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チェインブレイブ  作者: 南無三
勇者の決意
24/31

第24話・不可解な統制

 魔物が蔓延るアイレーへと急ぐ道中、アグルナムは駆け抜けながらもアストラへと質問を投げかける。


「なぁマスター、事前に確認しておきたいことがあるんだけどさ……」

「なんだ?」

「魔物化した人達は……どう対処したほうが良い?」

「殺生だな」

「…………」


 冷たい答えが返ってくることを覚悟していたアグルナムであったが、いざそれを投げかけられると憂鬱な気持ちで一杯となってしまい思わず視線を地へと移してしまった。


「魔物化した生命を元に戻すことはできねぇ……魔物化した時点で意識も肉体もマガルに支配されちまうからな」

「生き残った民らが憔悴仕切ってしまうのも無理は無いことにござる。親しき者が魔物と化した絶望は計り知れない……」

「他の生命に巣食うマガルを食らうだけの怪物になっちまった者に与えられる救いは死だけだ……覚悟はできているかアグ?」

「ああ……何となくそんな気はしていたからな……」


 重い現実に心を痛めた悲しみを浮かべながらも、力強い眼差しから輝きを失うことなくこれからの激闘を見据えた。

 後ろ目に若輩ながらも頼もしい雰囲気をアグルナムから感じ取ったサジンは首巻きに隠された口角を僅かに上げて感慨に耽っていた。


「戦いを見据えた雄々しき目つきに、父君であるデアン殿を感じずにはいられぬでござるな」

「そうか? あいつに比べたらまだまだヒヨッコだぜこいつぁ」

「ヒヨッコて……まぁ親父の域には達しちゃいないのは自覚しているけどさ。サジンさんは親父とどういう関係にあるので?」

「拙者の故郷はヒイズリの西方にある小さな村落なのだが二十年前に交流のあった近場の村落諸共、冬場を乗り切るために備蓄した食糧が消失した事件が起こり、食糧を巡ってあわや奪い合いが起きようとする寸前でござった」

「ヤムの一味が村落同士を争わせるために仕掛けたものだったな」

「ええ……そこにヤム討伐を目的とする傍ら、一味によって激化する人々のわだかまりを収める旅の道中であったデアン殿とマスター殿が仲裁に入るだけでなく、失われた食糧を補填するため狩りを行ったり、街へ出向いて食糧を仕入れてくれることで村落同士の争いを未然に防いでくれたのでござる」

「そんなことが……」

「拳一つで熊や猪を屠ったデアン殿の勇姿が忘れられなくてな……今でも憧れの存在でござる」

「若い頃からそんな無茶してたんだな親父……」

「あいつぁ何もかもが規格外だったからな、そのせいで苦労したもんだぜ」

「満更でもないのでござろう? 貴殿を本名で呼ぶことを唯一許している存在なのですから」

「何度注意してもマスターと呼ぶ気がねぇ頓痴気だから仕方なく許容しているだけだ」

「ははは、そういうことにしておこう」


 顔をしかめるマスターとは対象的に、若い日の父親の話を聞いて誇らしさと可笑しさが込み上げたアグルナムは小さく笑みを浮かべる。


「それよりアグ……そいつの使い方はしっかり覚えているだろうな?」


 マスターはアグルナムの右手の手袋を指し示す。


「ああ、デジョングローブだっけ? 大丈夫だって毎日出し入れしてるんだから」

「なら斧を今出してみろ」

「心配性だな……」

「俺の講義を忘れた前科があるからな」

「はいはい……」


 アグルナムは左手を半開きにし、手首部分に埋め込まれた鉱石へマガルを集中させると手の平を中心に棒状のマガルが形成されていき、それは徐々にアグルナムが所有する父デアンの斧の形へと変化してゆく。

 白色が薄れゆく斧状のマガルが、遂には重量感を伴った斧へと完全に変化し柄部分をしっかりと握りしめアストラへと誇示した。


「ほらな、ちゃんとできたろ?」

「展開が遅いな」


 自身へ向けた視線を外し、そっけなく駄目だしを行ったアストラに対し、アグルナムは拗ねたように口を尖らせる。


「厳しいな……事前に出しておけばそれで良いだろ?」

「デジョングローブに獲物を隠す利は、敵に獲物を悟らせないことと咄嗟に繰り出すことでの奇襲にある。拳を振るうと見せかけて斧を展開し薙ぎ払ったり、獲物が無いと思わせて中距離からの投擲を行ったりな。お前さんの展開速度では奇襲には使えんな」

