第23話・辺境動乱
「サジンでござるマスター殿……」
「ああ……あんたまでこんな場所に来ていたのか」
「アイレーの事件に巻き込まれてしまい、人々の逃走に助力した次第」
「事件か……いったいアイレーで何があったというんだ? これだけの人数が避難しなければならないほどのことが起こったのか?」
「ええ……常識では考えられない事態が起こり申した」
サジンと名乗る男とアストラが話し込む姿を横目で見ていたアグルナムは、興味を惹かれ二人へ近づいて行く。
「なぁマスター……知り合いの方?」
「ん?ああ……協力者がいるって言っただろう? それがこのムナカタ サジンさんだ」
「どうも……そなたはデアン殿の御子息でござるな?」
「あ……はい、アグルナムと申しますでござる」
「語尾がつられてんぞ」
「つい……」
「ふふふ……デアン殿も昔つられておりましたな、親子とは似るもので」
「まぁこいつの話は置いておいて……アイレーで何が起こったか詳しく聞かせてくれ」
「ええ……手短に言えばアイレーで大量に魔物が発生致し申した」
「魔物が……!?」
「そいつぁ確かに大事件だな」
「ええ……そしてその魔物の素体に大きな問題があるでござる」
「素体?」
サジンは少し顔を落として思いに耽るように間を置いてから口を開く。
「……アイレーに住まう人々が一斉に魔物へと変異したのでござる」
「何だと……!?」
「……!? あり得るのかそんなこと……」
「まずありえねぇな……人が魔物化するなんてのは魔導の制御不足や、何らかの原因で宙に霧散した大量のマガルを体内に取り込んじまって人を保てる許容量を超過して発生することが大半だ。アイレーのエネルギー事情はマガルに依存しちゃいないはずだから、工業用のマガル漏れによる事故というのは考えにくいな……」
「ええ……現場にいた身としてそのような事故は発生していなかったと断言できるでござる……」
「一斉に人々が魔導に目覚めたなんて可能性は更に非現実的……と、なると人為的に引き起こされた現象で間違いねぇ……そんな凶行を行うとすりゃあ……」
「ヤム……と見て間違いないでござるな」
「ヤム……!」
自身が追われる身となった原因であろうヤムの名を聞いたアグルナムは空気をピリつかせ、非人道的な凶行を平気で行える存在なのだと改めて実感したその表情は驚嘆と怒りを混ぜ合わせたような険しいものと化す。
「派手に動き始めやがったなヤムの野郎……」
「マスター……急ぐべき旅なのは理解しちゃいるけど、そんな事態を黙って見過ごせねぇよ」
「当然だ、放っておいたらパティフル全域どころか公国や隣国のヒイズリにまで被害が広がりかねねぇからな」
「なら……」
「ああ……俺とアグ、そしてサジンさんの三人でアイレーに向かい魔物化の原因を探って対処する。恐らくはヤム本人かその部下が何らかの手段を用いて引き起こしているだろうから戦闘は避けられねぇ、怖気づくなよ」
「問題ねぇよ、マガル操作も身に着けたしな」
右手にマガルを集束させて痛みを覚えるほどの力で拳を握りしめ戦いへの覚悟を固める。
アグルナムは険しくなった表情を緩めて休息するリュク等の元へと歩み寄る。
「リュク、俺とマスターはこれからアイレーに出向く」
「やっぱりアイレーで何かあったの?」
「街にいる人達が魔物化したらしい……その原因がヤムの可能性も高いって……」
「……!!」
「お前とイザナはここに残って待っていてくれ」
「そんな……僕も戦うよ! せっかくマガルを上手く使えるようになったのに……」
「私も戦える……子供だと侮られると傷付く」
「危険なんだよ、頼むからわかって……」
「私も……私も連れて行ってください!」
「!?」
突如ルピナスが立ち上がり、過酷な戦いへの同行を志願する。
想定外な人物による想定外な願いを突きつけられたアグルナムは面を食らってしまい、引き攣った表情を浮かべて冷や汗をかいた。
「アイレーには奥様と旦那様が取り残されているんです……軍の方々も魔物化しているような危険な場所では実力者であるお二人でも……だから助けに行かなければ……!」
「お、落ち着けって……」
「落ち着いていられませんッ!! お願いします旅人さん、どうか私も……!」
「僕も行くよ!!」
「私も」
「駄目だ」
「マスター……」
たじろぐアグルナムを見かねてくぐもった低い声で願いを拒絶するアストラに、志願者三人は目線を移して抗議を行う。
「そんな……お願いします! 迷惑はかけません、戦うための魔術も扱えますし戦闘の心得だってあります!」
「僕だってマスターに教えて貰ったあれがあれば戦えるよ!」
「そうだそうだ」
