第4話・悲恋
「わぁーすっごく懐かしい!8歳の頃に来た時と全然変わってない!」
「女神像も少しは風化しそうなものだけどなぁ、ずっと綺麗なままだ…」
「これも泉の加護ってやつなのかもね」
――旅の始めに訪れたハンナの泉、古くから伝わるお話であるベルヴェム物語に登場する美の女神ハンナを象った女神像を中心とした小さな泉のある公園で、ハンナテオンの町が管理運営している。
泉の水を両手で掬い、両膝に同量の割合で掬った水を滴らせ濡れた手の平で両頬を3度撫でることで美の恵みを授かることができるという、物語で行われた儀式を再現するために訪れる物語の愛好家が後を絶たないらしい。
おおよそ80年以上前には建てられた石像らしいが、それを感じさせない程に傷一つ無い綺麗な姿を維持しており、本当に美の加護を纏っているんじゃないかと思わせてくれる。
「泉に来たらやることは一つ!美の儀式!!」
「セラはベルヴェム物語の大愛好家だったよな」
「うん!公国の図書館凄いんだよ!ベルヴェム物語が全巻揃っている上に、主人公の宿敵のバルファーガが主役のバルファーガ外伝まで取り扱っていたの!」
「公国に行って一年目は暇さえあれば図書館に入り浸っていたよなぁセラ」
――セラは太腿までかかった黒い靴下をふくらはぎの丁度真ん中まで下げ、ふくらはぎが少し露出する程度の丈があるスカートを膝上にまでたくし上げ膝に水を滴らせる。
色白で少しふっくらしている脚を見て、自分の心臓が高鳴っていることを自覚した俺は見てはいけないものから目を背けるようにしてエルクへと視線を移した。
エルクはニッコリと笑みを返してくれた。
「わわわ、まだちょっとちべたい…これも更に綺麗になるためよ…」
「い…今でも十分綺麗だろセラは」
「美しさに極みあらず!師匠がそう言ってたよ!それに…」
「それに…?」
「あ…脚のぽっちゃりを改善したくて…」
「気にしすぎなんだよセラは、脚なんて少しふっくらしているくらいで良いのさ。 アグもそう思うだろ?」
「その通りだッ!脚は太ければ太いほど上等ッ!セラの太い脚はとても上等ッ!」
「アグぅ…女の子に太い脚なんて言ったら傷つくんだからね…」
「あッいやッ!?………わりぃ………」
――やっちまったと後悔した。
励ますつもりでかけた言葉が人を傷つける可能性を秘めていることを考慮せずに勢いに任せてしまった。
己のデリカシーの無さに辟易する。
………ただまぁ、俺が太めの脚が好きなのは事実でありセラの脚は正に理想的な太さであった。
「悪いと思うなら公園名物の公女が愛した黒蜜ゼリーを奢りなさい、二個分!」
「そんなに食べていたら太さは改善しないと思うよセラ」
「あーエルクまでそんなこと言うー、エルクも罰として一個奢りなさい」
「なぬッ」
「あははっ!それじゃあ屋台へレッツゴー!!」
「わったったっ…」
――セラは両手で俺とエルクの手を繋ぎ太陽も恥じらうような笑顔で俺達を黒蜜ゼリーを販売する屋台へと誘おうとする。
心地よい温もりと絹のような柔らかさを誇る小さな手は、豆だらけな俺の手にあまりにも不釣り合いで、潰さないように握りを緩めるのが大変だった。
――その後も俺達は様々な地を回った。
「憧れのレストラン・ドルデンのビーフステーキッ!長年の夢が遂に叶うッ……!」
「あははっアグ、目つきが獲物を前にした獣のそれだよ」
「でもアグの気持ちもわかるよ…私も唾液が止まらないのッ…」
「試験前の時に見た顔よりも凄みがあるねセラ…」
――美食の街・ドルゥーデンの有名レストランの看板メニューであるビーフステーキ。
公国生まれなら誰もが夢見る憧れのメニューであり、他国の美食家もこぞって足を運びにくる一品だ。
朝っぱらから長蛇の列に耐え続けた甲斐のある逸品で今まで食べてきた肉は肉じゃないとすら思えた。
「うっうっ…騎士様ぁ…」
「男なら…あんな生き様を辿ってみたいものだなぁ…!アグッ……!ズビ…」
「そ…そうだな…」
――芸術の街・ラサムで行われたお伽噺・ベルヴェムの騎士を題材にしたミュージカル公演。
