第2話・勇者のせがれ
「こんなもので良いかいおっちゃん?」
「おぉ、助かったよアグ」
雲一つない晴天の日、ベルヴェム公国領・ザム村では年に一度の収穫祭に向けて慌ただしく準備が進められており、村の便利屋として親しまれる白いバンダナに紅い髪が特徴的な若者であるアグルナム・グロリアは幼い頃から磨き上げた肉体と斧の腕前を用いて大量の木材を伐採し村人に提供することで村に貢献していた。
「これだけの木材をこんな短時間で仕上げてくるなんて、相変わらず頼りになるなぁ」
「いやぁ、力仕事くらいしか取り柄がありませんから」
「なに言ってんの、力仕事以外もそこらの男衆よりてきぱきこなしてくれるじゃないか。うちの旦那にも見習わせたいねぇ」
「おいおい、アグと比べられたら立つ瀬がねぇよ」
集まった村人たちによる笑いを皮切りに焚火に利用する予定の木材を村人が倉庫に運んでいる間、切り株の椅子に座り休憩するアグのもとに中年の村長が労いながら接近する。
「おつかれさんアグ」
「ああ村長、こんにちは」
「いつもながらせいがでるなぁ、助かるよ」
「いえいえ…まだまだこの村への恩返しには物足りないくらいです」
「お前さんがこの村にきてもう二年が経つか…早いものだなぁ」
「あの時にザム村の人達に受け入れられていなかったら、今の俺はありませんから――――」
アグは遠い目を浮かべながらザム村に至るまでの記憶を遡った。
――二十歳を越えて少し経った頃、俺はいつものように親父と他愛もない生活をしていた――
「親父ぃ塩漬けの加減はこんなものでいいか?」
「どれ………うーむ素晴らしい出来だ、流石は勇者たる俺の息子ッ」
「漬け物に勇者関係ないだろー」
――この勇者を自称するのが俺の親父、デアン・グロリア
なんでも人知れず世界を救った戦いに身を投じていたらしく、その武勇伝を聞かされるのが俺の日課と化していたんだ。
「何を言うか、かつて俺が勇者としてザンクレスト帝国で勃発した民族闘争において…」
「その話は67回目くらいだけど聞かなきゃ駄目か?」
「当然だ、人生に実りある勇者の記録を身に刻むことでお前は勇者の後継者としての精神が育まれるのだ」
「へいへい…」
――嘘臭さが発酵して話を聞くだけで異臭が漂うような勇者の記録とやらを聞かされることに正直辟易していたが、実際にその英雄譚に出てくる親父の強さは斧一本で畑荒らしの熊を倒した真実をこの瞳に焼き付けた記憶からあながち誇張されたものではないのかもと納得していたんだ。
この塩漬けにされた内臓も親父が狩ってきた猪の物だ。
「勇者というものはどんな困難にでも立ち向かう心を育んだものが…」
「おいアグ!大変だぜ!」
――勇者になるために必要なことのありがたい御高説を遮るように同年代の友人であるガッタが開けた窓から叫んでいた。
「どうしたんだガッタ?」
「あの二人が帰って来てるんだよ!エルクとセラが!」
「何ッ!マジかッ!?」
――エルク…セラ…若者の比率が少ないユヴァージュ村における交流の中で俺が最も親しく接していた、いわゆる親友であり幼なじみだ。
「そうか…公国士官学校と魔術学院に二人が入学してからもう二年経つんだな…早ぇもんだ」
「しみじみするのも良いが会いに行かないのかアグ?美女と美男と野獣コンビで仲良かったろ?」
「まぁ会いには行きたいけどよ…」
――もちろんこの野獣というのは自分のことで村の中でも特に美男美女として有名だった二人の間にガタイの良い男が入っていたら野獣呼ばわりもされるだろう。
才能を見い出され夢に向かって努力する二人と違い、何の目標も持たずに村で燻っていた自分では釣り合いが取れていないように感じられ二年振りの再会を果たしたい気持ちに歯止めがかけられていた。
「会いに行ってこいアグルナム」
「親父…」
「いざという時に勇気を放り出せないお前のことだ、二年以上の月日が経った再会に対してくだらない負い目を感じているのだろう。 だが何を恥じる必要があるという、お前の友は立場の違いで友情を忘れうるような者では無いはずだ」
「それは…そうだな」
「何よりお前は勇者デアンの息子ぞ、ユヴァージュの平穏を俺と共に守り続けてきた男だ。恥じることなく胸を張って会いに行け」