「これから赴くのはただひたすら命を狙う魔物が跋扈する戦場だ、そんな場所に戦闘技能が未知数かつ私情を持ち込みかねないお嬢さんを連れてはいけねぇ。 何より……顔見知りが魔物化していた場合に心を乱さずにいられるか?」
「ッ……!」
「それにリュク、あれを教えてやったとはいえお前さんのは出力が足りちゃいない、さらに身体能力に劣るお前さんを連れて行くことは機動力の低下に繋がる、アグがお前さんに気をつかっちまう絵が見えるぜ」
「むぅ……」
「そしてイザナ……確かに魔導を扱えるお前さんは戦力になるが、ありゃ燃費が悪くて長期戦になった場合にお荷物になりかねねぇ。それに魔物化現象が発生する場所では、魔導を主力にするお前さんには魔物化のリスクがつきまとうんでな」
「ぬぅ」
「何よりもお前さんらをヤムとの戦いに巻き込むつもりはねぇ、安全な場所へ連れて行くまでの付き合いだ」
「俺も同じ意見だ……」
「…………」
「……リュク達は俺達が戻って来るまでここでみんなを守っていてくれよ。その魔物がここに来ないとも限らないからな」
「……わかった」
「頼りにしているぜ」
笑顔を浮かべながら目線を合わせてリュクを嗜めたアグルナムは、すくっと立ち上がると覚悟を決めた表情へと改める。
「よし、行こうマスター」
「ああ」
「待ってください……! どうかお願いします、お荷物になりそうなら見捨てて頂いても構いません……私も同行を……!」
ついには目に涙を浮かべたルピナスは祈るように両手を重ねて執拗に懇願を行う。
哀れみを覚えて悲しげな顔を浮かべるアグルナム、リュク、イザナとは対象的に呆れたような溜息をアストラは吐き出した。
「生存者の救出は最優先にするさ、辺境伯と夫人も見つけ出してやるから大人しく待っているんだ」
「でもッ……」
「安心しな、個人武力に長けると噂の辺境伯に公国でもトップクラスの魔術士がついているんだ。そう簡単にくたばっちゃいないさ。使用人であるお前さんならわかるだろう?」
「…………」
納得したとは到底思えない雰囲気を醸し出しながらもゆっくりと頷いたルピナスを確認したアストラとサジンは急ぎ足で小屋から出てゆき、少し遅れてアグルナムも後を追おうと出口へと向かう途中、ルピナスが強く呼び止めた。
「あのっ!」
「!」
「お気をつけて……奥様と旦那様をお願いします……!」
「ああ……!」
想いを託されたアグルナムは、より決意に満ちた表情を固めて先導した二人に遅れぬようマントをたなびかせながら風のように去っていった。
「…………」
「お姉さん」
「……はい」
「旦那様と奥様はお姉さんにとって、きっと大事な人達なんだよね……そんな大事な人達の為に戦えないことは辛いことだよね」
「…………」
「一緒に行こうお姉さん」
「え……?」
「僕が住んでいたザム村は悪い奴らに滅ぼされたんだ。お姉さん達が住んでいるアイレーで起きた事件も、その悪い奴らと同じ奴らが起こしているかもしれないって」
リュクはアグルナムから託された神木のブローチを握りしめて悔しげな表情を浮かべながら想いを綴る。
「アグ兄が僕を思って大事にしてくれているのはわかるけど、僕は一緒に戦っていくつもりでいたんだ。大事な人達と居場所を奪われて黙って過ごしてなんかいたくない」
「リュク……」
「お姉さん僕をアイレーに連れて行って。マスターとアグ兄には僕一人で怒られるからさ、だから一緒に戦いに行こう!」
「……!!」
自身よりも遥かに年が離れた小さな少年の勇気に当てられたルピナスは、一度は折れた意志を再度奮い立たせてリュクと目線を合わせその意志をぶつけた。
「わかりましたリュク君……でも貴方だけに責任は負わせない……叱られる時は一緒に、ね?」
「うん!!」
「リュクが悪い子になってしまった」
「イザナは良い子でいる?」
「もちろん悪い子でいる、おじおじに一泡吹かせたいしそれに……」
「?」
「お姉さんの私がリュクを守らないといけない」
「お姉さんって……年一個違うだけでしょ……」
「それでもお姉さんはお姉さんなのだ」
腰に手を当てて誇らしく胸を張るイザナと、呆れるリュクのやり取りに癒やしを覚えたルピナスは静かに微笑みを浮かべる。
自身よりも幼い二人の覚悟に応えるようにルピナスは姿勢正しく立ち上がった。
「それではリュク君、イザナちゃん。アイレーまでご案内しますので遅れずについて来てくださいね!」
「うん!」
「うむ」
先に向かった者達からの叱責と、命をかけた戦いを全て覚悟した三人は想いねままにアイレーへと脚を急がせた。
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