第29話・歓迎
アグルナム達が危機に瀕する少し前のこと。
アストラを中心とする一行は異常なマガルの産出原である旧劇場の目の前へと辿り着いていた。
「間違いなくここが事件の中心地だ。俺達の侵入を察知したヤム一味が待ち構えていることだろう……」
「扉一つ跨げばそこは死地……童達よ、常に気を張っておられよ」
「腕が鳴るぜい」
「…………」
リュクは青ざめた表情で旧劇場を見上げ、その目には旧劇場が悪魔潜む魔城と認識されており、膝から下は恐怖で震えている。
「…………ひぎゃびびッ!?」
「相変わらず良い声で鳴く」
イザナは指先から微弱な電撃をリュクの背中へと浴びせて一喝する。
手痛い気付けのおかげか、足の震えがピタリと止まった。
「ここまで来たら逃げ場無し、しっかりしたまえよ」
「う……うん、ありがとうイザナ……」
「感電させられて礼を言うとは……そういう趣味か?」
「違うよ! イザナなりの励ましに対して……」
「一喝しただけで励ましのつもりは無かったが、そういうことにしておこう」
「むぅ……!」
「まぁ何かあってもお姉さんが守ってあげるから安心したまえ」
「馬鹿にして……今度こそは頼りになる姿を見せなきゃ……!」
「ふっ……良いコンビだな」
「少しぎこちなくはあるがな」
「それぐらいで良いのさ絆なんてのは……それがかっちりとハマった時に強い力を発揮してくれるからな。それじゃあ行くとするか……」
緊張を解したリュクとその要因となったイザナの間に、ぎこちなくはあるものの確かな絆が育まれつつある。
アストラはそれが形となって芽吹くことを期待しつつ、黒幕潜む旧劇場の扉へと手をかけた。
「絶対に側を離れるなよ、どんな手を仕掛けてくるかわからねぇからな」
「うん……」
「うむ」
子供達への警告を終えたアストラはゆっくりと扉を押し開いてゆく。
中は明かりが着いておらず、ほこりが蔓延しておりとても人が手をつけたとは思えない場所であった。
「げほげほっ! ほこりっぽいぃ……」
「暗い……長居したくない」
「んじゃ帰るか?」
「「やだ……」」
「そんじゃ我慢しな……マガルの流れも随分濃くなってやがる、体内のマガルの調整にも気を張っておけ」
「はーい…………ん?」
最後尾のリュクが軋むような音を聞き取り後ろを振り返ると、光源の確保で開けっ放しにしておいた扉が徐々にしまってゆくことに気づいた。
「扉が勝手に閉まって行ってる……!」
「ぬ……」
リュクの指摘を受けサジンも振り向き確認した途端、扉は勢い良く閉まり威圧するように強い物音を立てる。
「ひゃ……!?」
急な物音と光が失われたことに驚いたイザナは小さく声を漏らし、両肩は顔の位置まで上がり、膝を真っ直ぐにしてつま先立ちとなり全身でその心情を顕にする。
注目を浴びたことを気配取ったイザナは直ちに姿勢を正し、何事も無かったかのように振る舞う。
「……イザナも驚くんだ」
「驚いてない」
「でもさっき小さな悲鳴が」
「空耳……これ以上追及したらビリビリさせて灯り代わりにするぞ」
「そういうことにしておくよ、ふふふ……」
「ぐぬぅ、リュクのくせに生意気な……」
「これしきで驚いては身が持たぬぞ童よ」
「だから驚いていない……」
イザナは気分を損ねて、じっとりとした目つきで頬を膨らませた。
「どうやら歓迎されているらしいでござるな拙者らは……」
「ああ、手荒な歓迎になるのは間違いないだろうぜ……灯りは俺が確保しておこう」
アストラは右手に浮かせた球状のマガルを輝かせて暗がりを先導する。
「虚陽でござるな、難度の高いヒイズリの高位魔術をこうも使いこなすとは……流石にござる」
「こいつを出している間はマガルの調整が難しくなって咄嗟に他の魔術を扱えなくなる、すまねぇがみんなには何かあった時に援護して貰いたい」
「御意に」
「そういえばイザナは魔術を使えるの?」
「無理、使い方知らないし」
「魔導はあんなに使いこなせているのに……」
「童よ、魔導と魔術は似ているようで全く別の力でござるよ。魔導を誰より扱えても魔術を使えないということは珍しいことでもない、逆もしかり」
「そうなの?」
「俺も魔導の適正は無いからな……この件が片付いたら魔術について教えてやるよリュク。まぁお前さんの能力を考慮したらあれを使いこなした方が良いとは思うがな……使い方は覚えているか?」
「うん……毎晩練習しているからバッチリ」
「勤勉なのは実に良い。後は上手く扱えるかだ……この扉の先に待つ命がけの実戦でな」
