第5話・劣情
「おはようー二人とも、良く眠れた?」
「おー!セラ!!ばっちり眠れたぜ!今日も綺麗だな!!」
「え…?あ、ありがとう…?」
「………」
「今日はベロス牧場に乗馬体験しにいくんだったよなッ!いやー楽しみだぜ!上等上等ッ!!早く行こうぜ!!」
「う、うん………ねぇエルク…アグ大丈夫かな?目の下に隈みたいなものでていたけど…」
(アグ…やっぱり君は…)
「エルク?」
「え…あっいや…ああは言っていたけど楽しみで寝られなかったみたいだよ…」
「なぁんだ、可愛いところあるじゃないアグったら」
「………」
――張り付いた笑顔と無理矢理絞り出した元気をかけ合わせ何ともない振りをしていた。
本当は失恋のショックで寝込んでいたい気分だったのに、二人に心配をかけまいと必死に楽観を演じている。 まるで道化にでもなった気分だった。
「ヒョー、高いぜこりゃ!アグルナムが推し通るぜ!」
「あははノリノリねアグ!」
「セラは乗らないのか?楽しいぜ?」
「何か高くて怖そうで…」
「エルクっ!セラを後ろに乗せてやれよ!」
「えっ…」
「支えがあれば怖くないだろ?ほらセラ、手伝ってやるからエルクにしっかり掴まっていろよ」
「う、うんありがとうね」
――セラがバランスを崩さないようにしっかりと支え両腕でエルクの腰に巻き付くようにしがみつくのを確認して俺も乗馬へと戻る。
「似合ってるぜ二人ともー!」
「もーからかわないでよアグー」
「ははは…」
「よっしゃ!牧場一周をどっちが先に達成できるか勝負だ!」
「よーし!エルク!勝ちにいくよ!」
「あ、あぁ…頑張るよ」
――競争なんて息巻いたは良いが馬の扱いなんて大して知らない俺と士官学校で乗馬を経験しているエルクとではまぁ勝ち目なんて無く、二人が前へ前へと進んでいくのを眺め続けていた。
「くそー追いつけないぜ」
「ふふふアグおそーい」
「二人が速いんだよー」
――どんどんと遠ざかっていく二人を見ていると二人との距離感や立場も遠ざかっていくような孤独感が襲いかかってくるようで、顔をエルクの背中にくっつけて幸せそうな雰囲気を醸し出すセラの姿がそれを助長した。
それからも俺は努めて明るく振る舞って旅行を続けていたが、二人が少しでも近い距離感でいると劣情が湧き上がってくる自身の心の弱さ、器の小ささにただただ辟易しその度に薄ら寒い笑みを浮かべる。
そして旅は終焉へと近づき、残りは公国城下町を残すだけとなった。
公国へと続く公道の道中、セラが口を開く。
「旅もそろそろ終わっちゃうねー、あっという間だったなぁ」
「すっげぇ楽しかったぜ、だよなエルク」
「うん、本当に楽しかった…」
「アグが一緒で良かったよ、三人一緒ならどんなことでも楽しめちゃいそう」
「嬉しいこと言ってくれるじゃんセラ〜」
「ふふふっそれでね、アグには一つ報告したいことがありまして」
「おっ、何だい?」
「私とエルクね〜現在付き合ってまーす!」
「な、何だとー」
「あれ?何か棒読み?」
「いやぁ、実はもうエルクから聞いちまってよー」
「えー!?エルクぅ…私から報告するって言ったじゃーん…」
「ご…ごめん…」
「エルクは悪く無いんだ、二人から熱い何かを感じた俺がエルクに問い詰めまくって吐かせたんだよ!まったく、バレバレだったぜ?」
「えッ!?そんなにバレバレだった!?」
「バレバレ、バレバレ!でも俺は嬉しかったぜ?何せガキの頃からの親友が結ばれてくれたんだからな!!それで結婚式はいつやるんだい?」
「き、気が早いよーアグぅ!まだ付き合い始めたばっかりなんだから…」
「アツアツだなーでも何で村の皆には隠してたんだ?」
「いざ話そうと思っても気恥ずかしくて伝えられず…エルクなんてモテモテだから女の子に恨まれそうだし…アグは大事な友達だからどうしても伝えておきたくて…」
「…ッバカだな…!何だかんだ皆良いやつらなんだから絶対祝福してくれるって!村に帰ったら俺が報告してやるぜ!」
「わっわっ!?駄目駄目アグー!私からいつか報告するからー!」
「ははは!そうだ公国に着いてもまだ時間があるだろ?城下町なら良い宝石店の一つや二つあるだろうからさ、二人に似合うような指輪を探しに行こうぜ!」
「ゆ、指輪って…だから気が早いよアグー!」
「こういうのは早めに見繕っておくもんだぜ?俺のセンスで二人にピッタリな指輪を見つけてやるよ!よっしゃ、早く行こうぜ二人とも!」
「待ってよアグー!」
――【大事な友達】…何よりも嬉しい言葉のはずなのに何故こんなにも重苦しくのしかかってくるのだろう。
まだセラを諦められずにいるからか?そんな大事な友達に劣情を抱いているからか?
