第28話・救出
「聞こえたよな……!」
「はい! 確かに咳込みの音が……!」
「ようやく希望が見えたぜ、広いから手分けしたいけど魔物が潜んでいる可能性も十分ある。離れずについてきてくれ」
希望を見出した二人は足早に牢屋の中を確認して行く。
「牢屋しか無いな本当に……今は使われていないんだよな?」
「はい、そのはずです」
「逃げ込んだと仮定したら何で牢屋なんかにいるんだろうな……」
(良く良く考えたら魔物は感知力が異常に高いんだったな……知識がある人なら逃場のないこんな地下牢になんか避難誘導をするとは思えない……知識が無い人が逃げ込んだのかあるいは……)
疑問は募れど、今は僅かな希望に縋るしかない二人は確かに部屋内から聞こえた咳を頼りに生存者を探し続ける。
すると、一箇所だけ鉄格子ではなく厳重な鉄扉によって中を確認することができない牢屋を確認することができた二人は、扉の前で立ち止まった。
「如何にも特別って感じの部屋だな……錠がかかっていて中が確認できやしない」
「待ってくださいアグさん……この部屋から何か聞こえませんか?」
「……! 吐息だ……確かに人の呼吸音がする!」
「ではこの中に……! 合鍵は看守部屋にあるのかも……探しに行きましょう!」
「必要ねぇ」
「え?」
「ふッ!!」
アグルナムは扉にかけられた錠を右拳で握りしめ、そこへマガルを集中させてこれでもかと握力をかけてゆく。
しばらくして金属の破壊音が鳴り、アグルナムが右拳を開くと錠はバラバラに崩壊し役目を果たすことは叶わなくなった。
「開いたぜ」
「……人間ですか?」
「人間だよ……ちょっと力持ちではあるけど」
理解を超えた怪力にドン引きするルピナスを尻目に、アグルナムはゆっくりと鉄扉を開いてゆく。
すると、部屋のベッドに横たわる金髪の女性を確認することができた。
「女の人だ……綺麗な格好で金髪の」
「!! 奥様ッ!!」
「うおっ」
ルピナスはアグルナムを意に返さずに、狭い入口を潜って横たわる女性の側へと駆け寄って行く。
「奥様……奥様しっかり……!」
「…………ルピナス? ルピナスなの……?」
「私です、ルピナスです……! ご無事で良かった……!」
感極まって涙を流しながら抱きついたルピナスを慰めるように、マーガレット夫人はほんのりと気力を取り戻した笑みを浮かべながら優しく頭を撫でた。
「生きていてくれて良かった……でもここは危ないわ、直ぐにここから離れて」
「奥様もご一緒ですよ! 奥様と旦那様を救うためにここまで来たのですから……!」
「ごめんなさいね……右脚を折ってしまったから足手まといにしかならないの。治療魔術でも骨折はすぐに治らない……」
「私が奥様の手足となります! 魔物が出ても助けてくれる方がいるので大丈夫ですよ」
ルピナスは夫人に入口前で佇むアグルナムを紹介する。
「こちらアグルナムさんです。この方のお陰でここまでたどり着くことができました」
「どうも……」
「…………」
マーガレット夫人の雫のように綺麗な瞳は捉えて離さないかのように、アグルナムの顔を見つめている。
年齢不相応な若々しい美人の強い視線に気恥ずかしくなったアグルナムは、視線を落として再び牢屋の外へと身体を向き直した。
「……頼りになりそうな殿方ね、迷惑をかけますがよろしくお願いしますわね」
「それでは奥様、私の身体をお使いください。急ぎここを脱出しましょう……」
右脚の代わりとなるように、ルピナスは自身の左半身で夫人を支える。
アグルナムは周りに魔物の気配が無いことを確認し、二人の速度に合わせるように広場の出口へと先導する。
牢獄広場から脱出した三人の地上へと至る階段までの道中、長い沈黙を良しとしなかった夫人が口を開く。
「本当に生きていてくれて良かったわルピナス……貴女に何かあったらって思うとずっと気が気で無くて……」
「こちらこそ……奥様に危険がせまっていたらと思うと避難先でもずっと不安が拭えなくて……何があっても助けようってアイレーまで戻って来たんです。ここまで来れたのはアグさんとお仲間の方達のお陰です……」
「……ねぇアグルナムさん」
「はい!?」
呼ばれると想定していなかったアグルナムは取り乱した間抜けな声で思わず返事した。
「ザム村の赤髪の青年……なんでしょう?」
「ッ!!」
「?」
(そうか……辺境伯の奥方で魔術士となれば実質公国軍人……こんな辺境の地にまでもう情報が知れ渡っているのか)
公国に濡れ衣の指名手配を受けている身であるアグルナムは酷く動揺し、何の話か見えてこないルピナスは不思議そうな顔を浮かべる。
「そう……ですけど、村の件は俺の仕業じゃなくて……」
「ええ、理解しているわ」
「え……」
「目を見ればわかる……貴方はあんなことをするような人じゃない。肝心の犯行現場が映されていないあんな映像だけで、貴方がやったと断定する国の判断にずっと疑問を抱いていたわ」
「お知り合い……なのですか?」
「軍に指名手配を受けている子なの、濡れ衣の罪でね。果てには西の国の刺客として扱われ戦争の口実として利用されてしまっている……」
「戦争ですか……!?」
物騒な言葉にルピナスが激しく動揺するのとは対称に、アグルナムは仲間以外で初めて理解を示してくれた人と出会えたことに安堵して夫人の言葉に耳を傾けていた。
「大公が変わったここ一年で公国は不穏の影に呑まれてしまったわ……今回の事件にだって公国が関わっている……」
(なんだって……!?)
