第11話・魔導
「効いてる……!魔物にも銃が通用する……!」
「リュク……何でここに……!?」
「魔物だって頭を撃てば倒れるはず……!」
のたうち回る魔物に対して更に一発頭部を狙って鉛弾を撃ち込んだリュクであったが、動き回る対象に正確に撃ち込める技量を有さないリュクでは、弾が虚空を穿つだけの結果に終わってしまった。
「むぅ……!下手っぴ……!」
〘グガアァァァァッッ!!!〙
「ひっ…………!?」
潰された眼球を補うかのように青いマガルが眼孔を照らし、その不気味な眼光は新たな脅威であるリュクへと向けられ、リュクは怖気づきながらも魔物へと銃口を向ける。
全力で接近しに来る魔物を向かいうつために撃鉄を引くリュクであったが、カチッという虚しい音だけが響いた。
「あれ!?弾切れ!?」
〘グウゥゥゥアアァァァァッッ!!〙
「う……!?うわあぁぁぁ!!?」
「リュクゥゥ!!」
自分よりも遥かに大きい怪物と徐々に距離を詰められるリュクは恐怖のあまり脚が震えてしまい、遂には尻もちを着いてしまう。
その目からは涙が伝っており、表情は恐怖に引き攣っていた。
「ちくしょう……!このままじゃリュクが……!!」
這いずりながらリュクへと近付こうとするアグルナムであったが、その速度ではまず間に合わないであろうことを自覚しているアグルナムは無力感に歯噛みする。
「助けて……アグ兄……」
「ッ!!」
かすかな声色ではあったが、ハッキリと自身に助けを求める声を聞いたアグルナムは痛む身体に鞭打ち、片膝を立てて駆け出そうと試みる。
その瞬間に、アグルナムの心臓が高鳴った。
(ッ!? この感覚は……賊に殺されかけたあの時と一緒だ……!!)
激しく鼓動する心臓に身体が熱くなるのを感じたアグルナムは目を閉じ、右手で左胸を抑えてその鼓動を深く感じ取る。
するとアグルナムの身体から紅い光が漏れ出し、その光は心臓へと集束してゆく。
(あの時よりも……遥かに力が湧いてくる……! 身体の痛みも引いていく……! これなら……いける!!)
カッと目を開き、立ち上がった勢いのままリュクへと前進して行く。
その瞳は、光と同じ深紅色に染まっていた。
魔物は着実に尻もちを着いて動けないままのリュクへと近づいて行き、遂にはあと数歩踏み込めば好きに料理できる距離へと接近してしまう。
リュクは恐怖のあまり何も防げないであろう両腕で頭を庇うように覆い、下を向いて目を閉じる。
魔物の影がリュクの身体を覆った後、その剛腕を振り下ろして辺りに鈍い音を響かせた。
「―――ッ!!………あれ?」
自身に降り掛かるはずだった凶手は、振り下ろされる途中で何者かによって防がれたことをリュクは理解する。
目を開けて眼の前を見据えるとアグルナムが自身の盾となって、交差した両腕で凶手を防ぐ姿があった。
「ア……アグ兄ぃ……!」
「ふぅぅぅぅんぬッッ!!」
〘グガアァァァァッ!?〙
人の力ではまず防ぎきれないであろう剛腕を、両腕を用いて受け止めるアグルナムに対し、動揺の声色で威嚇を行う魔物は、すぐさま凶手を引っ込めてアグルナムの顔へと拳を放つ。
「ダッッ!!!」
〘グギィッッ!!?〙
拳の勢いがつく前にアグルナムは頭突きで迎えうち、マガルで形成された凶手は指がひしゃげて破壊されてしまう。
紅い髪を束ねる白いバンダナが破れ、アグルナムは乱れた髪と破れた額から流れる血液を振り回しながら魔物の顔へと拳を叩き込んだ。
その拳には深紅色のマガルが纏わっていた。
「オゥラアァァッッ!!」
〘ギィヤアァァァッッ!?〙
硬い肉が凹むほどの破壊力を秘めた拳を叩き込まれた魔物は、のたうつように大きく後退しマガルを顔へと集中させる。
「す……すっごい……!あんな巨大な熊を拳でぶっ飛ばすなんて……!」
「リュクッ!!今のうちにさっさと逃げるんだッ!!」
「い……!嫌だっ!!僕も村の為に戦うんだ!!」
「……ッ!だったら今のうちに弾を銃に込めるんだ!!いつでも撃てるようにしておけよ!!」
「う、うん!!」
一喝されたリュクは急いでポーチに入った鉛弾を5発分弾倉へと込める作業を行う。
〘ウゥゥゥギィィィヤアァァァッッ!!〙
「ひ……!!ヒィィィ!?」