「何か卑怯じゃないかそれ?」

「命のやり取りにフェアプレー精神を持ち出す方が侮辱というものだ、使えるものは何でも使え」

「なんだかなぁ……」

「ヤムの一味と対峙したら嫌でも理解させられるさ……目的地はもうすぐだ」


 遠目に建物群が見え始め、一行は舗装された道を気持ち一段速めた脚で駆け抜けて行く。

 邪魔立てが入ることもなく街の目の前まで一行は辿り着いた。


「ここだな……大きな街の昼間だってのに静かすぎて不気味だぜ」

「……」


 右手で頭頂部を抑えて思案に耽るアストラの雰囲気にただならぬものをアグルナムは感じ取った。


「……? 何か気になることでもあるのかマスター?」

「空間マガル濃度が生体維持の安全基準値から逸脱していやがる……駐在の魔術士が仕事してりゃすぐに気づくはずだが……」

「空間マガル濃度?」

「マガルは生体だけでなく大気中にも含有されている。大気に含まれるマガルの濃度が濃いと呼吸するだけで多量にマガルを取り込んで魔物化するリスクが生じる」

「おっかねぇな……」

「通常は20ミラム未満の濃度であれば魔物化のリスクはほぼ生じねぇし、特別な環境じゃなければ大気に含まれるマガルなんざ1ミラムにも満たねぇ。だがアイレーのマガル濃度は60ミラムを超過していやがる……これでは普段マガルに触れない市民の多くは魔物化しちまうし、異常に気づけ無い者では多少マガルを操作できてもいつの間にか魔物化しちまうだろう」

「自然に出来上がった異常環境下でも良くて25ミラム……人為的に多量のマガルを大気に霧散しなければ60ミラムなどという異常な濃度にはなりえないでござる」

「くだらねえことをしやがる……」

「大丈夫なのか……? そんな場所に入っていって」

「常に自身の体内を巡るマガルの量に気を張っておけ。取り込まれたマガルを同じ分量で体外へ排出すれば蓄積されることなく魔物化のリスクを回避できる」

「了解……」


 魔物とヤムの部下との戦闘に加え魔物化の危険性も孕んだ狂気に染まる街を前に冷や汗を浮かべながらも、アグルナムは覚悟を固めて門の境界を一歩踏みしめた。


(意識しないと何にも感じないけど、身体の中のマガルに集中したら理解できる……確かに空気を伝って俺の身体にマガルが入りこんで来ている)


 取り込まれぬようアグルナムは全身からマガルを排出し、それを確認したアストラは上出来だと言わんばかりに親指を立て、狂気の街を先導した。


――――――――――


「…………」

「ひでぇな……」


 魔物によって肉体を赤く染められた血塗れの死体が辺りに散乱する光景にアグルナムは思わず息を飲む。


「あれだけいた魔物がどこにも見当たらぬ……もしやもう街の外へと放たれてしまったのか……?」

「獲物がいなければ魔物同士でも共食いを行うからな……大半の魔物はそれで消えた可能性もある。だが共食いに生き残った個体はマガルを多量に取り込んで相当な強さになるから油断はならねぇ」


 更に奥へと進んでいった一行は街の中心に近い広場の前で立ち止まった。


「……この異常なマガルの産出源の位置がわかったぜ。一際濃いマガルがあの高い建物からダダ漏れていやがる」

「あれは旧劇場でござるな。今は買い手がつかない空き物件なはずだが……」

「隠れ場にはうってつけだな」

「よし……! 行こうぜマスター」

「……! 待てアグ……」

「?」

「5……いや6だな……囲まれている……来るぞッ!!」

「……!」


 家屋の隙間や屋根上から急襲を仕掛ける敵影に回避行動で三人は対応する。


 結果的に魔物が2体ずつ向かい合う形で三人は分断されてしまい、数の不利を抱えてしまった現状への焦りと、不自然に肉体が盛り上がった異形ではあるものの人の面影を残す目の前の敵に精神的な苦痛を覚えたアグルナムは多量の冷や汗を流し、顔を歪ませた。


「くそッ……! 本当に人が……!」

「数の不利、先手を譲る不覚……マズイでござるな……」

(妙だな……こいつら)


 目の前で殺意を放つ魔物に強い違和感を覚えたアストラであったが、思慮に耽る暇を与えることなく魔物は2体掛かりでアグルナム達へと襲いかかる。


(速くて……つえぇ!)