「そしてそれは私にも責任がある……悪魔を産み育ててしまった私には……」
「奥様……?」
「ルピナス……貴女にもずっと懺悔したかった。私の過去……私の罪を」
夫人の悲壮の覚悟を乗せた声色に、気圧されるばかりの二人は息を飲んで夫人の懺悔を聞き入れる。
「私達にはかつて息子がいたの、ちょうど27年前に産んだ子ね。貴女には子供ができない身体だって嘘をついていたけど……」
「そうだったのですか……」
「自慢したいくらい聡明な子だった……2歳の頃にははきはき喋れて、3歳の頃には魔術学書を参考に魔術を習得していた……5歳の頃には高位魔術を習得して魔術士の資格を得たわ。全部独学でね」
(天才ってやつか……)
「そんな聡明な子にも一つだけ致命的な悪癖があった……生き物で魔術の試し打ちや悪趣味な実験を行う悪癖……最初はカエル、次にうさぎ、犬や猫……何度しかりつけて悟してもこの悪癖が改善されることは無かった……5歳の我が子に『新しい魔術を開発して歴史に名を残すために犠牲が出ることは仕方が無い』と反論された時にはショックが大きかったわ……」
「「…………」」
「ついには人にまでその悪癖を広げてしまった……幸い犠牲になった子は軽傷で済んだけど、幼いながら目的のために手段を選ばない善悪への無頓着さに私は恐怖した……育て方を間違えてしまったからこうなってしまったのかって……私はその日から付きっきりで道徳を教え込んだ……屋敷内から出さないようにしてね」
ルピナスの衣服を掴む夫人の手指に力が入る。
「部屋にいる息子に食事を作っている間に息子はどこかへと消えてしまったわ……監視させていたメイドを殺害して窓から逃げてね……何日も探したけれど見つからなかった……私は……自分の子がこんなにも恐ろしい子に育ってしまったことが怖かった……本当は二人目の子を産むつもりだったけど、私のお腹からまた恐ろしい子を産んでしまうかもしれないと断念してしまった……」
「そんなことが……」
「子供を見るとトラウマが蘇って外に出ることも怖くなった……そんな日々の中であの大雨の日、夫が弱りきった貴女を抱えて来た時は本当に驚いた……」
ルピナスと夫人は昔を懐かしむように目を細める。
「消えそうな命を前にしたらトラウマ以上に、助かって欲しい気持ちが強くなって必死に看病したわね……峠を超えた時には全身の力が抜けちゃったわ」
「奥様と旦那様に助けられたから今の私があります、感謝してもしきれません……」
「私は貴女に感謝されるよう人間じゃない……記憶がほとんど無い赤子同然だった貴女を見ている内に、私のお腹から産まれた子じゃなければ、しっかり育てれば良い子に育つんじゃないかって考えが浮かんで……私は貴方の本当の両親を探すこともなく、邪な気持ちで息子の代わりに貴女を育ててきた……そんな人間だから息子もあんなふうに……」
勇気を振り絞って懺悔を告げた夫人の身体が強く震えだす。
「……私が奥様から頂いた名の"ルピナス"は、西の国に咲くお花の名前で花言葉は"いつも幸福"……お花を愛する奥様ですからきっと、それを理解した上で名付けてくれたのだと思います」
ルピナスは慈しみが含まれた声色で夫人へと語りかける。
「ご多忙の中でも私をいつも気にかけてくれて、私が仕事や学問、魔術を覚えた時には自分のことのように喜んでくれる……そんな毎日が私にとっては何よりも大切で、幸せなことでした。きっかけはどうでも、奥様に愛する気持ちがあったからこそ今の私があるんだと思います……だから……お気に病まないでください奥様。お二方と過ごせる日々が私にとって一番の幸福なのですから」
