第27話・勇気の理由
一方その頃、屋敷へと向かったルピナスを追走するアグルナムは対象の姿を視界へ捉えることに成功する。
ルピナスは屋敷の正門扉へと手をかけて入っていく最中であった。
「見つけた……! あれが辺境伯の屋敷なんだな」
屋敷へと入っていくルピナスを確認したアグルナムは、見失う前に急ぎ正門へと駆け出し扉の前に立つ。
「こんな格式高い建物に入るのは緊張するぜ……」
片田舎の木製の家屋暮らしで質素に暮らしてきたアグルナムは、自身の人生には縁遠い屋敷の荘厳さに気圧されながらも扉へと手をかける。
「きゃあああ!!」
「!?」
手をかけたのと同時に屋敷内からルピナスの叫び声が響き、ただ事ではないとアグルナムは乱暴気味に扉を開け放って屋敷へと侵入する。
「あれはッ!?」
『ジャアァァッ!!』
入るや否や広い廊下の周りを確認したアグルナムは、体勢を崩し尻もちを着くルピナスと公国軍の制服に身を包んだ魔物を発見する。
無防備なルピナスに対し、魔物は歪に変形した右腕を振りかざす。
「間に合うッ!!」
アグルナムはかつて瞬時に自身の背後を取ったアストラに習い、両足にマガルを集中させてルピナスの元へと高速で駆け出した。
「ッ!! ――――――え?」
『ギ……!!』
「上ッ等……!」
ギリギリのタイミングで身体を入れ込んだことでルピナスは凶腕の被害から逃れたが、無理な体勢で防御を行ったがためにアグルナムの右腕と額から流血が発生する。
「貴方は……」
「ぬぅあッ!!」
『ギッ!?』
全身にマガルを巡らせて力を解放したアグルナムは、両膝が崩れた体勢から魔物の腕を弾きつつ立ち上がる。
『シャアァァッ!!』
向かい合った両者の沈黙が長引くことはなく、魔物から凶腕の突きが放たれる。
素早い突きであったが全身を巡るマガルによって反応が向上したアグルナムは余裕を持って回避し、その勢いを利用して背負い投げ、衝撃により身動きが取れない内にデジョングローブから召喚した斧によって首を切断し勝利を掴み取る。
「ふうっ……嫌になるくらい手慣れちまったもんだ……」
「……」
「怪我、してない?」
「あ……私は大丈夫ですけど貴方が……」
「こんなの大した事ないって、自然に治る範囲の切り傷さ」
「駄目ですッ! ばい菌が入って悪化することもあるんですから……そこに座ってください、治しますから」
「あ、はい……」
アグルナムは勢いに圧されすごすごと廊下の壁に背を預け座り込む。
ルピナスは出血量の多い額へと手をかざし、治癒魔術"愛女神の抱擁"を発動する。
「うおぉぉ……痒いぃ……」
「我慢してください……」
自然治癒の速度が早められた傷口から強い痒みを感じたアグルナムの顔が、仮に顔の作りを基準とした異性的な好意を持つ人物が見ようものなら一瞬で幻滅するほどに歪む。
痒みと幻滅の対価として得られた治癒は常識外の速度で行われ、ものの20秒で額の傷口は完全に閉口した。
(すげぇなぁ治癒魔術……こんな早く治るんだ)
「右手も治しますね」
(柔い指だな……)
慈しむように柔らかい両手で包まれた右手に、アグルナムは母性的な温もりを感じ取り心を穏やかにし、目を細める。
「ありがとうございます……何度も助けて頂いて。見捨てられても仕方ない我儘で飛び出した私などのために一人でこんなところまで……」
「おせっかいな質なんだ。まぁ一人で飛び出した時は驚いたけど……」
「すみません……本当に」
「そう気に病まない。でも何でそこまでして辺境伯と夫人を助けたいんだ? 使用人と主人の関係ってだけで助かったはずの命を張るって中々の勇気だと思うけど」
「…………」
右手の傷口の閉口も完了し、静かに立ち上がるルピナスは憂いを帯びた表情で口を開く。
「身の上話になりますが……私、幼い頃の記憶が無いんです。生まれの土地も両親も知らない私が物心ついた時に見ていた景色が大雨の日の国境門でした」
「……」
「空腹と怪我で動けずに死を待つだけの私を保護してくれたのがメルーダ辺境伯……旦那様でした。死にかけだった私を奥様が付きっきりで看病してくださって……助けて頂いた後も何も知らず、何も持たない私のためにお二人は様々なものを与えてくれました。住む場所……温かいご飯……勉学……お仕事……魔術……ルピナスという名も奥様が与えてくださったものです」
「ルピナスさんにとって……二人は両親に等しい存在ということ?」
「そう……ですね……使用人としておこがましい考えかもしれませんが、命をかけてでもお二人を助け出したい理由としてはしっくり来ます……貴方はきっと私が無茶をしないようにここまで来てくださったのでしょうが……お二方を救助するまでは帰るつもりはありません。ご厚意を無下にする無礼をお許しください」
「そう……じゃあ一緒に助けに行こうか」
「え……?」
「連れ戻すつもりで追いかけて来たけど、はっきりした勇気の理由を聞いたからには邪魔したくないし……でも一人にしたらまず死ぬだろうからそれも忍びないし……一緒に行動した方が良いかなって」
「でも……貴方には他に戦う理由が……仲間の方も……」
「マスターがいるから街の方は大丈夫さ、あの人俺より断然強いし。ああ見えて人知れず世界を救ったっていう勇者の仲間なんだぜ」
「勇者……ですか?」
「そうそう、しかも俺はその勇者の息子なんだ。世界を救った勇者の息子が一緒にいるって頼りになるだろ?」
