第30話・造られし魔
「わぁぁぁ!!?」
「こっちか……!」
連れ去られたイザナとリュクを救出するため巻き取られて行く糸を追うサジン。
凄まじい速度で巻き取られたため見失いはしたものの、リュクの悲鳴とマガルの痕跡を頼りに暗い劇場内を駆け抜けて行き、独りでに閉じたはずの劇場の入口が開放されているのを確認したサジンは二人が外へ連れ出されたことを確信した。
「……ッ!? こやつは……」
外へ出たサジンは全身から黄金の輝きを放つ蜘蛛のような多足を持ち、顔の部位に眼球がところどころ埋め込まれたこの世のものとは思えない巨大な物の怪が目の前に存在することに、一瞬己の認識力を疑った。
(なんという異形……! 恐らくは蜘蛛を元にした魔物……だとしても、ここまで巨大化することなどあり得るのか……!?)
「うぐぅ……!」
「あぁぁぁ……がっ……!」
「童達……! ぬぅんッ!!」
黄金の糸に締め付けられて苦しむ二人の姿を見たサジンは、目の前の異形の討伐よりも二人の救出を優先する事を決め、脇差しを抜いて全身にマガルを纏わせる。
『……! ブッ!!』
「ぬっ!?」
強いマガルの発生を察知した蜘蛛型の魔物はサジンへと黄金の糸を吐き出す。
直線的に吐き出された高速の糸を辛うじて横っ飛びで回避したサジンは、自身が元いた地点が突き刺さった糸によって貫かれ、石床が粉砕される光景に冷や汗を流す。
(凄まじい硬度ッ……! 直撃していれば致命傷は免れなかった……こんな糸で締め付けられていては長く保たぬ……!)
異形は吐き出した糸を切り離し口元へマガルを蓄積し、次なる糸吐きに備える。
(苛烈な攻撃……巨大な体躯……潜り抜けて救出するには今のままでは至難か……ならば)
ゆらりとサジンの髪が逆立つ。
纏うマガルは白色から紫銀へと変貌し、閉じた瞼が開かれて顕になった瞳の色もマガルと同じく紫銀に染まる。
露出した太い二の腕からは血管が浮き上がり、全身から吹き出した紫銀のマガルは爆発的に周囲へと拡散する。
『ッ……!!』
膨大となった獲物のマガルに異形は数瞬の間怯み、締めつけが緩和されたことで苦痛から解放されたイザナはサジンから溢れ出るマガルの異質を感じ取ることができた。
「魔導……!?」
「"暗行霧中"……忍陰……!」
『ブッ!!』
立ち直った異形はサジンへと多量の糸を吐きつける。
先程よりも広範囲に射出された糸は確実にサジンの身体を貫き、大きな砂埃が舞い散った。
『…………?』
(……!? いない……)
砂埃が晴れ、糸が突き刺さった地には貫かれたはずのサジンの姿が無く、異形とイザナは混乱に陥る。
辺りを見回したイザナが広範囲に拡散されたサジンのマガルに注目していると、それは続々と人の形を成して行き、やがてそれはサジンの肉体を形作り数十人に及ぶ分身が異形を取り囲んでいた。
『ギィ……!?』
サジンの分身体は皆一律の姿勢で脇差しを構え殺気立つ。
「リュクを先に……! 助けて……!」
イザナの叫びに呼応したかのように分身は一斉に、かつ固まり過ぎないようバラバラな波長で異形へと突撃して行く。
『ギギィッ!!』
(機敏……!)
分身のどれもが素早い動きであったが、異形は素早い動きで器用に脚と糸を用いて一体ずつ分身を処理する。
脚や糸で貫かれ、薙ぎ払われた分身は紫銀のマガルと化して辺りに散らばり、それは徐々に異形の上空を渦巻いてゆく。
一定の量まで蓄積された上空のマガルは再びサジンの肉体へと変化していった。
「はあぁぁぁぁッ!!」
『ッ!!』
上空で形を成したサジンの分身は、刃を異形の頭へと向けながら自由落下してゆく。
『ブッ!!』
「――――――!」
「ああ……!」
刃が突き刺さるまで後少しの距離であったが、声にいち早く反応した異形はカウンターの糸を上空のサジンへと浴びせる。
空中で身動きの取れないサジンは呆気なく糸に貫かれてしまい、それを間近で見たイザナは絶望に顔色を染めてゆく。
しかし、首あてに隠れたサジンの口元は笑っていた。
貫かれたサジンの肉体は多量のマガルに変化し、異形の複眼を覆い被さり視界を塞ぐ。
『ギ……!?』
(これも分身……!?)
