから赤髪の男も現れ、俺は神に感謝して泣き出しそうになった。しかし。


「通りすがりの方!お願いします、その子だけ連れて行って下さい!私は無理です!」

「母さん!?」


せっかく大人が来たのに、と振り向くと、母の周りはさっきよりも赤黒く染まっていた。

女は無言で母の元に近づくと、瓦礫の下の状況を覗き込み、難しい顔で小さく呟いた。


「……確かにこれは無理ね」

「分かっています。体の半分が潰れて、もう感覚がありません」


そんなことになっていたのか、と俺は恐怖のあまり気を失いそうになった。それなのに、母は血の気のなくなった真っ青な顔で、それでも俺のことを必死に頼んでいた。


「お願いします、私は助からないと分かっています!でもこの子は、この子だけは!!」

「師匠、火の手も近い!もう離れないと危ないですよ!?」


母の叫びに被せるように、赤毛の男が怒鳴った。そして俺を担ぎ上げようとしたので、俺は咄嗟に母に走り寄り、その肩を抱き締めた。


「離れない!やだ!」

「行きなさい!」

「やだ!」

「レンッ!ああっ、お願いです、この子を連れてってくださいッ!」


ただ冷静に俺の癇癪を見ている女と、俺を連れて行けと女たちに懇願する母。

混沌としたその場で、おそらく一番危機感を抱いていたのは、まだ若い赤髪の男だった。


「あーもう!そんな馬鹿なガキを()()してる時間はないですよ!?」


苛立たしそうに吐き捨てた男は、無言のままの金髪の女向かって怒鳴った。


「いい加減にしないと俺はアンタを担いで、ガキは置いて行きますよ!?……アンタが死んだら、これから先、何千何万の人間が助からないんだからな!?」

「……わかってるわよ。頼むわ」


妙に壮大なことを言った男は、女の了承を得ると、大股で俺に近寄り、乱暴に俺を母から引き剥がした。


「母さん!母さん!」


目の前の情景が受け入れられない俺に苛立つ男は、周囲を見て「もう待てない」と吐き捨てると、乱暴に俺の体を押さえ込んだ。


「はぁ……エディ、麻薬使うわよ」

「はいよ、お好きにどうぞ!こっちのガキは眠らせますからね!」

「頼むわ」


俺の頭上で交わされた妙な会話に、頭が真っ白になっていた俺は気が付かなかった。


「母さん!かあさ……ふぁ?」


妙な煙を吸わされた気がする、と思った次の瞬間には、意識を失っていたのだ。








「レン!?」

「眠らせただけよ」


急に意識を失った我が子に動揺したが、美しい女性が告げた一言に私は顔を上げる。


「この子のことは責任を持つから安心して」

「あ……ありがとうございます……っ」


思わず涙ぐんだ。淡々とそう告げる女性は、この惨状にも関わらずやけに落ち着いている。年に似合わない老成した空気に、訳もわからないまま、この人は信じられると、レンは助かるのだと信じられた。そして、その予感は正しかった。


「私たちは医者。西の医者ルイーゼと言えば分かるかしら」

「ルイ……え、聖女様!?」


簡潔に告げられた自己紹介に、私は目を見開く。その名前を知らない者などこの地にはいない。私たちの風土病への特効薬を開発してくれた、聖女様の名前だもの。


「そう呼ばれることもあるわ。……でもこの状況では、あなたまでは助けられない。ごめんなさい」

「いいえ、いいえ!レンだけでも助けて下さりありがとうございます!!」


悔しそうに謝罪を告げる聖女様に、私はぼろぼろと涙をこぼしながら感謝を捧げた。


「神よ、聖女様を遣わしてくださり感謝いたします!」


あまりの幸運に思わず呻いた私に、聖女様は一粒の薬を差し出して下さった。


「これを飲みなさい」

「え?」


戸惑う私に、聖女様は優しく微笑まれた。


「痛みがなくなり、幸せな夢の中に行けるお薬よ。……きっと、楽になれるわ」

「あぁ……」


レンが助かると思った瞬間から体を焼けるような痛みが襲っている。このまま血がなくなって死ぬか、それとも炎にに焼かれて死ぬか。そのどちらかなのだと思っていた。それなのに、なんと。なんとありがたいことだろうか。


「……また、神の御許で会いましょう」


私が薬を飲み下したのを確認して、聖女様はレンを背負った男性の元に駆けていく。


最愛の息子を連れて、お二人が走っていくのを見ながら、私は涙の中で人生最期の幸運を感謝した。


「ありがとうございます……、聖女様……っ」







「なんで母さんを助けてくれなかったの!」


村の避難場所で目が覚めた時、俺は真っ先にそう食ってかかった。無理だったのだと分かっていても、心が追いつかなかったのだ。

泣きじゃくりながらの罵倒に、金髪の女は淡々と答えた。


「屋根をどかすだけの時間はなかったし、あの怪我では助からなかったからよ」

「でも……生きてたのに……っ、おれ、母さんを見殺しにしちゃった」


地面に突っ伏して泣く俺を見下ろして、女は表情を変えないまま、静かに口を開いた。


「あの時の私の選択肢は、グズグズと全員残って全員死ぬか、あなたたちを置いて私たちだけ逃げるか、お母さんの望み通りにあなただけ連れてくるかの三択だった。だから、一番助かる命が多い道を選択したのよ。ごちゃごちゃ騒ぐあなたを眠らせて、ね」


母が助かる道は、元から一つもなかったのだと告げられ、目の前が真っ暗になる。俺はカタカタと震えながら、美しい能面のような顔を睨みつけた。

けれど、女は一言の弁解も慰めも口にしてはくれず俺に一言だけ突きつけた。


「何か、間違っていたかしら?」

「うっ、わぁあああああんッ」


何も間違っていない。その通りだ。他に道はない。無関係の俺を助けてくれただけで、十分すぎるほどだ。けれど。


「あぁあああっ、かあさん!かあさぁあああんッ」


分かるけれど認めたくなくて、母が死んでしまったことを認めたくなくて、俺は赤ん坊のように泣き続けた。


「うっ、ぅあああッ、ひっく……かあさん、かあさん……」


女は母のように抱きしめたり撫でたりはしてくれなかった。


ただ静かに、俺が泣き止むまでそこにいた。






長くなってしまい後半が書き終わらないので、今日はここまでにします。

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