「まだ強くなるってのか……!」
顔をマガルで覆った魔物は、その顔を異形のものへと変化させ、二つの前脚を更に凶悪な腕に変体させて殺気の籠もった咆哮を轟かせた。
「ん……?ねぇアグ兄!あの魔物、首の下に何か亀裂みたいなのが入っているよ!!」
「なにッ!?」
首へと目を凝らすと、小さな青い亀裂のようなものが魔物の身体に刻まれていることをアグルナムは確認し、それを見たアグルナムは父デアンの物語を思い出していた。
(そういえば親父の物語に……不死身の魔物との戦いで、古傷のような箇所を全力で攻撃することで何とか倒すことに成功した話があった……もしかしたらあの亀裂も……)
「リュク……あの首にある亀裂に攻撃を仕掛けるぞ、常にあの傷の場所を狙うんだ!」
「うん……!」
斧を右手に構え直しアグルナムは魔物へと前進する。
〘シャアッッ!!〙
形成した禍々しい両腕を振り回し、斬撃状のマガルをアグルナムへと飛翔させる。
「ちいぃぃッ!!」
後ろにいるリュクへ被害が及ばないように、手に持った斧を用いて斬撃を両断する。
両断されたマガルは宙で霧のように溶けてゆく。
「いつまでッ!撃ってッ!来やがるッ!クソッ!!」
「ううっ……これじゃあ弾も通らない……」
休まることなく放たれる斬撃の対応に追われ、アグルナムは前進もままならない状況に疲弊してゆく。
斬撃が飛び交い、相殺の衝撃で防風が吹き荒れる状況では弾も通らず、リュクは歯噛みしながら機会を伺い続けるしか無かった。
「ちく……しょお……!このっ……ままじゃ……!」
「アグ兄……!」
〘ガッ!?〙
「ッ!何だ!?」
突如魔物の顔に白色の爆発が発生し魔物の連撃を中断する。
「付け焼き刃でも……不意を突けば何とかなるものだな」
「クーヴァンさん!」
マガルの散弾を浴びて傷だらけの身体を無理に起こしながら、クーヴァンはマガルの弾丸を魔物へと飛ばし隙を造ることに成功する。
「アグッ!今が好機だ!……ぐッ!!」
「上等ォッ!!」
身体の負担に耐えられずクーヴァンはその場に倒れ込む。
クーヴァンの健闘を汲むために、アグルナムは全速力を持って魔物へと接近し、首の亀裂へと斧を振り下ろす。
〘ギィィィッ!!〙
「ちぃッ!?」
形成した片腕でアグルナムが振り下ろす腕を止められてしまい、斧の片刃は魔物の肉体へと到達することなく宙で震え続ける。
〘ジョアァァァッッ!!〙
「ガっ……!しまった斧がッ……!?」
片腕を思い切り振り抜かれたことで、斧を持つ右腕が大きく吹き飛ばされ、そのあまりの勢いに斧を空中へと手放してしまう。
「今だッ!!」
〘ギィィヤッッ!?〙
「当たったけど……亀裂は外したッ……!」
体勢を崩したアグルナムを救出すべく、リュクは魔物の身体へと銃弾を撃ち込む。
惜しくも亀裂へと届くことは無かったが、魔物の動きを止めるには充分な一撃であった。
「助かったぜリュク……斧がねぇ以上は取っ組むしかねぇな……!!」
〘グウゥゥッ……!〙
身体を大きく見せるように両腕を上げる魔物に対し、アグルナムは中腰の姿勢で両腕を前に突き出し、魔物の身体へと組み付く覚悟を固める。
〘ジャアッッ!!〙
「らあッ!!」
〘ガウッ!?ガァァァァァァッ!!〙
「暴れんじゃねぇッ!!くあぁぁぁッ!!」
優れた体躯で襲い来る魔物の腰へと組み付き、後ろに回って首を太い両腕で締め上げるようにしがみつく。
動揺する魔物は、組み付くアグルナムを振り落とそうと身体を振り回したり、締め上げる両腕に対し前脚で打撃を加えたりと暴れまわる。
「おらあぁぁッッ!!」
〘グガアァァァァッッ!?〙
反り上げるように首を締め上げて頭が上がったことで、首の亀裂があらわとなる。
「くッ……くそおッ!?この状態じゃ……亀裂に攻撃まではできねぇ……!! リュクゥゥッッ!!」
「!」
「き、亀裂を撃つんだッ!!今のうちにッ!!」
「そ……そんな!無理だよッ!!アグ兄にまで当たっちゃう!!」
あらわにはなったものの、身体を振り回して暴れまわるが故に首の位置がズレ続ける今の状況では、アグルナムへの被弾のリスクが高まり、自身の銃の腕前にそれほどの自信を持たないリュクは撃つのを躊躇ってしまう。
