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チェインブレイブ  作者: 南無三
勇者の決意
19/30

第19話・濁りし運命を突き進むなら

「……なんか寂しい所だな」

「過疎化の進んだ集落でな、ここなら軍の監視もねぇ」


 アストラに連れられて人の気配に乏しい錆びれた集落へやってきたアグルナム一行。

 そんな中で一際異彩を放つ、色彩が紫で統一されている悪趣味な建物へとアストラは脚を進めていく。


「何この建物……いかがわしい」

「酒場だよ、子供にゃちょいと刺激が強い場所かもな」

「僕はしょっちゅう父さんの付き添いで村の酒場に入ったことあるから平気だよ」


「リュク……その年でお酒を嗜むなんて悪い子」

「普通の飲み物もあるからねイザナ……」

「子供用の飲料もあるから安心しな」


 建付けの悪いドアが鈍い音を響かせて、アストラの手により開かれてゆく。

 内部は外観にそぐわず、優しげな照明が木造の壁を照らす落ち着いた雰囲気を醸し出しており、カウンター席に長椅子が6つほど並んだ小規模な酒場となっていた。

 

 一見すると若々しい様相でありながら、落ち着いた内観に実に調和された悠々とした佇まいの女性が、カウンター内から客人へと歓迎の挨拶を口にする。


「いらっしゃい……あら? マスターじゃない」

「いよぉ久しぶりだなコルティア、前会った時よりも格段に綺麗になったな」

「そう思うならそろそろ靡いてくれても良いんじゃない?」

「ふっ……一処には留まれねぇのさ俺は」

「残念、あらお連れ様なんて珍しいじゃない」


 アストラに続いて店内に入ってきた三人は、アグルナムを除いて興味津々な様子で店内を見回していた。


「どうも……」

「うわぁ村の酒場とは違うなぁ、大人っ!て雰囲気がするよ」

「なんか……落ち着かない……」


「貴方……子供ができたの?」

「いいや、こいつの連れさ」

「ふーん……若そうなのにお盛んね」

「……俺の子でも無いですからね」

「あらそうなの」


 実にもならないくだらない会話に幕を下ろし、四人はカウンター席へと腰を落ち着ける。

 身長の低さが相まって長椅子に座ることに苦戦していたリュクをアグルナムが手伝い、イザナはその様子を何とも言えない笑顔で眺めていた。

 酒場の店主であるコルティアもまた微笑ましい光景に、思わず口に手を置き笑顔を浮かべる。


「可愛らしい子供達ね~サービスしてあげちゃおうかな」

「ならお前さんの絶品料理でも振る舞ってやってくれ、さっきから腹の音が響いていて可哀想でよ」

「料理ね……ザンクレストガーリックがあったはずだから……パスタで良いかな君達?」

「パスタ……!! 食べたい……!!」

「パスタ好きだねイザナ……」


 目を輝かせ前のめりにパスタを要求するイザナにコルティアは微笑みを返し了承する。


「俺とこいつにはラムサ・ベウルとつまみをくれ、ガキ共にも適当に飲み物を」

「はぁい、オレンジジュースがあるからそれにするね」

「昼間っから酒かよ……」

「酒場に来て酒を飲まねぇのはナンセンスだぜ」


 コルティアはキッチンの内部にある薪コンロに火をつけ、水が入った大鍋を台の上に乗せる。

 冷蔵庫から取り出した瓶入りのオレンジジュースをマグカップに注いで、小さな容器に色とりどりのナッツを入れたものと共にイザナとリュクへ提供する。


「少し時間がかかるから先にこれを食べていてね」

「わぁ、ありがとうお姉さん」

「リュク……鼻の下が伸びておるぞ助平」

「の、伸びてないよッ!」


 子供達の他愛ないやり取りに大人達が微笑みを浮かべる。

 コルティアはカウンターに並べられたボトルへと手を伸ばし、ボトルの中身をガラスコップへと注いでゆくと透き通った容器は深い赤紫の液体で満たされた。


「やっぱりこいつだな……」

「本当に好きね、その安酒」

「お前さんが注いでくれるこいつが、俺は一番気に入っているんだ」


 提供された酒を愉しむかのように口に含んだ後噛みしめるアストラとは対象的に、アグルナムは液体で満たされた容器を警戒するかのようにマジマジと見つめていた。


「あー……うめぇ」

「なぁ……これどういう酒なんだ?」

「俺の故郷(くに)の酒でな、甘めな口当たりがウリのブランデーさ」

「……おっ、甘くて美味い」

「だろ? 甘党なお前さんなら気に入ってくれると思ったぜ」


 大きめの容器に盛られたナッツをつまみに酒を進めていくアグルナムとアストラは、逃走後の話の続きをぽつりと零していく。


「それで……何で俺なんか探していたんだ?」

「デアンに頼まれてな……」

「親父に?」


「ヤムを倒すのにお前さんの力が必要だって言われてよ……それで俺がお前さんを迎えに来たんだ」

「……は? ヤム?」

「それよりよアグ……俺はお前さんに一つ文句を言わなきゃならねぇ……てめぇこの二年間どこで何してやがった?」

「え? 何をって……」


 サングラス越しにも伝わってくる怒気を含んだ視線がアグルナムを萎縮させる。

 その隣にいたリュクもまたその視線に寒気を覚えており、パスタを楽しみに待つイザナと料理で席を外すコルティア以外の男衆は緊張に包まれていた。


「村に行けば会えると思って行ってみたら、二年前に旅行の護衛したっきり帰ってきてねぇって聞いてよ……それで最後におめぇを見たであろうセラとエルクにも話を聞きに行ったんだ……」

