第22話・不穏
集落を発ち三日ほど経った旅路の途中、アグルナム一行は目的地のヒイズリの国に行くために避けられない、ベルヴェム公国領・パティフルにあと少しのところまで迫っていた。
「マスター、もうすぐパティフルに着くって時に悪いけど他に道は無いのか? 追われている身なのに警備が厳重そうな辺境領を通っていくのは危ない気が……」
「しゃーねぇさ、大陸のど真ん中にある霊峰のせいで迂回はできねぇし、海路を行くにも結局はアイレーの街から出る船が必要だ。 身なりの不明な俺達のために船を出すわけがねぇし、門を抜けて行くのが一番手っ取り早い」
「リスキーだな……バレて大規模な戦闘になったらどうするつもりだ?」
「心配すんな、協力者が現地にいる」
「協力者?」
「着いてからのお楽しみだ」
「そうかい……ん?」
二人の会話を聞いていたリュクが暗い表情で俯きながらトボトボと歩いている様子が心配になったアグルナムは、明るい声色で励ますようにリュクへ話しかける。
「どーしたリュク? 具合でも悪いのか?」
「いや、そうじゃなくて……何か会話を聴いていたら、犯罪者になったような気分になっちゃって……」
「うっ……」
「気分と言うが、お尋ね者なのだから現在進行形で犯罪者だよリュク。 濡れ衣だとしても」
「うう……!」
イザナの言葉で現実を突きつけられたリュクは一層気分を落とし、リュクの周りの空間には異様にネガティブな空気が淀んでいた。
「……まぁヒイズリの国まで行けば公国に追われることも無いだろうしさ! 気楽に行こうぜ!」
「情報が伝わっていたらヒイズリでも犯罪者として追われると思うのだがアグアグ」
「うッ……!?」
「ううううううッ……!!」
「わわわ、泣くなリュク……!」
畳み掛けるイザナの言葉でついにしくしくと泣き出したリュクをアグルナムは慌てふためきながらなだめつける。
「リュクを泣かせるなんて……おのれアグアグ……!」
「お前のせいだろうが!?」
「あんま騒ぐな、もうすぐで目的地だ」
「え? もうすぐって言ってもまだ門までは距離あるだろ?」
「陽のある内には入らねぇ、この先にピクニックやキャンプに適した広場があるからそこで時間を潰すぞ」
一行はアストラに導かれるまま、多様な傾斜に彩られた公道を歩き続けて行く。
これまでの道のりにおいて最も高く、長い傾斜を越えると見晴らしの良い平地が広がっており、もう少し歩んで行けば辿り着けるであろう場所には、木造の建築物等が建つ広場が存在した。
「あそこだな……傾斜だらけで疲れてきたから早く休みてぇな」
「僕もー……」
「……妙だな」
「え? 何が?」
「人が多すぎる……しかもどこか空気が陰鬱としていやがるな……」
「もう暖かい時期だし、キャンプでもしているんじゃねぇの?」
「いや、そんな雰囲気じゃねぇ……まるで何かに怯えているような感じだ……」
「んー……まぁとりあえず行こうぜ、そこで話を聞いてみよう」
「そうだな……」
足早に一行は広場へと入って行くと、遠目で確認した時以上に人の多さと慌ただしさを実感し、尋常では無い何かがここにいる者達の身に起こったことを容易く想像してしまう。
その尋常では無い何かを見定めるためにアストラは近くに居座っていた、無気力気味の中年男へと歩を進め話しかける。
「なぁあんた……不躾で悪いがここにいる連中に何があったか聞かせちゃくれないか?」
「……旅人かあんた? パティフルには……特にアイレーには近づかねぇことだな……」
「何? アイレーで何があったんだ?」
「思い出したくもねぇ……悪いがそっとして欲しい……」
「……悪かったな」
話の継続を拒否されたアストラは踵を返して三人の元へと脚を運ぶ。
「何があったって?」
「アイレーで何かがあったらしい。 内容はトラウマになっちまったのか話しちゃくれなかったが」
「大の大人がトラウマになるような出来事が起こったってことか……」