――親父の分厚く硬い拳を俺の心臓に押しあて鼓舞してくれたおかげで再会への覚悟が固まった。
「…会いに行ってくるよ、ありがとうな親父…」
「帰ってきたら話の続きだからな」
「へいへい」
――しばらく振りの清々しい笑顔を浮かべながらガッタの案内でかつての親友にかける第一声を考えながら道筋を駆けった。
「ほら、あれだぜ」
「おぉ…」
――遠目からでも理解できる在りし日の幻影、だけど二年の月日のせいか環境の違いか少しだけズレが生じてもいる二人の姿がそこにあった。 たむろする村人の中でもハッキリと輝いて見えるようだった。
「行ってこいよ、積もる話もあるだろ」
「ん………あぁ…」
――いざ二人の姿を肉眼に捉えたことで臆病風が吹き荒れ接近を躊躇させる。自分のヘタレさに反吐が出そうだった。
「…!アグッ!!おーいアグゥ!!」
――木陰で遠巻きに見つめていた俺をエルクは一瞥しただけで認識し、セラと共に人波をかき分けて近づいてくる。随分距離があったが一目見れば理解できるくらいに俺の姿はエルクの中で代わり映えしないものだったのだろうか。
「よ、よぉお二人さん久しぶり…」
「あぁアグ!会いたかったよ!」
「お…おぉ……ッ」
――接近するや否や満面の笑みを浮かべながらエルクは肩甲骨が少し圧迫されるほどの強さで俺に抱きついてきた。 エルクにとっては友情表現の一つに過ぎないが、人に見られているのもあって俺は羞恥心に苛まれた。 隣にいるガッタはからかうように口笛を響かせていて少しだけ苛立ちを覚えた記憶がある。
「また一段と逞しくなったなぁアグ!特にこの肩の辺りなんか見違えるようで…」
「ははは…エルクも筋肉ついたな…ちょっと苦しいぜ」
「ふふふっエルクったら公国にいる間、会うたびにアグの話ばっかりしていたんだよ。本当にアグのこと大好きなんだから」
「あぁセラ…何かあれだな…公国っ子って感じになったな、綺麗になったというか…」
「ふふん、元から綺麗でしょー?」
「いやッそれは前提の上で…!」
「ふふっ」
――セラを目の前にするとどうもタジタジしてしまう。金色に輝く長髪に見る者を安らぎに誘う瞳を宿した垂れ目、死後に楽園へ連れて行ってくれる美しき女神の逸話があるがその女神はセラのような姿をしていると言われても納得できるだろう。
俺はセラに対して幼い頃から恋慕の情を抱いているが、その感情を抱く者は俺だけに留まらない。誰隔てなく優しく裏表の無い美しい娘に惚れるのは男の性なのだろうか。
「話したいことがたくさんあるんだ、あの場所に行こうよアグ」
「良いけど他の人とは話さなくて良いのか?親御さんとか…」
「時間はあるんだ、今はアグと話したい」
「わかった行こうか」
――エルクの積極性も相変わらずだ。三人が集まる時はいつもエルクの誘いから始まるのが常で俺達のリーダーのような存在。銀髪の映える容姿端麗で村人の若い娘衆の誰もが黄色い視線を向けるのは言うまでもない。
それに加えて天才肌かつ努力家で剣の腕は右に出るものはおらず、勉学にも長けている神が二物も三物も与えた凄い奴だ。
そんな二人が俺一人だけを求めてくる今の状況に誇らしさを感じるが、二人と接する機会を奪っていった俺に対する若い衆の恐ろしい視線を背中越しに集中するのを感じ、文字通り背筋を凍らせながら思い出の場所へと急いだ。
「二年前と変わらないなぁここは…」
「わぁ私専用切り株椅子も綺麗なまま!懐かしいなぁ」
――周りに木々が生い茂る広場に訓練用の案山子や射的の的が並ぶ俺達の遊び場兼訓練所。 定期的な手入れを欠かさなかったおかげで思い出の姿のままを二人に提供することができた過去の自分に最大の賛辞を送ってやった。
「やっぱりここに来ると気持ちが高まるな!アグ、せっかくだから手合わせしないか?」
「おいおい村にいた頃だって一度も勝てなかったのに士官学校で更に磨きがかかったお前と手合わせなんて死んじまうぜ?」
「ははは!そうは言っても僕が本気を出せたのはアグぐらいなものだったよ。あの日々があったからこそ今の僕があるようなものさ」
「士官学校時代はずっと首席だったもんね、アグ以上に強い人がいないって嘆いていたよ」
「おいおい買い被りすぎだぜ」
