第31話・渾身
「受けきれますかねぇ!」
浮遊する物体は次々とアストラへ襲いかかる。
絵札を拒んだ魔術の障壁は依然機能していたが、質量が圧倒的に異なる攻撃を前に徐々にヒビ割れていき、限界と判断したノブリールは仮面に隠した笑みを零して愉悦に浸る。
「粋がる割にはその程度ですか? もっと楽しませてくださいよぉ!」
ノブリールが天井へと腕を掲げると宙で操る物体が頭上へと集っていき、質量の集合体は歪な球体の塊を成した。
「"第三幕・落星の傷跡"!」
マトモな手段では到底受け切ることは不可能な質量の塊をアストラへと落下させる。
アストラは両腕を回転させながら交差する仕草で障壁に費やしたマガルを回収し、右腕を質量の塊へと向けて手の平に絶大なマガルを集中させた。
「"白光砲"!!」
手の平で濃縮されたマガルが特大の光線と化して質量の塊へと直撃する。
光線は人間を5人以上押し潰せるであろう球体の落下を緩慢化させ、構成する椅子等がバラバラに朽ちてゆく。
大部分が朽ちたことによって球体の維持が不可能になり、相殺仕切ったことを確信したアストラは魔術が天井に直撃して崩れることの無いように出力を徐々に弱めて魔術を中断する。
球体を構成していた物質はアストラに届くことなく落下し、重音と埃をホールに充満させた。
「くくッ一流の魔術士と評価されることはある……落星の傷跡を相殺するほどの出力を短時間で発揮できるとは」
「お前さんの魔導だが……"マガルを纏わせた物体を浮遊させ操作する"能力で間違い無いな」
「御名答……それぐらいは見抜いて貰わねばこちらとしても……」
「あれだけの質量を操作できる優れた魔導がありながら使い手の頭がなっちゃいねぇんじゃな……期待外れだ」
「なに……?」
心底残念そうな声色で煽るアストラに対し、ノブリールは僅かに苛立ちを覚える。
「魔術士を相手にしておきながら、遠距離で物体を押し付ける立ち回りに徹し本体は傍観……こんな杜撰な戦いをするやつが幹部候補たぁ、ヤムの野郎も随分と人手不足だ」
「くくッ……分析力に長けた方と評価していましたが当てが外れましたね。まだ惨劇は中盤……貴方を死に導くフィナーレはこれからですよ」
「んじゃさっさと始めな……退屈な寸劇にはうんざりしてんだ」
「お望み通りに……」
ノブリールが腕を天井へと掲げると、舞台裏に隠していた刀剣が一斉にノブリールの周囲へと飛来する。
「"第4幕・舞刀狂宴"……この惨劇を生き延びた者はいませんよ」
「最初の生還者になれるたぁ光栄だな」
「その余裕、どこまで保ちますかねぇ……!」
掲げた腕をアストラ目掛けて振り下ろす動作と共に刀剣が次々とアストラへ降り注ぐ。
「芸のねぇ……」
アストラは顔の高さまで上げた右腕にマガルを集中させる。
「"風女神の断首刑"!」
右腕を薙ぐと蓄積したマガルが無数の刃と化して、迫りくる刀剣を弾きながら宙を浮くノブリールへと襲い掛かる。
反撃を想定していたノブリールは、仮面に隠した笑みを崩さずに素早く地上へと身を降ろして風の刃を回避し、地に脚を着けたノブリールは弾き飛ばされて地に落ちた刀剣二本を魔導によって自身の両手へと導き、そのまま魔導の力を利用してアストラ目掛けて高速で飛翔する。
「ひゃアッはァァ!!」
「ようやく闘り合う気になったか……」
奇声をあげて迫りくるノブリールへと魔術の刃を放ち続けるアストラであったが、空中で身を翻して回避され続け徐々に距離を詰められてゆく。
「器用に避けやがる……」
「逃がしませんよぉッ!!」
「!」
距離を取ろうと脚を下げるアストラに対し、ノブリールは先程弾かれた刀剣を再び魔導で操作してアストラの逃走ルートを刃の切っ先で完全に塞ぎ切る。
逃げ場を失ったアストラはベタ足での回避に専念するしかない状況に立たされた。
「そらそらぁッ!!」
「ちッ!!」
「くくッ!! 一流の魔術士と言えど弱点は共通……マガルを緻密に練る隙の無い接近戦にはてんで弱いッ!!」
魔術による反撃を封じられたアストラは防戦一方となり紙一重で二刀の刃を躱し続ける。
「私の太刀筋を躱し続けるとは術士にしては動きが良い! けどいつまでも続きませんよ!!」
「くッ……」
「ほぉら隙を見せたッ!!」
「ッ……!?」
道を塞ぐ刀剣の一本が死角からアストラのふくらはぎへと飛翔し、切りつけられたふくらはぎから出血を伴ったアストラは膝を着いて大きな隙を晒した。
(殺ったッ……!!)