「とりあえず話してくれそうな人間を探してみる。 お前さんらはここらで休んでな」
「わかった……」
アストラは広場の奥に固まっている人々に話を聞きに行き、残された三人はキョロキョロと辺りを見回して状況を観察していた。
「ねぇアグ兄……あの建物で休んでいかない?」
「そうだな……マスター! 俺達あの建物で休んでいるからー!」
遠目でアグルナムが指差す木造建築物を確認したアストラは腕を上げて了承の意思を伝える。
建物へと入っていった三人は中の様子を見て驚愕する。
「うわっ……中も人が多いや」
「怪我人が多いな……いったい何があったんだ……」
傷口を抑え痛みを堪える者、頭に包帯を巻いている者、恐怖に慄き震え続ける者と多種多様な難を抱える者達が決して広くはない建物に群がっており、中には周りに親らしき影の無い子供までおり、相当な悲劇が起こってしまったのだと三人は改めて察し取る。
居たたまれなくなった三人は建物から離れようと玄関へと戻っていくが、扉が勢い良く開かれそこから現れた者が脇目も振らず走り込んでくる。
「おわッ!?」
「ひゃわあっ!?」
扉の側にいたアグルナムは想定外の衝突に驚いて尻餅をついてしまい、走り込んで来た紫色の短髪の女性は勢いのまま尻餅をついたアグルナムへと倒れ込んでしまう。
「ご……ごめんなさい! 痛くありませんでしたか!?」
「いや……大丈夫です……」
「急いでいて不注意でした……何とお詫びをすれば良いか……」
「とりあえず……一旦離れません?」
「あっ……すみません……」
密着状態の二人はお互い赤面しながら先に女性が立ち上がり、それにアグルナムが続いて立ち上がる。
スカート丈が短めな使用人の衣服が特徴的な女性は改めて頭を下げてアグルナムへと謝罪の意思を示す。
「改めて申し訳ありません……怪我人の治療で駆け回っている最中だったもので……」
「治療……医者なんですか?」
「お医者さんというよりメイドさんって感じだよね……」
「リュク……太ももを凝視しているな? むっつり助平め……」
「してないよ!!」
「あはは……本業は使用人ですが治療魔術を扱えるのでそれで皆様を手伝っておりま……す…………あっ……」
「ッ!?」
突然意識を失ったように前に倒れ込む女性をアグルナムはしっかりと受け止め事なきを得る。
「ご……ごめんなさい……何度も支えて頂いて……」
「大丈夫ですか……? 疲れているなら休んだ方が……」
「ありがとうございます……この小屋にいる人達で最後なので治してから休むことにします……」
「……手伝いますよ、そのほうが早く終わるでしょうし」
「すみません……甘えさせていただきます」
アグルナムは手で支えながら女性を患者達の場所へと送り届けて行く。
「アグアグのような紳士になりたまえよむっつりリュク」
「むっつりじゃないってば……」
「おうガキ共」
「あ、マスター……話は聞けた?」
「いや、どいつもマトモに話ができねぇ状態だった。 それよりアグはどこだ?」
「あそこでメイドさんのお手伝いしているよ」
「メイドさん?」
「なんか治療魔術で怪我人を治しているんだって」
「ほう……」
アストラは怪我人の治療を行っている現場へと出向いて行き、リュクとイザナはその後を辿る。
アストラが見下ろす視線の先には、使用人の女性が公国軍の衣服に身を包んだ男の深い切り傷部分に、両手で自身のマガルを流し込んでいる姿があった。
「ぐぅ……!」
「もう少しです……暫し我慢を」
(こいつぁ……)
マガルが流れ込んで行く創傷部分は徐々に傷口が閉じてゆき、痛みに顔を歪めていた兵士の男は表情に余裕を取り戻してゆく。
「……はい、これで大丈夫です」
「すまないなルピナスちゃん……」
治療を終えたルピナスと呼ばれた女性は深く息をつき頭を項垂れさせて疲労感を顕にする。
背後で見守っていたアグルナムは近づいてきたアストラの気配を感じ取り振り返る。
「あ、マスター……」