 斧を片手に応戦するアグルナムであったが、想定外のスピードに翻弄されつつ、人力を超えたパワーを二手に浴びせられ続け防戦一方となってしまう。


「ぬぅんッ!!」

『ッッ!?』

「サジンさん……!」


 サジンは身軽な身体を翻しながら距離を離すよう回避行動に徹し、十分に味方から離れた状況を作り出すとマガルを両脚へと集中させ疾風の如く速度で駆け出し、アグルナムを襲う魔物の一体へと奇襲の飛び蹴りを見舞い救出する。

 共に攻撃を行っていた片割れの魔物は想定外の助力に驚愕したかのように、サジンへと視線を移して硬直する。


(好機ッ……!)

『ゲッ…………!?』


 連携を乱され動きが緩慢化した片割れの首を斧で薙ぎ払い、跳ね飛ばされた首は宙を舞い、飛び蹴りを浴びせられて倒れた魔物の後頭部へと直撃した事で互いの頭が破壊され生命活動を停止した。


「助かりましたサジンさん」

「次が来るでござるアグルナム殿、片方は任せて良いか?」

「上等……!」


 サジンの疾さに取り残された魔物達が二人へと迫りくるが、危機を乗り越えたアグルナムに慢心は無く、動揺で動きを鈍らせていた醜態が嘘であったかのように冷静さを取り戻して魔物の懐へと潜り込む。


「ふんッ!!」

「破ッ!!」

『『ギィィィッ!!?』』


 二人は高速で駆け抜けたすれ違いざまに、隠し刃と斧の一太刀によって2体の魔物は胴体を切断され、分かたれた半身は暫し抵抗するかのように慌ただしく身体を震わせたがやがてその動きを止め、肉体はマガルに溶けて宙に霧散した。


「マスターは……!?」

「心配ござらん」

『ギィアァァ!?』

「うおっ!?」

「わりぃなアグ」

『ガッ…………』


 アグルナムの足元へと魔物が吹き飛ばされ、その原因を作り上げたアストラは追い打ちと言わんばかりに指先から鋭く、小さな光弾を放ち魔物の脳天を貫く。

 

アストラの側には事切れて既に霧散した魔物の姿が確認でき、一人で2体掛かりの魔物を傷一つ負うことなく討伐した腕前にアグルナムは感心し込み上がる唾を飲み込んだ。


「やっぱりすげぇなマスター……」

「老いたもんだぜ。こんだけ時間をかけた挙げ句、吹き飛ばし先の調整一つままならねぇとは……」

「これで老いたってか……?」


「それよりもあの魔物……明らかに異常だったな」

「そうだな……人があんな姿になるなんて」

「そうじゃねぇ、さっきも言ったが魔物なんてのは共食いすら厭わないほどの暴食で、本来協調性なんてものは皆無な存在だってのに待ち伏せに加え連携までしてきやがった。そんなことはありえねぇはずなのに……」

「ヤム一派の仕業なのだろうか?」

「いくら奴らでも魔物を統べる力なんざ持ち合わせちゃいなかったはずだが……可能だとすれば末恐ろしい事態だな……」


(……ッ!! 殺気!)


 背後から強い殺気を感じ取ったアグルナムは振り返ったが、既に制空圏へと背丈の低い魔物の侵入を許してしまっており、変形した凶腕が自身の頭部へと振り下ろされる直前であった。


(間に合わ――――)


 防御が間に合わない速度で振り下ろされる凶腕に、アグルナムは致命的な一撃を覚悟する瞬間もなく受け入れざるを得ないかと思われた瞬間であった。


『ギギィィィッ!?』

「「「!?」」」


 魔物の全身に電撃がひた走り振り下ろされようとする腕は頭部の一歩手前で動きを止める。

 叫びによって接近に気づいたアストラとサジンは素早く振り返ったものの、激しい感電に包まれる様子に呆けたような表情を浮かべて硬直する。


「……! しッ!!」

『ッッ!!』

 

 共に呆けていたアグルナムであったが、千載一遇の好機であることに気付き手にした斧で首を跳ねて生命を停止させる。

 霧散した魔物の向かい側には自身を救った者達の姿があった。


「イザナとリュクに……さっきのメイドさん……!?」

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