ホールへと続く扉の奥からは、禍々しくつんざくような異様な気配が漂ってきている。
思わず一歩後退りするリュクに対し、サジンは大きな右手で肩甲骨の間を支え励ました。
「必ず守る、安心なされよ」
「うん……ありがとうサジンさん」
アストラは勢い良く扉を蹴破り、ふてぶてしくホールの入口を跨いでゆく。
「待っていましたよ、ネズミさん達」
暗がりの奥から毒々しい声が響き、目を凝らすと黒い人影が仰々しい姿勢で舞台の上で佇んでいることが確認できる。
一斉に照明が点灯し舞台へと光が集中すると、満面のニヤケ顔を描いた仮面で顔を隠す、タキシードに身を包んだ長身の男の姿がそこにはあった。
「お前さんが事件の黒幕のようだな」
「如何にも……私のことは怪人・ノブリールとでもお呼びください、Mr.アドワルド」
「初対面の俺の名を知っているたぁ、魔導士ヤムのお仲間で間違いなさそうだな……何が目的でこんな事件を起こしやがった」
「全ての生物を魔へと至らせ、ヤム様が全ての魔を統べる神として世界を掌握する……その理想の第一歩を踏むための大掛かりな実験、検証と言ったところでしょうか」
アストラはノブリールの答えに対し苛立ち気味に舌を打つ。
「くだらねぇ……くたばり損ないがまだそんな野望に燃えてやがんのか」
「魔導も扱えぬ半端な人間には理解できないでしょう……マガルと生物の無限の可能性をヤム様は肯定し、導いてくださるのです。力の求道者にとってこんなにも素晴らしい理想の世界はない」
「理解できねぇな、する気もないが。交わらねぇ道はどちらかが途絶えるしかねぇ」
「できますかねぇ」
「頼れる仲間がいるんでな、簡単なことだ」
「くくッ!! 勇者デアンがいるならともかく、そんなおチビちゃん二人を頼れる仲間と宣うとは! 観測者も随分と人手が不足しているようで……」
「ねぇ……」
「はい?」
リュクは怒りに満ちた表情と声色で、ノブリールを睨みつけながら質問を投げかける。
「なんで、街の人達を魔物にしたの?」
「んん? 言ったでしょう、理想の世界のための実験ですよ。全人類が辿る素晴らしき未来のためのね」
「なんでそんな酷いことが平気でできるんだ……! ザム村の人達の命も街の人達の命も弄んで……!」
ノブリールは煽るように大袈裟な仕草で悲しみを全身で表現する。
「ザム村……あぁ少年よ、村の件は聞き入っているよ。大公とは道を共にする同志だが……彼は本当に愚かな選択をしたと思っているよ」
「……?」
「皆殺しなどせずに、村人達を魔へと導いてあげればもっと有意義な結果になっただろうに……! くくく、本当に勿体な……」
言葉が終わるよりも先に火薬が弾ける音が鳴り響く。
悪趣味な仮面に銃弾が掠め、破損して露出した頬をノブリールは慈しむように撫でた。
「リュク……」
「こんな……こんな人の命を何とも思ってないような奴ら……許されちゃいけない!!」
「同感……ビリビリさせてとっちめちんにしてくれる」
「外道には相応の報いと罰が下るが必定……」
強い殺気に満ちた仲間達の姿を見て、アストラはニヒルな笑みを浮かべてノブリールへと向き直る。
「見ての通りの頼れる奴らだぜ、怖じ気づいたか?」
「……おお怖い。さしもの私もこれだけやる気のある面々相手に多対一は厳しいと言わざるを得ないでしょう。街でこしらえた魔物も一掃されてしまいましたしねぇ」
「泣き言吐こうが許す気はねぇぜ」
「そんなつもりは毛頭ありませんよ……」
露出した頬から不気味な笑みが垣間見えたその時、突如ホールの入口から金色の糸のようなものが無数に侵入し、それはイザナの腕を封じながらに胴体を縛りあげ宙に持ち上げた。
「む……!?」
「!? イザナ!!」
「何だ!?」
「これはッ!?」
「うわぁ!?」
枝分かれした糸はリュクの胴体にも巻き付いてイザナと同じように宙に持ち上げる。
拘束した糸は高速で手繰り寄せられて、劇場の外へと二人は連れ去られてしまった。
「待てッ!!」
二人を救うため、サジンは手繰り寄せられていく糸を追って行く。
「ちぃ……!!」
「貴方の相手は私ですよMr.アドワルド」
「! マガルで生成した障壁か……」
サジンに続こうと入口へ向かったアストラであったが、高濃度のマガルで練られた壁がそれを遮りアストラは広いホールに閉じ込められてしまう。
「勇者デアンのかつての仲間……その首を持ち帰れば、私はヤム様の側近たる魔王としてこの公国を任せて頂ける……! 私のために死んでください!」
「ナメられたもんだな……」
アストラは静かな怒りを瞳に宿らせマガルを全身に漲らせた。