勝利を確信したノブリールは、刀剣を携えた右腕でアストラの首筋目掛けて突きを放った。
―――
「"鋼……伝雷"ッ!!」
『ギィィィィッ!!』
「今だリュク殿ッ!!」
「……!」
サジンの陽動の甲斐あって、イザナは苛烈を極めた魔物の猛攻を掻い潜り、渾身の魔導によって魔物の動きを抑制することに成功し、リュクは千載一遇の好機を得る。
リュクだけが把握している魔物の弱点へと、寸分の狂いなく向けられた銃口から弾丸が飛び出した。
『ブブッ!!』
「あぁっ……!?」
「弾かれただと……!!」
全身を覆った金色のマガルによって電撃への耐性を得た魔物は、肉体にダメージを負いながらも急所への痛撃を察知し、糸による遮断壁を即席で作り上げて銃弾を弾き飛ばす。
「はっ…………! はぁ…………!」
(童の体力に限界が来ている……魔導を長時間発動しているのだ、無理は無い……)
(あんなに疲れているイザナ、初めて見た……これ以上は……!)
長距離の走行においても汗一つ見せて来なかったイザナであったが、魔導の力を長時間扱ったことによって甚大な疲労が肉体にのしかかり、全身から滝のように汗を流し、息を切らす。
「散……雷……」
「イザナッ!!」
「あ…………」
(しまった!!)
無理を伴った魔導の発動に集中したことにより、イザナは魔物の急接近に気付けずに制空圏への侵入を許してしまい、疲労により動けないイザナへと魔物の鎌足が振り下ろされる。
「"疾風忍陰"ッ!!」
サジンは対角線のイザナへとマガルを放ち、自身の肉体を放ったマガルと同化させる。
風のように駆け抜けたマガルはイザナの前方を覆い、そのマガルから現れたサジンはイザナを救うために抱えようと試みるが、それよりも早く魔物の一撃がサジンの背中へと浴びせられる。
「ぐおあぁぁッ!!」
「サジンさんッ!!」
振り下ろされた鎌足がサジンの背中を抉り剃る。
紺の装束に着込んだ帷子をも切り裂く威力に、激しい叫びと血飛沫をあげたサジンであったが、痛みを堪えて紫銀のマガルで魔物の身体を覆い尽くして視界を塞ぎ、イザナを抱え魔物から大きく距離を取った。
「ぬうぅぅ……!」
「サジンさん……!!」
「寄るなリュク殿ッ……一箇所に固まっていては全員が狙われてしまう……お主が奴に攻撃されれば勝ちの目が無くなる……!」
極度の疲労で魔導の継続を断念したイザナを優しく地に降ろしたサジンはゆらりと立ち上がり、イザナから離れてリュクへと指示を出す。
「今は耐えるのだリュク殿……拙者が奴を引き付けて時間を稼ぎ、イザナ殿の回復を待つ。彼女の足止め無くしてあの怪物の急所を射抜くことは不可能でござる……」
「でも……」
「拙者のことは気にするな……それよりもお主はイザナ殿を少しでも安全な場所に移動させ、マガルの放出を手伝うでござる……額に手をかざし、自身のマガルを用いて綱を引くように体内のマガルを引っ張り出すのだ……魔導の影響による魔物化の危険性を、少しでも下げるために……」
リュクは頷き、イザナを肩に抱えて持ち場を離れるのを確認したサジンは、覆い尽くしたマガルを再び分身体へと変化させ、本体は魔物の元へと駆け出した。
「イザナ……しっかり……!」
「はっ…………ふぅ…………」
建物の影に身を隠し、イザナを座らせたリュクはサジンの言い付け通り額に手をかざしてマガルの放出を助長する。
「調子に乗って力を使い過ぎ……肝心な時に役立たずで……ごめんリュク……」