「なんですかそれ……ふふっ」
「あ、信じてない? 本当なんだって、熊を素手で殴り飛ばすような人なの俺の親父。そんな人に育てられたから俺まで熊と喧嘩できるようになってさ……そのお陰で魔物とも戦えるからボディガードには最適だぜ?」
「ふふふ……頼りになりますね」
「そうそう頼りになるの俺、だから今みたいに明るく笑顔で助けに行こうぜ。希望を持って進めば良い結果がついてくるさ」
「……はい、何度もお世話になりますが……よろしくお願いしますね。アグニィさん」
「アグニィ……?…………ああ! 違うんだ、アグルナムっていうんだ俺の名前」
「え、そうなんです?」
「名乗ってなかったし、リュクがそう呼んでいたから勘違いしてもしょうがないよな……覚えにくい名前だろうしアグで良いよ。昔からそう呼ばれているし」
「はい……よろしくお願いしますねアグさん」
アグルナムの励ましにより陰鬱さが緩和されたルピナスは、広い屋敷の中を先導し心当たりのある場所を手当たり次第に探索してゆく。
幸いにも魔物と遭遇することなく屋敷中を周ることができたが、肝心の辺境伯と夫人の姿どころか屋敷内で働く者達の姿も見当たらず、死体が一つも無い不自然な屋敷の内情に二人は強い違和感を覚えた。
「おかしいです……屋敷を守っていた軍の方が魔物化していたからにはどこかで交戦の跡があってもおかしくないのに……」
「ルピナスさんは屋敷にいたんじゃ無いの?」
「事件が起きた時はまかない用の食料の買い出しに行っていたんです……だから屋敷で何が起きたかはわからなくて……もしかしたらすでにみんな魔物になって……」
「希望を持とう、生存者をまとめてどこかに避難した可能性だってある」
「避難……そうだ地下……!」
「地下?」
「捕虜や犯罪者を捕らえるための地下牢を作るため、四国友好以前の時代にこの街で地下開拓が行われたんです。警察組織が確立された今ではほとんど使われない物置状態ですが……緊急避難先としては十分に機能する広さなので可能性はあります……!」
「行く価値有りだな……!」
「屋敷から地下に通じる道があります、こちらです!」
理由も無しに通ることは無いであろう一際長い廊下を進んだ先には古めかしい扉が佇んでおり、きしむ扉を開けた先には暗がりを帯びた地下へと続く階段が存在した。
「こちら携帯式ランプです、脚を踏み外さないように気をつけてください」
「ああ……魔物が出たら危ないし、ここからは俺が前に行くよ」
アグルナムを先頭に、二人は小さな灯りを頼りに地下へと降りて行く。
「……!?」
「アグさん……? どうしました?」
「尋常じゃない量のマガルが身体に入って来る……マガルの濃さが街の比じゃない……!」
「……! 何故地下にこれほど異常なマガルが……」
(これもヤムの仕業なのか? どんな理由で誰も来そうにない地下をこんな状態に……? 絶対にヤバい場所なのに、身体がこの先に進めって訴えかけてきやがる……)
「アグさん……」
「こんなヤバい場所に逃げ込むとは思えないけど……何でかこの先に行くべきだって俺の勘が言ってるんだ……勇者の勘ってやつが俺にも備わってきたのかな」
「私も退くつもりはありません……」
「上等……蛇が出るか魔物が出るか……」
マガルの流れに一層気をつけながら、乾いた靴の音をコツコツと響かせて二人は階段を降りきり、人一人が通れるほどの入口を抜けた先には牢屋が並ぶ薄気味悪い光景が広がっていた。
「お化けでも出そうな雰囲気だな」
「やめてくださいよ……」
「お化け苦手?」
「そういうわけでは……!」
カサッ
「ひッ!?」
「ネズミか……魔物化はしてないみたいだな」
「……ふぅ」
「やっぱり苦手なんだ」
「――ッ! からかわないでください……!」
「お化けが出ようが魔物が出ようがしっかり守るから安心してくれ」
「もう……」
緊張を解すための軽口が幸いし、雰囲気に呑まれることなく二人は奥へ奥へと進んでゆく。
しばらく進んでゆくと左右に道が分かれた地点へと到達し、アグルナムはどちらに進むべきか知識を持つルピナスへと質問を投げかける。
「分かれ道か……どっちに進むべきかな? ルピナスさん」
「確か左には看守用の部屋があって……右には大規模な投獄広場があったはずです。看守部屋はそこまで広い場所では無い上に、物置化していて人が集まるには不向きな場所なので避難しているとしたら右の広場かも……」
「よし……右に進むか」
ルピナスの進言を素直に聞き入れてアグルナムは右側の通路を先導して行く。
魔物にも人にも接触することなく、ネズミの鳴き声が響く通路を抜けた先には鍵の壊れた大扉が存在感をこれでもかと示していた。
アグルナムは慎重に大扉を開くと、有に100人以上は収容できるであろう牢屋が併設された大広間が視界いっぱいに広がった。
「……いねぇな」
「……看守部屋の方にもいなかったら……どうしよう……」
今にも泣き出しそうな声色で悲観するルピナスをどうにか慰めようと、アグルナムは励ましの言葉を絞り出す。
「悲観しちゃ駄目だって! 最悪いなかったとしても他の場所に避難した可能性だってあるんだし……今はとにかく希望を持って……」
ゴホ……
「「 !! 」」
微かながらも確かな人の咳込みを聞いた二人は跳ねるように大広間へと向き直り、希望となりうる存在に歓喜と焦燥を混ぜた感情を抱きながら慌ただしく広場へと戻って行った。