ルピナスの語りに口を抑えて夫人が涙ぐむ。
関係の無い、前を歩くアグルナムもしんみりとした気持ちを抑えられずにいた。
「私も幸せよルピナス……良い子に育ってくれて……!」
(良い子だなぁ……)
「貴女にはもっと幸せになってもらわないとね……ねぇアグルナムさん」
「そうですね……」
「この子お嫁に貰ってみない?」
「へぇぇッ!?」
「なッ……奥様何を……!?」
唐突な夫人の提案の内容にルピナスは顔を赤く染めあげる。
「だってこのお方、夫に似て優しい瞳を有しているんですもの。あんな澄んだ瞳を有する人は誠実で素敵な人に間違いないから、一緒になれば幸せ確実よ?」
「わ、私は奥様方の下で働くのが一番なんですっ! 結婚なんて考えてませんっ!」
「いいえルピナス! 心を許せる素敵な人と共に過ごす日々は何物にも代えがたいものよ。使用人の仕事だって花嫁修業でやらせているようなものだし、良い機会だから身を固めちゃいなさい。もう二十歳なんだし」
「あ、アグさんにも都合がありますから……! それに出会ってまだ日が浅いですし……ですよねアグさん!」
「えっあぁ……はい……俺なんかには勿体ないと言いますか……きっとルピナスさんはもっと素敵な人に出会えると思います、美人で良い人ですし」
「あ……アグさん……」
「満更でも無さそうじゃないルピナス? これは是が非でもくっつけたくなるわ……」
「もー……おやめください奥様!」
悲壮な雰囲気はどこへやら、結婚談義へとそれ続ける話題を修正しようとアグルナムは慌ただしく話に割り込む。
「あーその、話を戻しますが奥様は何故息子さんの話を?」
「……今回の事件の首謀者が私の息子なの」
「え……!?」
「どんな手段かはわからないけど、魔物化した人々を統制して屋敷に奇襲を仕掛けてきた男によって屋敷の人間はこの地下へ拉致されてしまったの。最初はわからなかったけど、会話の内容であの男は20年前に姿を消した私の息子だって確信したわ……」
「そんな……自分が生まれ育った故郷と産みの親になんてことを……」
「幼い頃に消し去ることができなかった異常性が増幅して、街に牙を剥いてしまった……これは間違いなく私の罪よ。私は親として、辺境領主の妻として責任を取らなければいけない……刺し違えてでも……」
「駄目です奥様……今はまず身の安全を確保しましょう」
「ということは……辺境伯と屋敷で働いている人達もこの地下にいるということです?」
「ええ……恐らく兵舎の方に、何故私だけ牢屋に隔離したかはわからないけど……」
(嫌な予感がする……)
「アグさん……奥様を安全な場所に移したら他の皆様方も……」
「ああ……もうすぐで出口だから、街を脱出したらルピナスさんは奥様を連れて…………なッ!!?」
兵舎と広場へ分かれる交差点の角へとたどり着いたアグルナム。
その死角に潜んだ恐怖の存在に、致命的にも彼は勘付くことができずに対応が遅れてしまう。
大仰な鎧を着込んだ大型の魔物の一撃を腹部にまともに喰らってしまった。
「ガッッ!?」
「アグさんッ!?」
強烈な一撃に吹き飛ばされ、破壊されるほどの勢いで壁に叩きつけられたアグルナムはうつ伏せの体勢でダウンしてしまった。
「いけませんねぇ母上……許可も無く外に出ようとして」
「エーデル……!!」
(この方が……奥様の……!)
魔物の影から姿を現した美形の男は不気味な笑顔を浮かべている。
まともな戦力が不意討ちで削がれたアグルナム一行は絶対絶命な状況に陥ってしまった。




