第12話・崩壊と逃亡
「どう……なってるんだよ……何で村が……皆が……こんなことにッ……!?」
「ッ……!」
血液が飛び散り、あらゆる身体の部位が切断され、破壊され、焼かれた屍で彩られた道が平和だったザム村を狂気へと染め上げる。
血の気の引いた顔色と表情で残酷な光景に立ち竦む二人であったが、目から涙が溢れてきたリュクがふらついた足取りで村の奥へと歩を進める。
「リュク……!?」
「と……父さんは……母さんは……どこ!?」
「リュクッ!一人でうろつくな!!」
脚を早めたリュクの後を追うアグルナム。
自身の家屋へと慌ただしく入っていったリュクが、一瞬立ち竦み膝から崩れ落ちた場面を目撃したアグルナムは全てを察し、胸に重力がかかるような感覚に襲われた。
「あっ……ああぁぁぁ……!!」
リュクの目の前には首から胸にかけて大きな切り傷を負った父と、頭から大量の血液を流した母の息倒れた姿があった。
「嘘でしょ……?父さんッ!!母さんッ!!死んじゃやだよ!!うあぁぁぁ…………!」
「……ッ!!」
遂に泣き崩れて、屍と化した父と母へ駆け寄り身体を揺らすリュクにかける言葉が見当たらなかったアグルナムは、やり場の無い哀しみと怒りを抱えた鋭い目つきを浮かべて視線を見下ろすした。
「誰がこんなことをしやがった……!!」
眉間に浮かべた皺も深くなり、紅い髪をゆらりと揺蕩わせるその姿は悪鬼の如く。
事情を知らぬ者が居合わせたならば、この凄惨な事件の主犯だとまず真っ先に疑われるであろう佇まいであった。
「アグ……」
「ッ!?クーヴァンさ…………!?」
聴き慣れつつもどこか弱々しい声に振り返ると、そこには背に大きな刃物を突き刺されたクーヴァンの姿があった。
「今すぐ……逃げろッ……!」
「何があったんで…………」
「ガッ……!?」
「!!?」
突如空中から飛来した黒い物体によって、頭を鈍器で叩き割られたクーヴァンは、激しい出血を伴いながら地へと倒れ伏せる。
その瞳孔は完全に開ききっており、呼吸は完全に静止した。
その姿を見たアグルナムは目に涙を浮かべながら、あらぬ限りの声で叫ぶ。
「クーヴァンさぁんッ!!!」
「…………」
「……お前が……お前が村のみんなも……!!」
「…………」
「ッ!!」
黒い装束に身を包み仮面で顔を隠した者は、アグルナムの言葉に応えることなく一直線に飛翔しアグルナムの頭を狙う。
「上等だ……捻り潰してやる……!!」
空中で勢いをつけた鈍器がアグルナムの頭へと振り下ろされる。
それを鬼の形相で見上げるアグルナムは、その攻撃を身体を横にしながら無駄なく回避し、左手で首根っこを掴み上げ、勢いよく大地へと投げつける。
「オラアァァァッ!!」
「――――ッ!!?」
追撃に見舞った腹部への右拳が、黒衣の者の体をくの字に折り曲げ、衝撃が胴を貫き大地にヒビを入れる。
内臓が破裂するほどの力を叩き込まれた黒衣の者は、頭と脚が地に着くのと同時に動きが停止した。
「ハっ……ザマァ見やがれ……その悪趣味な仮面、引っ剥がしてやる……!!」
完全なる無地の仮面で隠れた顔を暴こうと、アグルナムが仮面へと手をかけたその時、辺りからぞろぞろと足音を響かせて、三人の新たな黒衣の者がアグルナムを囲んだ。
「ッ!?新手……」
それぞれが異なる得物を有して、切っ先をアグルナムへと向けて殺気を放つ。
「そうだよな……一人でこんな大それたことできるわけねぇ……まだ仲間がそこらにいるんだろ……」
黒衣の集団は、一糸乱れぬ足並みでアグルナムへと襲撃をかける。
アグルナムは腰の留め具を外して斧を右手に構える。
「全員ぶちのめしてやるッ!!」
「――ッ!?」
渾身の弧を描いた一振りを三人に纏めて浴びせ、一人は斬撃が届かない間合いで止まり、一人は右腕を掠めて切り傷を作り、最後の一人は腹部に深刻な損傷を受けてその場に倒れ血溜まりを作った。
そんな確実な死が約束された仲間を一瞥することもなく、黒衣の集団は再びアグルナムへと刃を向ける。
更に二人の援軍が駆けつけ、両手にマガルを纏わせて魔術による支援を行う構えを見せる。
「上等だ……」
髪は逆撫でるように揺らめき、紅い波動がアグルナムの身体を纏う。
自身の死と親しかった村人の復讐を覚悟した瞳は深紅に染まり、心臓の鼓動を早めた。
「殺してやるッ……!!」
―――――――――――――――――――――。
「はぁ…………はっ…………」
返り血を浴びて真っ赤に染まるアグルナムは、息を切らして座り込む。
最終的には6人に増えた黒衣の者達の死体が辺りに散乱し、ある程度は落ち着いたと判断したアグルナムは改めて仮面へと手をかける。
「……女か?こいつは……」
顕になった顔は色白の美しい中性的な顔立ちをしており、違和感を覚えたアグルナムは片っ端から仮面へと手をかける。
そのどれもが中性的な顔立ちをした特徴を有していた。
「……何なんだよこいつら…………グッ……!?」
瞳の色が元に戻り、魔導の反動が心臓へと集中し胸を抑えて崩れ落ちる。
(……ッ!?殺気……!)