考えるだけ苦しくなる一方だったから、ただひたすら道化を演じる。 断崖へと続く道を目をつぶって突っ走っているような気分だった。
―――――――――
(流石は城下町だ…何もかも仰々しいぜ…)
――田舎産まれ田舎育ちの自分には近代的な建物が立ち並び、流行りの服や異国の衣装に身を包む人々の群れが常の城下町の景色は刺激が強い。
ガキの頃に一度訪れた時よりも遥かに発展していて時代の流れに取り残されていることをひしひしと感じる。
携帯していた武器を預け、俺達は宝石店へ入店する。
「宝石店なんて初めて来るから何か緊張するな…」
「俺もだよエルク…キラキラしてるな…」
「そんなんで大丈夫なのアグー?」
「ま…任せておけ…二人に似合う指輪を見つけてみせるぜ!」
――二人とは別行動を取り指輪が陳列されたガラスケースを凝視する。 はっきり言って宝石の知識も無ければ芸術のこともわからない、勢いに任せた提案でしかない。
それでも複雑な気持ちではあるが二人のためにできることをしたかった。
「あのお客様…」
「あっ…ハイなんでしょう?」
「何かお困りなことでもございましたか…?」
「えっ?あぁいやそのぉ…」
――体格の良い男が険しい表情を浮かべてガラスケースを凝視していたからだろうか、怯えた雰囲気を醸しながら女性の店員が俺に声をかけてきた。
「あの二人に似合うような指輪は無いかなぁと探していまして…将来結ばれた時につけるようなものを」
「なるほど…」
――二人は仲睦ましげに別のガラスケースに展示された装飾品を見ている。
そんな二人を見て張り詰めた笑顔を少し曇らせた自分に心底嫌悪感を覚える。
矛盾した感情が胸を渦巻いてどうにかなりそうだった。
「それでしたら…こちらの指輪は如何でしょう?」
「これは…凄く綺麗な蒼だ…」
「アパタイト…絆の繋がりを宝石言葉に持つ石です」
「絆の繋がり…」
「あのお二方からは愛情以上に強い信頼が見て取れます…貴方からも…」
「お、俺もですか…?」
「はい、ご友人のために真剣に指輪を選ぶ…強い絆があるからこその行動だと思われます」
「………」
――指摘された言葉を素直に受け取れなかった自分がいた。
だけど澄んだように蒼い石は芸術に疎い自分でも心を奪われるほどに綺麗で、宝石言葉も二人にはピッタリなものだと納得する。
結ばれた後に何年経っても育んだ絆を忘れないようにという願いを込めて俺はこの指輪を二人に奨めることを決めた。
「…この指輪にします、試着はできますか?」
「はい可能でございますよ」
「ありがとうございます…エルク!セラ!見つけたぜ良い指輪!」
「おー!どんな指輪だろ!」
「アグが選んだものなら僕は何でも嬉しいけど、楽しみだね」
「ほらこれ、アパタイトっていう宝石の指輪だぜ!」
「わぁ…凄く綺麗…」
「本当だ…深く澄んでいて…綺麗な蒼…」
「試着できるからさ、付けてみな」
「う、うん!緊張するぅ…」
――店員に手伝って貰いながらエルクとセラは左手の薬指に指輪を嵌める。
恥じらいながらお互いに指輪を嵌めた薬指を見せ合う光景を見て………
俺の中で何かが壊れる音がした。
「うん…!これが良い!すっごく良い!お金貯めて絶対買いに来ようねエルクっ!」
「うんそうだね…本当にありがとうアグ………アグ?」
「あれ…?アグはどこに………?」
感謝の言葉を伝えようと後ろを振り向いた二人であったが、そこにいるはずのアグルナムの姿はどこにも無かった―――――