「買い被りなもんか、教官との稽古や手合わせも物足りなかったくらいだよ」
「ははは…セラはどうなんだ?魔術学院なんてエリートの巣窟みたいなイメージがあるが…」
「ふふん、私も首席だったもんね〜」
「マジか…すげぇな…」
「これも師匠のおかげだね〜アグのお父さんの交友関係様々だよ」
――俺の親父の旧友にグラサンが特徴的な中年の魔術士がおり、セラの魔術の才能を見出して稽古をつけてくれただけではなく、公立の魔術学院への入学まで支援してくれた粋な人だ。ただ病的な女好きなのもあってセラが何らかの被害に合うんじゃないかと俺はいつも冷や冷やしていた。
まぁ教育者としては優秀だったわけだが。
「すげぇな二人ともホントに…ひきかえ俺は未だに親父と一緒に村の便利屋止まりだよ」
「その便利屋にみんな助けられているんだ、アグと親父さんは立派な人だよ」
「そうだよ〜畑荒らしの猪や熊と張り合える人なんてアグとアグのお父さんしかいないんだから。二人は村の勇者様だよ」
「勇者…ねぇ」
「そうさ、僕はその勇者に憧れて強くなろうと頑張ってこれたからね。アグは僕に勇気を与えてくれる凄い勇者だよ」
「うんうん」
「そう言ってもらえると嬉しいよ…」
――やはり二人は良い奴だ。二人と差がついた自分じゃ釣り合わないなんて僻んでいた自分が恥ずかしくなってくる。こんな親友を持てて俺は幸せ者でしかない。
「僕とセラは公国軍への入隊が決まっていてね、配属されるまでの自由時間の間にどうしても村に寄りたかったんだ」
「軍への入隊が決まったら帰ってこれる機会がほとんど無くなっちゃうからね」
「そうか…会える機会が減るのは寂しいな」
「ただ自由時間に結構余裕はあるんだ、それでアグにお願いがあるんだけど…」
「ん?」
「三人で思い出の地と行きたかった場所を巡ってみないか?」
「えっ?」
「思い出作りの旅行をしたいなってエルクと決めていて…アグも一緒にどうかなって」
「アグが迷惑じゃなかったらだけど…どうだい?」
「迷惑だなんて…光栄すぎて…なんか…なぁ?」
――胸の奥側にじんわりと熱いものが込み上がってくるのを感じる。それは首を伝って眼球に到達し涙を流すように促してくる。それを拒否するために顔の筋肉を強張らせてこらえたため引き攣ったような笑みを浮かべてしまった。
「…俺で良ければお願いしますッ!!」
「ははは!かしこまり過ぎだよ。でも良かった、やっぱりアグも一緒じゃないとね」
「ふふっ」
――二人からしたら親友と共に旅行を楽しむことは当然のことであり、勝手に置いていかれた感覚に陥った俺が感極まっていることは本当に滑稽なことなのだろう。
「とりあえず3日後に村を出てまずはハンナの泉に行く予定なんだ、他にも色々巡ってベルヴェム公国の城下町を終着点にする。僕達はそのまま公国に残ってアグは送りの馬車でユヴァージュ村の帰路に着くってプラン」
「了解…って3日後には出ちゃうのか」
「旅行に余裕を持ちたいからね〜その分この3日間は楽しむつもりだよ」
「そういうことならみんなで歓迎会をしないとな…」
「楽しみ〜」
――他愛のない積もる話を終えて村に戻った二人は若い衆に連れ去られるように村の集会所へ案内されて、学び舎としても活用される中規模の集会所で大々的な凱旋パーティが行なわれた。
深夜になるまで飲めや騒げやの宴が続けられ、村の酒豪と飲み比べに付き合わされた俺は酩酊状態に陥りなりながら親父の待つ実家への帰路に着いた。
「ただいま〜…うぷ」
「宴の帰りと言ったところだな、酒に呑まれるようでは勇者への道は険しいぞ」
「へ〜い…あそうだ親父 俺、3日後に二人とちょっとした旅に出てくるよ。しばらく家には帰れないな」
「なに…?」
――少しだけ不穏な雰囲気が親父の分厚い背中から感じ取られた。何か俺に手伝わせるような仕事でも抱えていたんだろうか。
「…仕事があるんなら悪ぃけど、この旅にはどうしても行きたいんだ。 二人とこれから会える機会も減るだろうし…」
「お前に手伝わせるような仕事は無いから安心しろ…」
「じゃあ…なんでちょっとピリついた雰囲気なんだ?」
「…少し待っていろ」