刺すような視線を感じて振り返ると、剣をアグルナムの首筋へと突きに来る黒衣の者の姿があった。
心臓の痛みで動けないアグルナムは、その刃を回避する手段も余裕もなく、ただ確実な死を受け入れざるをえない状況に立たされたかに思えた。
切っ先が首筋にあと僅かな距離まで達した時、轟音が鳴り響いた。
「――――!?」
「ッ!?」
それと同時に黒衣の者の頭から出血が起こり、凶刃は首筋の一歩手前で止まって真横へと黒衣の者は倒れ込む。
頭には弾丸が撃ち込まれて即死しており、間一髪のところで助けられたアグルナムは、自身の命を救った者を察しとる。
「リュク……」
「うっ……うっ……あぁ…………」
涙を流しながら硝煙の香る猟銃を下ろしたリュクは、ふらついた足取りでアグルナムの元に行き膝を落とす。
「アグ兄……だいじょうぶ……?」
「……あぁ」
「人……殺しちゃった……人を撃つ人間にはなるなって父さんに言われてきたのに……!」
「撃たなかったら俺が死んでいた……それにこいつらは村を襲った奴らだ……お前は仇を討てたんだ……!」
「アグ兄ぃ……!うわあぁぁ…………」
アグルナムの胸に顔をうずめて感情を爆発させるリュクを慰めるように、後頭部を軽く撫でるように手を置く。
心臓の痛みと心の痛みがせめぎ合い、何とも言えない表情で静かにアグルナムは涙を流した。
「これは……」
「っ!?公国軍……!」
そこへ20を超えるであろう公国軍人が現れ、村の惨状を見回して警戒している様子を見せる。
アグルナムは一番前に立つ隊長格であろう若い男に事情を説明するために立ち上がり、リュクはその後ろをマントを掴みながら着いてくる。
「公国軍の方ですよね……駐在のクーヴァンさんはこの騒動で……」
「聞いていた話と違うな……」
「……?」
「まぁ……良い……」
意図が理解できない言葉を紡いだ男は、突如アグルナムの腕を絡め取り、背中へと回して関節を決め、そのまま体勢を崩したアグルナムの背を踏みつけて動きを封じた。
「があッ!?何を…………」
「アグ兄ッ!!」
「こいつを抑えろ」
「ハッ!!」
三人がかりでアグルナムの両腕を封じ、剣を首筋で交差させて完全に制圧する。
「悍ましい事件を起こしてくれたものだな……賊め」
「ち、違うッ!!俺がやったんじゃないッ!!そこに倒れている黒い服を着た奴らが……」
「こんな血塗れの姿で俺はやってないなどと良く言えたものだな……ええ!?」
「ガッ!?」
抑えつけられたアグルナムの顔面に若い男は踵を捩じ込み、鉄製の靴の一撃を浴びたアグルナムは派手に鼻から流血する。
「待ってよ!!本当なんだよ!!僕達は村の住人で……」
「こいつも黙らせろ」
「ゴホッ……!?」
「リュクッ!!」
異議を申し立てるリュクに対し、恰幅の良い軍人が本気で胴を蹴り上げて吹き飛ばし、リュクは腹を抑えながら吐瀉物を撒き散らし気絶した。
「ぐッ……!ぐぅぅおぉぉあぁぁッッ!!」
「なっ!!こいつ……!!」
三度心臓を高鳴らせ、瞳を紅く染めたアグルナムは拘束をちからづくで振りほどきリュクの元へ駆け抜ける。
その道に、先程リュクを蹴り上げた恰幅の良い軍人が立ちはだかった。
「ラアァァァッ!!」
「ボゴッ!!?」
容赦無く、顔面へと右拳を叩き込み恰幅の良い軍人は後ろへと倒れ込む。
倒れ込む最中に男の胸を足蹴にして、リュクの元へと飛び込んだアグルナムは、リュクを抱き上げて村の反対方向の出口へと走った。
「逃がすなッ!!追うぞ!!」
「ちくしょう……!!おああぁぁぁ!!」
「何て速さだ……!」
リュクを抱えながらも脱兎の如く速さで駆け抜けていくアグルナムを追えるものは誰もおらず、アグルナムを黙って見送る結果に終わってしまう。
何故このような事態に陥ってしまったのか何も理解できぬまま、アグルナムはただがむしゃらに走り続けた。
物語がようやく動き出します。