「セラとエルクに?」

「そしたらおめぇ、城下街の宝石店で急に姿を消したって話じゃねぇか……二人がエライ心配していたぞ……」

「…………」


「この二年間……おめぇは何をしてやがった、友達にあれだけ心配かけやがって……」

「……ザム村で暮らしていたよ」

「ザム村?」

「……失恋しちゃってさ、それで自暴自棄になって賊に喧嘩売ったら死にかけて……そこをザム村の人達に助けられてさ、恩返しのつもりで二年間村で働いていたんだ」


「失恋か……セラのことだろ?」

「……ッ!? 何で……」

「話の流れでわかるっての……大方エルクと仲よさげにしているセラを見てたまらず逃げ出したってところか……」

「……ッ」


「ふっ……ハッハッハッ!!」

「笑うなよ……!」

「いやぁわりぃわりぃ、お前さんの母さんのことを思い出しちまってよぉ」

「母さんを?」


「二人が付き合う前にデアンが別の女とデキた時によぉ、ミオンのやつ海まで駆け込んで身を投げそうになったんだぜ? まったく悪いところまで似ちまうんだなぁ親子ってやつぁ」

「そんなことが……」

「二月無駄に歩かされた文句をつけてやろうと思ったが面白い話を聞けたから許してやるよ。

 ま……セラはお前さんとは釣り合わんさ、俺が手掛けた弟子の中でも特に優秀で美人な子だったからな。

 お前さんに釣り合う女はきっとどこかで見つかるさ」

「励ましのつもりか? それ……」


「まぁな……しかし、そんな田舎で過ごしておきながら何であんな街で軍に追われるような状況になってんだ?」

「……話すと長くなるけどさ――――」


 アグルナムはアストラに二日間の出来事をあらかた話す。

 平和だったザム村に魔物が接近していたこと、その魔物を討伐して村に帰ったら謎の集団に村を壊滅させられたこと、その後現れた公国軍に濡れ衣を着せられてリュクと共に逃げたこと、イザナのこと、自分とリュクがファード王国の刺客だとあらぬ罪を着せられていること……全てを聞いたアストラは神妙な顔つきで酒を一杯追いかけ口を開いた。


「なるほど……そりゃあ明らかに異常な事態だな」

「正直何が起きているのか全然理解できないんだ……」

「……アグよ、今から俺が話すことに一切の冗談は無いと思って聞いてくれ」

「え……」


「お前さんが小さい頃からデアンに聞かされている物語……覚えているか?」

「あぁ……」

「その物語の悪玉……混沌の魔導士・ヤムがサングワトア大陸に復活した」

「いきなりぶっこんで来たな……」


「フィクションだと思うのも無理はねぇ、だが……その物語は多少の脚色はあっても大方は真実だ。

 俺もまたその旅をデアンやミオンと共に戦い抜いた一人だからな……」

「そもそもさ……何なんだよそのヤムって奴は? 具体的に何をやらかした奴なんだ?」


「大陸に争いや欺瞞の種を振り撒いた大悪党でな……人の憎しみや悪意を増幅させたり、時には自分の部下を使って火種を植え付けて争いを引き起こしていた」

「何でそんなことを……」

「ヤムは人を超え魔を超えた存在でな……人々の憎しみを力に変える魔導を用いて大陸の神に成り上がろうとしたんだ……その犠牲になった人々は数知れねぇ……」


「マスターがそこまで言うんなら事実なんだろうけど……何でそんなヤバい奴が大陸の人々に知られて無いんだよ?」

「奴は徹底的に表舞台には姿を見せなかった、混沌の火種に成りうる人間の心を魔導で煽ったり、部下に火種を燻らせるのが奴のやり方でな、大半の人間は存在すら認識できずにヤムに踊らされちまうのさ」


「そんな……」

「でな……そのヤムが現ベルヴェム公国大公と繋がりがあるという情報を掴んだ」

「なッ……!?」

「情報が真実ならお前が何故そんな状況になっているか大方予想はつく、ヤムはかつてデアンに倒されて野望を打ち砕かれた恨みで、息子であるお前を苦しめようと狙っている可能性がある」