元は荒くれ者であった主人公が生命を救ってくれた第3王子の騎士となり、陰謀渦巻く公国城で命を狙われ続ける第3王子のために戦い続ける忠義の物語だ。
差し向けられた最後の刺客と刺し違えて主人公は亡くなってしまうが、生き残った第3王子はその後侯爵として跡を継ぐことに成功し、末永く豊かになった公国の空に騎士を想い、かつての第3王子が涙を流して幕を閉じる。
二人は号泣しているが如何せん芸術に疎い人生を送ってきたせいか俺は歌が上手いなーくらいの感覚で楽しんでいたため一粒も涙を流せなかった。
第三王子の服装が勇者式コーディネートに似ていたためずっとだせぇなと心で笑っていたのも原因だろうか。
――旅も中盤に入った頃、この時期に川を渡り繁殖を行うユキボタルの川渡りを一目見ようとベルヴェム河川へと訪れた。
「うおぉぉぉ…すっげぇ輝いてる…」
「この時期に繁殖を行うなんて珍しい生態だよねユキボタルは…それにしても綺麗だ…」
「本当…とても綺麗ね…」
――月明かりがユキボタルの光を更に助長し、ベルヴェム河川は幻想的な風景へと様変わりする。
そんな風景からふと目を逸らし二人へと目を向けるとセラとエルクは妙に距離感が近く、後手に手を繋いでいたのを目撃してしまい心臓に何か重い物がのしかかった感覚に襲われた。
現実から目を背けるのに目の前の幻想は実に最適だった。
「ふー…疲れたぁ」
「僕はアグと同部屋だからセラとは明日までお別れだね」
「寂しい〜私も一緒が良いな~」
「んなッ!?それはマズイってッ…!」
「あははっ冗談だよ〜それじゃあ二人ともお休み〜」
「お休みセラ」
――俺達は近くの村の宿に宿泊し、同部屋となったエルクと男同士でしかできないようなくだらない話に実を咲かせる。
その流れで俺は河川で見た二人の光景から察したことへの事実確認を行った。
「なぁエルク…」
「ん?」
「もしかしてだけど…セラとは…付き合っていたりするのか…?」
「………」
暫し流れた沈黙。 重い空気が淀む狭い空間でエルクは真実を口にしていく。
「公国に行ってから一年経った頃かな…セラに相談を受けてね…」
「………」
「セラ…美人だろ?しかも成績優秀だったから魔術学院内で言い寄ってくる男が後を絶たなくて困っていてね。 それでセラは同郷出身の僕に付き合っているフリをして欲しいって頼んできたんだ。
神妙な顔持ちだったし、セラとは長い仲だったから付き合うフリなら良いかなって…」
「じゃあ…今は…?もうフリも必要ないだろ…?」
「…それが一月経った頃にね…セラにずっと好きだったって告白されちゃって…」
「えッ………」
「二人の時間を過ごす度に気持ちが抑えられなくなったって…泣かれながら迫られちゃったからさ…」
「………エルクは…セラのことが好きなのか?」
「正直ずっと親友だと思っていたから最初はそんな気持ちは無かったんだ…でも直向きに接してくれるセラを見ていたら僕も気持ちがどんどんセラに傾いていって…今では幸せにしてあげたいって想える人になったよ」
「………ッ」
「………アグ、本当は君がセラのこと………」
「…いやぁ良かったッ!!」
「え…?」
「大事な親友が遂に結ばれた…俺はずっとその日を待っていたんだぜッ!」
「アグ…」
「ずっとお似合いの二人って思っていたからな…本当に嬉しいぜ!」
「……ッ」
「湿気た顔すんなって、勘違いしてるけど俺はセラのことは女性としては見てねぇよ。 脚太いってだけで論外!」
――失恋でぽっかりと心臓に穴が空いたような感覚を圧し殺し、出るわ出るわ虚勢の虚言。
必死に張りついたような笑顔を作り出し、俺の心情を察して気まずそうにするエルクを励ます。
「…絶対幸せにしてやれよエルク、不幸にしたらぶん殴りに行ってやるからな親友として」
「…うん、絶対に幸せにする…」
「まっお前らなら大丈夫さ、お前らの優しさも凄さも俺が一番良く知っているからな。
さっ明日も早いんだからもう寝ようぜ」
「うん…お休みアグ…」
――部屋の明かりを消して掛け布団を頭を隠すように覆わせる。 俺は声を漏らさないように静かに涙を流していた。