慌てふためく異形の足元を紫銀のマガルが辿り、それは空中で拘束されたリュクの足元へと集い、再びサジンの肉体へと変化する。
「ふッ!!」
サジンは大きく跳躍し、マガルを纏わせた手刀で糸を両断して拘束から解放されたリュクを空中で抱きかかえ、跳躍の勢いそのままに異形から距離を取った。
「うぐ……うぅん……」
「無事か少年よ」
「大丈夫……イザナは……あ!?」
「ッ!?」
異形に目を移したリュクとサジンは、醜い口を大きく開いた異形と、拘束されたイザナがそこへ運び込まれている現場を視認する。
「イザナが食べられちゃうッ!」
「南無三ッ……!」
サジンは全速力でイザナの救出に向かうが、リュクを異形から遠ざけようとしたことが仇となり、救出にはまず間に合わない距離感となってしまっている。
救出の間に合わない絶望的な状況にも関わらず、身体が口の中へと運ばれる寸前のイザナは冷静な表情を崩さない。
「これでリュクを巻き込まずに済む……ふぅッ!!」
イザナは頭頂部に狐耳、臀部に狐尾を模した蒼いマガルを纏う決戦仕様の魔導"雷狐"を発動した。
「"雷我"……!!」
『ギィッ!!? ギャッ!!』
「う……!」
「ぬん!」
「うぐ……ないすきゃっち……」
全身から強力な電撃を放出し、たちまち雷に包まれた異形は堪らず巻き付けた糸を利用してイザナを勢い良く空中へと投げ飛ばすが、走り込んできたサジンが受け止めたことで事なきを得る。
電撃を浴びて身体を震わせる異形の隙を突き、そのままサジンはイザナを抱えて距離を取った。
「無茶をする……が、拙者の判断が招いた事態でござるな。すまぬ」
「リュクを助けるよう頼んだのは私……おかげで気兼ねなく魔導を使えた。いくら図体がデカくても雷我を喰らえばひとたまりも……」
身を焦がし動きを止める異形。
後はマガルと化して霧散するだけと確信したイザナであったが、その想いとは裏腹に眼球を金色に染めた異形は焼け焦げた肉体にマガルを漲らせて全身をより一層輝かせる。
「なんだ……!?」
まるで脱皮したかのように輝きを帯びた肉体からマガルが剥がれ落ちていくと、焼け焦げた肉体がまるで幻想であったかのような、万全な異形の姿がそこにあった。
『ギギギィッ!』
「うそ……猛獣も一瞬で殺められる雷我を受けて無傷なんて……」
「いや、致命的な損傷だった……! だがそれを全て無に帰すほどの再生力をやつは有している……!」
「そんな……」
異形はさらなる強度を得るためか、自身の脚にありったけのマガルを練り上げた糸を絡みつかせている。
あまりの耐久力に絶句し呆ける二人であったが、そこに小さな希望が舞い込んで来た。
「イザナ! サジンさん!」
「リュク……」
「大丈夫……確かに凄い再生力だけど、あの魔物には弱点があるんだ!」
「弱点とな?」
「旅に出る前にアグ兄と魔物退治をしたことがあるんだ……その時戦った魔物も斬られた腕が生えてくるほど凄い再生力だったけど、首筋にあった小さな亀裂に直接銃弾を撃ち込んだら倒せたんだ! その時と同じ亀裂が、あいつのたくさんある目の中に紛れていた……!」
「なんと……!?」
「良く見えたな……一番近くにいた私でも気づかなかったのに」
「なんでかはわからないけど目を凝らしたら良く見えるんだ」
「ふむ……どのみち、私の最大技で倒せないならその可能性に賭けるしか無いか」
多足への糸纏を完成させた異形は大口を三人へと見せびらかし、威圧するかのように脚を上げて身体を大きく誇示し雄叫びをあげる。
『ギギャアァァ!!』
「魔物は強いマガルを放つ者を最優先に狙う! 拙者が囮になる故、イザナ殿は隙を突いて足止めを」
「うむ」
「弱点を把握しているリュク殿は離れた場所から、動きを止めたところを狙い撃つでござる!」
「任せて……!」
「では参る……!」
紫銀のマガルを異形へばら撒きながら、サジンは異形へと大きく歩を進め、その後をイザナが続きリュクは距離を取った後、銃身を構えて必殺のタイミングに集中した。
―――――――――――
「"序幕・従属の切札"!」
宙を浮くノブリールが放つ金色のマガルを纏った無数の絵札が宙に舞い、それはアストラ目掛けて四方八方に降り注ぐ。
「"空拒陸蓋"……」
アストラは自身の周囲に絵札の侵入を完全に拒む、円型のマガルの障壁を練り上げる。
障壁は、床に突きささるほどの威力を有した絵札を完全にはじき飛ばし、アストラに傷一つ付けることも叶わなかったがノブリールはそれが当然と言わんばかりに一笑する。
