第10話・魔物との対峙
「この辺りでいいか……」
魔物化した熊がいるという森の入口付近に陣取り、深呼吸を行うアグルナムは風も無いのにざわつく森に不穏な空気を感じ取っていた。
「ベントさんが言っていた通りだな……いつもの森とは何か違う雰囲気がする……」
「アグッ!!」
「ッ!クーヴァンさん……!どうして……」
息も絶え絶えにアグルナムを追ってきたクーヴァンは、一呼吸つき心境を語った。
「……正直嫌な予感がしていてね……アグの言う通り誰かが時間を稼がないと逃げ切れないだろうっていう不安があった……ただその役目を自ら打って出るような勇気は……私には無かったよ」
「でも……ここに来た」
「……ふふっ誰かさんの蛮勇に当てられたのかもな、軍人でもない村人が率先して戦いに行くのに、黙って見届けるのは偲びないってね」
「恐縮です……でも危なくなったら直ぐに逃げてくださいよ」
「お互いにな……」
二人が森の入口で身構えてから約3分が経った頃、代わり映えしない状況に緊張感が高まった両者は軽口を叩いて心を落ち着かせようと試みる。
「……来ませんね魔物、もしかしたらそんなの本当はいなかったりして」
「ベントは少し大袈裟なところがあるからな……普通にデカいだけの熊だったのかもしれん」
「それはそれで怖いですけどね、まぁ見間違いならその方が村に取っては良いんですがね」
「私が本国から大目玉を食らうだけで済むのにな」
「ははは……は………………ッ!?」
「ッ!?この重圧は……!」
森から醸し出された不穏は大いなる殺気へと様変わりし、入口の空間が歪むような錯覚さえ覚えるほどの重圧が二人の身体を打ち付ける。
青い光が入口から垣間見えた瞬間に、静寂を破ってそれは姿を現した。
〘グウゥゥゥゥ…………〙
(な、なんてデカさだ!!)
(デカいだけじゃない……本来白色で統一されているはずのマガルが青く変色して肉体から溢れている……とんでもない量のマガルだ……)
四つ脚の状態からでも2.5メートル以上はあると伺える体躯に、瞳からも溢れ出る青いマガルの光が彩る鋭い視線が二人を威圧する。
言葉を出せずに武器も取り出せないまま固まった二人を品定めするかのように、魔物と化した熊はスンスンと臭いを探っていた。
「……」「……」〘……〙
まるで時が止まったかのように長い静寂が場を支配し続ける。
とうとう環境音すら聞こえなくなった状況に呼応するかのように、青い光が魔物の身体に纏わりつき闘いの幕開けを告げた。
〘ガアアアァァァァァァッッッ!!!〙
「づッ……!?」
「ぬぅッ……!!」
鼓膜をつんざくけたたましい咆哮が、大嵐を呼び寄せたかの如く草木を震わせる。
闘いに慣れている二人であっても耳を塞ぎたくなるほどの轟音は大きな隙を生み出すのに効果覿面であった。
〘ジャアッッ!!〙
「がっはッ!?」
「アグッ!!」
青いマガルの光が矢のようにアグルナムの胴へと突き刺さり、アグルナムは大きく吹き飛ばされる。
鋼のような硬度を誇るマガルは内臓を抉り、堪らず吐血したアグルナムは追い討ちをかけられるかのように、空中での勢いのまま硬い木へと背後から激突する。
衝撃に耐えきれなかったアグルナムは、自然と片膝を着き痛みを抑えるかのように、血が流れる口から荒い呼吸を漏らす。
「がはッ……ぐッ……!!」
「くそッ……!!」
〘ガアッッッ!!〙
「ぬッ!?」
気を取られている内に魔物に間合いを詰められたクーヴァンであったが、脚は常に一歩下がれる気構えを崩さなかったため剛腕の一撃を間一髪で回避する。
回避際に抜いた剣を持つ右手に白い輝きを発生させ、剣へと纏わせる。
「英雄男爵の剣……!」
光を纏わせた剣を両手で持ち、勢い良く魔物の脈へと突きを敢行したが、青いマガルが剣の光を啜るかのように吸収してしまい、刃が肉へと突き刺さることは無かった。
「駄目かッ……!」
弾かれながらも油断することなく体勢を瞬時に整えたクーヴァンは、切っ先を魔物から逸らさぬように間合いを取る。
(付け焼き刃の魔術ではただただ相手に餌をくれてやるだけだな……しかし、マガルを纏わせない剣では硬い肉に弾かれるだけ……どうする……!)