(間違いねぇ……こいつは治療魔術の中でも修得難度が桁違いな特定高位魔術、"愛女神の抱擁"……緻密に制御されたマガルを肉体に縫い合わせてゆき、鎮痛・止血・消毒・細胞の増殖活性を一度に行う治癒魔術の最高峰だ……)
「マスター……?」
「……? お知り合いで……?」
サングラス越しにも伝わってくる真剣な視線に戸惑うアグルナムとルピナス。
そんな二人を意にせずに興味本位のままアストラはルピナスへと言葉を投げかける。
「相当優秀な魔術士だなお嬢さん、歴史上習得者が5人しか存在しない愛女神の抱擁を扱うとは……ただの使用人じゃないだろう?」
「あ、いえ……これは奥さまからご教授頂いたものでして……」
「奥さまに教授された? まさか……」
ルピナスはふらつきながらもアグルナムに支えられながらその場から立ち上がり、スカートの裾を両手で摘み上げながら深々と頭を下げて自己紹介を行う。
「わたくしはメルーダ辺境伯に仕えさせて頂いております使用人、名をルピナスと申します」
「メルーダ辺境伯……やはりか……奥方のマーガレット・メルーダ夫人は現代において唯一愛女神の抱擁を扱える魔術士だからな……」
「凄いんだねお姉さん」
「凄いなんてもんじゃねぇぞリュク。夫人は公国の魔術学院でも時に教鞭を執るが、数多もの才能ある魔術士や卵達でも習得が叶わなかったものを使いこなしているんだからな、天才と言ってもいいだろう」
「そんな……買い被りですよ……あっ……」
「っと……!」
笑顔を浮かべて満更でも無い反応を見せるルピナスであったが、疲労感を隠せずに身体をふらつかせる様を見たアグルナムは両肩を抑えて弱りきった身体を支えた。
「相当疲労しているな……緻密なマガルの制御を求められる治療魔術を扱っているから無理もねぇか」
「一度休んだ方が……」
「あと少しなんです……残りは比較的軽傷の方だけですからすぐに終わります……」
「なら俺に任せて休んでおくといい。治療魔術にもある程度は心得があるんでな」
「え……ですが……」
「疲れ切ったレディをこれ以上働かせるのは俺の紳士道に反するんでな。しっかり休みな」
「この人は一流の魔術士なんだ。任せておけば間違いはないからさ、ゆっくり休んで」
「すみません、御言葉に甘えさせていただきます……」
アストラは治療を必要とする者達の元へと出向き、残されたアグルナム達は疲労困憊で深い深呼吸をしながら座り込んだルピナスを気にかけ、側へ寄ったイザナが指から電撃を放出する。
「私が直々に身体を解してあげよう、ビリビリを流し込めば一瞬で極楽浄土へ……」
「やめようねイザナ……」
「うむ」
電撃を引っ込めたイザナは小さい指で、ロングブーツに隠されていない太ももを指圧する。
「おぉ……これはこれはムチムチ……それそれぃ」
「ひぇ!?」
「イザナ……楽しんでない?」
「指が肉に食い込んでいって楽しい」
「うう……気にしているのに……」
年頃の肉付きを考慮してもなお、面積が広めな柔らかいルピナスの太ももを指で押すことを愉しむイザナは、労いの気持ちを忘れて両手の親指を食い込ませ続ける。
(こいつぁ……眼福だぜ……!)
そのやり取りを太めな脚が好みであるアグルナムは非常に鋭い眼で凝視し、柔らかな肉が食い込んでいく様を瞼の裏に焼き付けている。
イザナとリュクはアグルナムの異常に気づき、じっとりとした軽蔑の目を向けた。
「アグアグが助平な目つきをしている……所詮はむっつりであったか」
「し、してねぇよ!」
「してたよエロ兄……」
「妙な呼び方すんなリュク!」
「今度からアグアグじゃなくてエロエロって呼ぶね……」
「やめてくれぇ!!」
(ふふふ……)
愉快な三人の様子に疲れが吹き飛んでいくような気がしたルピナスは、静かに優しげな微笑みを浮かべた。
「うし、これで最後だな」
「マスター殿……」
「ん? お前さんは……」
治療を一通り終えたアストラの元へ髪を結い、顔半分が首巻きに隠れた影のある男が声をかけた。