「嘘だろ……というか何で大公はそんな奴と……」

「現大公は相当な野心家だという噂だ……利害の一致したヤムと組んで大陸を巻き込んだ大規模な戦争をやらかす可能性が高いな」

「そんなッ……!?」


 話を耳半分に聞いていたリュクは酷く落ち込んだ様子でアストラへと語りかける。


「……ザム村はヤムのせいであんなことになったの? 罪も無い人達があんな目に……しかも大公はそんな奴と組んで……」

「かもしれねぇな……大公は戦争の理由をでっち上げるためにザム村を贄にして、お前さんらにもついでに罪を着せたのかもしれねぇ」

「そんな……ことのためにッ……!」

「リュク……」


 膝に拳を起き目に涙を浮かべるリュクを不憫に思ったイザナは、リュクの頭を優しく撫でて慰める。


「ヤムを放置する限り、少年のように大切なものを理不尽に奪われていく人間は後を絶たなくなるだろう」

「……ッ!!」


「……正直な、俺はデアンがお前さんをヤム討伐の戦力に加えようとすることに気乗りしなかった」

「え?」

「俺はお前が赤ん坊の頃から成長を見てきた……父親のように逞しく、母親のように優しく育っていくお前さんをな……だからこそお前さんにはあんな辛い日々を送って欲しく無いと本気で思っている……なんせ多い時は七人いた旅の面子が最終的には三人にまで減っちまった過酷な戦いの日々だ……大切なものもたくさん失った」

「……」


「ヤムに狙われていようと一応安全な場所はある……なぁアグよ、お前さんが過酷な戦いの運命に飲まれたくないってんなら俺がデアンを説得してよ、安全な場所を提供してやれるんだが……」


「マスター……正直さ、今の話を聞いて怖気づいて心臓がバクバク言って脚が震えちまっている……」

「なら……」


「でもそこから逃げちまったら……俺は二度と勇気を放り出せない男になっちまう……確信がある」

「……」

「命を救ってくれたザム村の人達の無念や戦争に巻き込まれるセラやエルク……ユヴァージュ村の人達から目を背けて生きるなんて俺にはできねぇ……どんなに怖くて震えていても……戦いの運命を突き進むまなきゃいけないんだ、俺は……勇者の息子だから……!!」

「アグ……」


「マスター……! 俺は戦うッ!! あなたの気持ちは嬉しいけれど、この心に嘘はつけないんだッ!!」

「アグ兄……」

「……ふっ、やっぱりお前さんはあいつらの息子なんだな……」


 アストラはニヒルな笑みを浮かべてグラスに残った酒を飲み干し、そのグラスをアグルナムへと向ける。


「ま……辛い旅にはなるが俺が付いてるから安心しな、俺の関わる物語はハッピーエンドになると決まっているからな」

「マスター……!」


 アグルナムは向けられたグラスに自身のグラスを重ねて、混沌の魔導士を倒す旅路の始まりを共に歩む決意をアストラへと伝えた。


「はい、パスタ二人前」

「おおぉぉ……! 良いかほり……!!」

「ホントだ……凄く美味しそう!」


「それと貴方達にはこれね」

「こいつぁ……」


 香辛料が盛大に使われたスパイシーな香り漂う大盛りのパスタ二皿がリュクとイザナの席へ、薄く衣ばった豚肉の揚げ物を乗せた大皿がアグルナムとアストラの席の中央へと配膳された。


「いいんですか? こんな美味しそうなもの……」

「戦いを決意した男に振る舞う餞別よ……しっかり食べて英気を養いなさい」

「ふっ……やっぱりお前さんは良い女だぜコルティア」

「ありがとうございます……」

「どういたしまして」


 優しげな微笑みを返すコルティアの好意を無下にしないよう、アグルナム達は提供された料理に舌鼓を打つ。


「ああイザナ……パスタは逃げないんだからもう少し上品に食べよう?」

「……わかった」


 豪快にパスタをフォークで巻いて食べようとするイザナをリュクが咎め、素直に聞き入れたイザナはリュクと同じ分量でパスタを口に運んでゆく。

 ガーリックとオイルの香りが舌を優しく包み込むパスタの味に、二人は顔を合わせて笑顔で美味を分かち合った。


「俺達はあの笑顔を守るために戦うんだ……」

「そうだな……」

「それで……これからどうするんだ? 俺は二人をユヴァージュ村に預けに行こうとしていたんだけど……」


「少年も指名手配されている以上は村で匿うのも問題になる、子供達にも俺達に付いてきて貰う」

「でもそれじゃあ……」

「心配すんな……お前さんらには一度合わせなきゃならねぇ人がいる、俺達の戦いを支援してくれるスポンサー様にな」

「スポンサー?」

「二十年前の旅でも世話になった人でな……その人に子供達を匿って貰えば安全だ」


「そんな人が……」

「でだ……その人に会うためにはまずヒイズリの国へ行かなきゃならねぇ」

「ヒイズリの国……イザナの故郷だな」

「お前の母さんの故郷でもあるんだぜアグ」

「母さんの……」


 首に下げた形見のペンダントに二人は目を移す。


「母さん……俺は逃げねぇ……だから見守っていてくれ……」

「見守っているさ……誰よりも優しい女だったからな……」


 アグルナムは魔導士ヤムを打倒する決意をペンダントを握りしめて心に刻む。

 目標を得た彼らの辛く長い戦いの旅路はこの日より始まりを告げるのであった。

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