「ククっ、まぁこれぐらいは対処して頂かないと拍子抜けするところです。腐っても勇者の仲間ですからねぇ」
「今のうちに余裕振っておけ、数刻したら命の対価に情報をベラベラ漏らす姿を曝す羽目になる」
「随分な楽観ですねぇ、頭を垂れて命を乞うのは貴方の方ですよ」
「聞きてぇことは山程あるがくだらねぇ会話に付き合う気はねぇ」
アストラは右腕にマガルを集中させる。
「せっかちですねぇまだショーは始まったばかりだと言うのに……くくッ良いでしょう、そんなに知りたいことがあるならば今教えて差し上げますよ」
ノブリールは宙で脚を組み、リラックスを施した姿勢を取る。
「随分な余裕だな」
「どうせ貴方がたはここで死ぬ……冥土の土産というやつですよ」
「そうか、んじゃあ先ずはどうやって街の人々を魔物にして、かつそれらを操ることができたかを教えて貰おうか」
「ほう、魔物が使役されていることに気づいていましたか」
「あれだけ統制された動きをしてりゃ誰でも勘づく」
「くくッ仕組み自体は簡単ですよ……」
ノブリールが指を鳴らすと舞台上の黒幕が独りでに開いて行き、照明が舞台の中央を照らす。
そこには怪しげな装置のようなものが存在し、噴出口のようなものから多量のマガルが散布されていることをアストラは感知した。
「そいつが元凶か……馬鹿みてぇにマガルを撒き散らしやがって」
「これは協力者である魔術士が開発した新魔術の媒介装置です。"特殊な技法で生成したマガルを生命に取り込ませ、魔物と化した者を使役する"魔術のね」
「ロクでもねぇやつだろうなその魔術士とやらは」
「くくッ……無礼な影口を叩く。協力者は辺境伯の御子息ですよ」
「なにッ……!? 辺境伯に子供がいるなんざ聞いたことも……」
「我らの手によって幼い頃に家出の手助けをしましてね。目的の為なら犠牲を肯定する人格なのでロクでもないことは否定しませんが、その天賦の才のおかげで我々の計画は大きく前進しました」
「人格者である両親から産まれたとは思えねぇな……」
「あれは生まれながらの悪というやつですよ、くくッ……話を戻しますが貴方の仲間を攫っていったあれもその副産物でしてねぇ、"蠱道"はご存知ですか?」
「東の外大陸の儀式だな、狭い容器に毒を持つ生物を敷き詰めて食わせ合い、生き残った最後の一匹を煎じることで万物を殺す毒ができ上がるとされている……」
「博識なことで。その蠱道を強力な魔物を制作する実験の際に参考にさせて頂きましてねぇ、私のマガルを元にした特殊なマガルを取り込ませて魔物化させた毒性生物達を広い部屋に放ち、殺し合いをさせました。
殺しては食いを繰り返す魔物達は次第にマガルと共に強大化して行き……最後には鋭利な糸を吐き、凄まじい再生力を誇る蜘蛛が生き残ったのですよ! くくッ!! 強大化してもなお私の支配下に置かれた魔物が出来上がったのです! 我々は強大な毒を意のままに造り、従える力を手にしたのですよ!」
「そいつぁ良かったな」
アストラは耳に小指を入れながらつまらなそうな声色で生返事をし、それを面白く思わなかったノブリールは煽るように両手を広げて言葉を紡ぐ。
「くくッ! 今頃貴方のお仲間は全員私の魔物に消化されているでしょうねぇ!」
「それはねぇな」
「現実は無慈悲です。軍隊一個師団に匹敵する魔物にたった三人で勝てるわけが……」
「勝てるさ、忍の技を継ぐ男に俺でも測りかねる未知の可能性が二人も付いているんだ。今頃お前さんのペットは無様に踏み潰されているだろうぜ」
アストラは親指を下げて煽り立てる。
「くくッ……どこまでも楽観的なお方だ」
「客観的に判断したまでだ、あぁそれともう一つだけ聞きたいことがあるんだが……」
「なんでしょう?」
「お前さんのお仲間から俺のことをどう聞いている?」
「……デアンの仲間の一流魔術士と聞いていますが」
「他には?」
「後は……キザな女好きということくらいですかねぇ」
「そうか……」
アストラは膨大なマガルを全身から放出して臨戦の体勢に移行した。
「ならお前さんの負けだぜ怪人さんよ」
「くくッ! こちらの台詞ですよ魔術士! 無益なお喋りは確実な勝利を構築するための時間稼ぎ……完全なる死の演劇の準備は今整いました!! 恐怖なさい……我が魔導・"惨劇の怪人"にッ!!」
ノブリールの叫びに呼応してホールに配置された椅子や小道具が黄金の輝きを放った。
「"第二幕・箱庭の怪奇"!!」
輝きを帯びたそれらは、ノブリールに手繰られるように宙へと浮き上がりアストラの周囲を取り囲んだ。