「俺ごとだって構わねぇ……今がッ……チャンスなんだぁッ!!」
「でも……!でもぉ……!」
「覚悟決めろッ!!村一番の……猟師になるんだろうがぁリュクゥゥッ!!お前なら……できるッ!!」
「ッ!!」
その言葉に勇気づけられたリュクは、魔物へと銃口を向けて全ての意識を亀裂へと注ぎ込む。
「はぁ……!はぁ……!」
息を乱しながらも狙いを定めるリュクであったが、アグルナムを巻き込まない理想の射撃を模索しているがために、未だ好機を掴めずにいた。
〘ギィィッッ!!〙
「ッ!!?がっはっ………」
「ッ!?アグ兄……!」
魔物の背後からマガルが放出され、組み付いたアグルナムの身体を打ち付ける。
あまりの威力に気を失いそうになるアグルナムを見て、残された機会が少ないことをリュクは理解する。
「撃つ……!はぁ……!!撃つんだ……!!」
体勢が不十分でアグルナムへの被弾が懸念される状況であったが撃たなければ全てが終わる今の状況、そしてアグルナムに与えられた勇気の激励が、撃鉄へと手をかけせたその瞬間であった。
(……あれっ!?何か動きが……止まってる……!?)
リュクは全てが制止した世界に一人取り残される。
魔物もアグルナムも環境も全てが固定された世界の中で、リュクはアグルナムを巻き込まない絶好の射撃タイミングを得ていることに気付き、その撃鉄を弾いた。
〘ギャッ!!?ガ……ガ…………〙
火薬の音と香りが草原に響き渡り、魔物は一瞬苦しんだ後に天を仰ぎながら直立不動で身体を固める。
組み付いていたアグルナムは、身体の限界に近かったこともあり、魔物から腕を離して倒れ込んだ。
「づッ……!やったのか……!?」
「ふっ……ふー…………」
〘―――――――――――――〙
天を仰いだまま動かない魔物に対して警戒を強める二人であったが、魔物は動く気配を見せない。
そんな魔物の亀裂から大量の青いマガルが吹き出した。
「うおッ……!?マガルが……」
「倒した……の?」
青く光るマガルは徐々に白へと染まってゆき、魔物の身体から溢れ続ける。
周囲を白く染めるほどのマガルが霧散した瞬間、魔物は地へと倒れ伏し、マガルの流出が完全に制止した。
「……倒した」
「……勝った……勝った……!勝った勝った!!やったよアグ兄ー!!」
先程までの気迫の籠もった顔はどこへやら、リュクは年相応の満面な笑みを浮かべながら、アグルナムへと飛び込んで行った。
「――ッ!?いっでぇぇぇ!!!」
「あ……ごめんアグ兄」
主に全身を負傷しているアグルナムは、自身の約半分ほどの体重であるリュクの抱擁にすら激痛が走ってしまい、堪らず脚をピンと伸ばして叫んでしまう。
「つぅー…………リュクッ!!」
「うッ……」
全てが終わり一息つく余裕ができたアグルナムは、危険を犯しに来たことと、自分に激痛を与えた今の状況を叱ろうと声を荒げたが、心から反省している目つきで見上げられたことで怒りが引いていき、頭に手を置いて優し気な声色で言葉を続ける。
「……本当はお前の行動を咎めるべきなんだろうけど……お前が来なかったら俺達は間違いなくヤられていただろうな……ありがとなリュク」
「……!えへへ……!」
お互い歯を向いた笑顔を見せ合い、勝利を称え合う。
そこへ重い足取りながらも、二人へと笑顔で近づくクーヴァンが声をかけた。
「やったな……二人とも」
「クーヴァンさん……身体は大丈夫ですか?」
「痛むが命には別状無いさ。
全く、時間を稼ぐつもりがたった三人であんな魔物を討伐してしまうとはな……実感が湧かん……」
「ふっふー僕の銃のおかげだね」
「調子に乗るなッ帰ったらお前の親父さんに怒られて貰うからな」
「えぇっ!?勘弁してよアグ兄〜」
「……それより二人共、その目……どうしたんだ?」
「目?……そういえばリュク、お前両目の色が緑っぽくなっているな」
「え、ホント?……というかアグ兄も目が真っ赤だよ……」
「え?…………グッ!?があぁぁぁ……!!」
「アグッ!?」
「アグ兄!?」
突如アグルナムは胸を抑えて苦しみだす。
苦しみに満ちた瞳からは深紅が抜け落ち、従来の黒色へと変化していた。