普段は一定の声色で強気な発言を多用するイザナが、弱々しい声で自身の非を謝罪する姿を見せたことにより、リュクは未だ何も成し遂げていない自身にこそ非があるのにと、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
「違うよイザナ……僕がもっと早く撃てていればこんなことには……」
「動きを止められなかった私の落ち度……次は……確実に止めるために……接近する」
「近づくなんて無茶だよ……! あんな化物にそんな身体で……」
「威力の無いビリビリじゃ止められないから仕方ない……それに、決戦状態は次の発動が限界……一撃で決めるには危険を犯すしかない……」
「でも……」
「リュク……」
息は絶え絶えだが落ち着きを取り戻した顔色で神妙な表情を浮かべたイザナは、リュクの頬に右手を添える。
「もし……私が力の使い過ぎで魔物になったその時は、遠慮なくその銃で介錯して欲しい」
「え……?」
「人を殺めて回る存在にはなりたくない……でも死に方くらいは選びたい……リュクに殺される人生なら、本望……」
「何言ってるのさ……!」
「私は本気だ……勝てなかったら死ぬだけ……言いたいことは言っておきたかった」
イザナはふらつきながら起き上がる。
「じゃあ……頼んだぞ……」
「イザナっ……!」
駆け出したイザナは強い稲光を纏いながら、魔物へと大きく飛翔する。
彼女の決意を無駄にしてはならない……その想いが、銃口を向けるリュクの意識を極限まで昂らせた。
「……!? 童……!」
『ギッ……!』
「ノロマがッ……!!」
脇差を上手く扱い、魔物からの攻撃をいなして懐へ潜り込んだイザナは、魔導によって生体を維持できる限界のマガルを体内に蓄積した。
「"雷我"ァァァッ!!」
『ギギャァァァァッ!?』
「おおおぉぉぉ!!」
最大火力の雷我を叩き込まれた魔物は、弱点を曝け出した状態で静止に追い込まれ、すかさず鉛玉の連射を浴びせられる。
禍々しいマガルが魔物の弱点から多大に漏れ出し、巨体を支える八本の脚は力無くひしゃげ、遂に魔物は地へと伏した。
「……やった」
「勝った……な」
「なんと……」
「やったやった……! 勝ったんだ! あんな化け物相手に勝てたんだ僕たち!!」
「ふ……どうやら、心配は杞憂にすみそう……」
『ギギャァァァァッ!!!』
「「「!!?」」」
何という不死性……! 鉛玉では弱点を貫ききれない事が災いし、消滅まで後一歩という状態で堪えた魔物がイザナへと襲いかかった。
「がはぁ……!?」
「童ッ!!」
『ブブッ!!』
「ぐぁぁぁぁッ!?」
大足による薙ぎ払いが胴体に直撃したイザナが吹き飛ばされる。それに動揺したサジンへと鋼鉄の糸が放たれ、サジンもまた負傷を余儀なくされた。
『ケケゲゲヒィ……!』
身動きの取れないイザナへと、魔物がゆっくり迫る。自身の身体に覆い被さった影を認知したイザナは、避けられない死を受け入れる覚悟を固めた。
(ああ……死ぬんだな。意外と怖いものだな……)
『ケヒャァッ……!』
(そういえば……言いたいこと、言い切れてなかったな……いや、どうせ面とは言えないか)
『シャアァァァッ!!』
(リュク…………)
振り降ろされる鋭い脚に確かな死を幻視したイザナは、ゆっくりと目を閉じ――――
「"ブレイズ"!!」
『……ゲ!?』
(え……?)
――――ようとした刹那、強烈な閃光がほとばしり、魔物の鎌足が自身から大きく外れる奇跡に見舞われたイザナは光の出処を目で辿る。 視界の先には、輝きを帯びた銃口を魔物へと向けるリュクの姿があった。
「こっちだ化け物……!」