――そう言いつつ親父は自分の部屋に入り何か物音を立てている。怒っているわけでは無いことは伝わるが並々ならぬ覇気…のようなものは感じた。
「待たせたな」
「どうしたんだよ…今生の別れみたいな雰囲気じゃんか」
「それもそうだろう、お前がついに勇者として旅立つ時が来たのだからな」
「………は?」
「これを受け取れ」
「これは…」
――民族的な意匠の入った紺と赤を貴重とした衣服に蒼いマント、それに鎖を象ったようなペンダントを俺に手渡してきた。
「なんだよこれ」
「俺が勇者としてかつて旅していた時の服を模倣したものと…そのペンダントはお前の母の形見だ」
「え…」
「お前が勇者として自覚を持つまでは預かっていたんだがな、手放す時が来た…それだけだ」
「待ってくれよ…服はともかくそんな大事なもの受け取れねぇよ、旅っつっても一ヶ月もかからないだろうし…」
「お前にその気は感じ取れずとも、俺には解るのだ。その旅はお前を勇者へと成長させる旅となる…それは長い長い旅となるとな」
「んな大げさな…」
「聞けアグルナムッ!」
――狭い空間を震撼させる真剣な声色に俺は思わず姿勢を正し親父の真っ直ぐな瞳を見つめる。
悪酔いに支配されていたはずの肉体が解放されたような気がした。
「お前に幾度も聞かせてきた勇者の旅の記録…お前は夢物語やお伽噺の類だと聞き流してきたやもしれぬ」
――物心ついた時から聞かされてきた勇者の記録…俺はそれを虚構の物語だとは思っているし、何度も聞いてきたせいで辟易もしている。
でも親父や母さん、セラの師匠が物語の登場人物としてサングワトア大陸のあらゆる場所で混沌の魔導士を倒すために奮闘する物語は全部諳んじれる程度には気にいっているんだ。
「だがこの記録は全て真実だ、誰にも知られることなく大陸に轟くこともない知られざる戦いの記録…それをお前に聞かせてきたのは勇者の後継者としてこの物語の続きを描く時が来ると確信していたからだ」
「…付いていけねぇよ」
「今はそれでいい、だがいずれこの喜劇で終わったはずの物語は再び動き出す時が来る。魔導士ヤムの因子がサングワトアの大地に混沌をもたらす…そう感じてならないのだ。数多もの悲劇がもたらされるであろう物語の中心にお前がなってくれると俺は信じている」
「仮に真実だとして…そんな運命を俺に背負わせるのか親父は?俺なんかより遥かに強い親父がまた旅にでも出てヤムってやつをぶっ倒せば良いだろ…」
「俺は…母さんが亡くなった時に勇者としてはすっかり衰えたよ、再び世界をどうこうするような男にはなれんさ」
――珍しく弱気な発言と表情を浮かべた親父に気圧される感覚を覚えた。
「だがアグルナム、俺はお前にとっての勇者ではいられたはずだ」
「俺にとっての…勇者?」
「アグルナムよ、勇者とは…どういう存在だ?」
「…誰よりも勇気があって強い人…?」
「それも大事なことだ、だが何より大切なのは…誰かに勇気を与えられる存在であることだ」
「誰かに勇気を…」
――そうだとするならば親父は俺にとっての勇者であることは間違いない。この日も親父が俺に発破をかけてくれなければ二人に会いに行くための勇気を絞り出せなかったかもしれない。ふとエルクの発言が頭に浮かぶ。
――(アグは僕に勇気を与えてくれる凄い勇者だよ)
俺に自覚がないだけで、俺は親友にとっての勇者でいられたんだと思うと、初めて勇者という概念に誇らしさや憧れを覚えたんだ。
「お前はまだいざという時に勇気を出せない男ではあるが…必ずや誰かのために生命をかける生き様を辿れる男になれる」
「なれるかな…」
「なれるさ、なんせお前はこの勇者デアンと世界で一番の母さんが愛した息子なんだからな」
――そういって俺の心臓に拳を押し当てる。拳を通じて何か熱いものが全身を駆け巡ってこれまで感じたことの無いような清々しさに包まれた。
「かしこまった話はまたにして…そろそろ寝るといい、酔いは引き継ぐと辛いものだ。カケネソウを煎じた茶を用意しているが飲むか?」
「いや、すっかり酔いはさめちゃったよ。酒よりも刺激の強い話を聞いたからかな」
「ふっ…そうか」
「じゃ…お休み」
――明かりの無い部屋のベッドで横になり寂しい天井を見つめながら心地よい微睡みに身を任せ意識を閉ざした。