「し……心臓が……心臓が締め上げられているみたいだ……」
「……うッ!?頭が……割れるように……痛いぃ……!!」
「リュクまで……!」
リュクの瞳も翡翠の色が抜け落ち、元の茶色い瞳が顕になったのと同時に頭を抑えて痛みに悶える。
クーヴァンは苦しむ二人に寄り添い、静寂の草原で二人が痛みから立ち直るまで数分の時を要した。
「うっぐ……だいぶ落ち着いてきたかも……」
「……二人とも、闘っている最中に何かこう……いつもとは違うような感覚を覚えなかったか?」
「俺は……心臓の鼓動が強まって身体に力が湧いてきました、魔物にも張り合えるくらいの……」
「僕は……弾を撃つ前に動きが止まって見えた……魔物もアグ兄も何もかも……」
「……もしかしたら二人は【魔導】に覚醒したのかもしれないぞ」
「魔導……?」
「魔導というのは……身体に流れるマガルが変色して増大し、異常な力をもたらす事象のことだ。
先程戦った魔物のように凄まじい力をもたらしたり、変色したマガルが特殊な力を有したり……」
「魔術とは……違うんですか?」
「魔術は体内のマガルを様々な方法で練り上げて外に放出し、多様な力を引き出す事象だ。
練り上げ方によって多様な効果を発揮することができ、マガルの扱いに優れるものなら誰でも扱える魔術と違い、魔導の発現は完全に個人差が出るものだ。」
「うーん……選ばれた人しか使えないすっごい力ということ?」
「確かに強力ではあるが……強大な力を持ったマガルが身体の中で増大し続けるが故に、身体の許容量を超えて魔物化する危険性をはらんでいるんだ」
「魔物に……!?」
「あぁ……人が魔物化する原因の一つでな……魔物へと導かれる力、ゆえに魔導と呼ばれているそうだ。
それに、二人の様子を見るに身体にも大きな負担がかかる力でもあるのだろう……」
「なんか……怖いな……」
「あまりその力には頼らない方が良いな……制御できる力なのかはわからないが……」
「リュクを助けないとって焦った時と、賊に殺されかけた時に勝手にあの状態になったから……自分の意思でどうにかできる力なのか不安がありますね……」
新たな不安の種が芽吹いたことで重い沈黙が流れる状況を断ち切るために、クーヴァンは二人へと気休めの言葉をかける。
「ま……こんな命が絡むようなトラブルは平和な村にそうそう訪れることは無いさ、なら魔導にだって頼ることも無いだろう?」
「それも……そうですね」
「とりあえず村に戻ろう、そこで公国軍の到着を待って討伐の報告を行ったのち、避難した村人達の迎えも手伝って貰う。
二人は村に戻ったら休んでいるといい」
「ありがとうございます……ん?」
ふと倒れた魔物と化した熊へ目をやると、肉体が白いマガルへと徐々に変換され消えてゆく姿をアグルナムは目撃する。
「これは……」
「……魔物と化した者の末路なんだろうな、二人もこうはなるなよ」
「ええ……」
自分達を苦しめた元凶であった魔物も、元を辿れば森に生きるだけの熊であり、理から外れた生命に造り変えられた挙げ句、土に還ることも無い死を迎えた熊に対して哀れみの気持ちを三人は抱いていた。
そして村へと戻る最中のこと――――――
「うー……やっぱりまだ頭が痛い……」
「辛いならおぶってやろうかリュク?」
「だ……だいじょうぶ……」
「……」
「クーヴァンさんも大丈夫ですか?顔色が優れないですよ……」
「脅威は去ったというのに……なぜだか嫌な予感がするんだ……」
「え……?」
「すまんが私は先に行かせて貰う……」
「あっ……クーヴァンさん……?」
脚を引きずりながらも早足で村へと駆け出したクーヴァンを見て、残された二人もなぜだか不安が胸中を渦巻いた。
「……ねぇアグ兄、僕たちも急ごう?」
「あぁ……走れそうか?リュク」
「だいじょうぶ……」
後を追うように、歩調を合わせて村へと脚を急がせるアグルナムとリュク。
急いだかいもあって数分で村へと辿り着いた二人であったが、入口の門から村に入ってすぐに驚愕の表情を浮かべて立ち竦んだ。
「なんだよ……これ……」
「…………」
目の前には村の家屋が破壊され、村人達が惨殺された耐え難い現実が広がっていた―――