〘グォォアァァッッ!!〙
「くっ……ぐッ!!」
魔物から溢れ出るマガルが、3本の束となってクーヴァンへ襲いかかり、全力で回避に集中するクーヴァンであったが、薄皮一枚で避けるのがやっとな速度で襲い来る触手のようなマガルの攻撃で確実に疲弊していく。
「ぬあッ!?」
とうとう脚をもたつかせたクーヴァンは体勢を崩してしまい、絶好のタイミングで顔面へと迫りくる青いマガルを回避することが不可能な状況に陥る。
〘グギャアァァァッッ!!?〙
「……ッ!?何だ……?」
来るはずだった攻撃が自身の顔に到達する寸前に、魔物の苦しむ叫びと共に一斉に青いマガルが引っ込んで行く。
状況を確認しようと魔物の方を向くクーヴァンの瞳には左の前脚を切断された魔物の側に、アグルナムの姿があった。
「親父の言った通りだ……良く斬れる上等な斧だぜ……!」
「アグ……!流石の膂力だ……」
身体にダメージを残しつつも、クーヴァンに気を向けた隙を逃さないように全力で駆けた勢いのまま振るった斧が前脚を跳ね飛ばすことに成功する。
魔物は切断された前脚の断面から青いマガルを垂れ流していた。
「化け物が相手なら加減は無しだ……!次はど頭をかち割るッ!」
(何だ……!?かなりの負傷を与えたというのに湧き上がるこの不安は……!)
体勢を崩す魔物へと斧を構えて一直線に駆け出したアグルナムは勝利への勝ち筋を見据えていたが、クーヴァンはそれに反して大きな不安を胸に抱えていた。
迫りくるアグルナムに対応するかのように後ろ脚により二足歩行へと以降する。
切断された前脚にマガルが覆い被ると失われた前脚よりも凶悪で醜悪な大爪を有した凶手を形成した
「んなッ……!?」
〘ジャアッッ!!〙
「がッ……!?……がっはぁぁ!!?」
「アグーッ!!」
〘シイィィィ!!〙
「ぬあぁぁッ!!」
形成された凶手がアグルナムの胴体へと伸びてゆき、空中へとカチアゲたアグルナムの肉体をはたき落として大地へと勢い良く叩きつける。
援護に入ろうと駆けつけるクーヴァンに対し、礫状のマガルを散弾のようにぶつけ、軽鎧が破壊されるほどの威力にクーヴァンは堪らず吹き飛ばされる。
両者が大地へとひれ伏し絶対絶命の状態に陥ったことを確信した魔物は、二足歩行でゆっくりとアグルナムの元へと歩みを進める。
「ぐッ……がはっ……!ちくしょう……!動けねぇ……」
木に衝突したダメージも合わさって致命的な損傷を受けたアグルナムは、口からの出血を伴う胴体の痛みに身体を動かすことができずにいる。
とうとう魔物の影が自身の身体を覆う距離まで近づかれ、アグルナムはあまりの恐怖に笑いをこみ上げる。
「は……はは……でっけぇや……」
〘ガアァァァッッ!!〙
形成した凶手を振り上げ、倒れたアグルナムへと打ちつけようとする。
魔物の胸の辺りまで腕が振り抜かれた時、火薬が弾ける音がこだました。
〘ガッ!!?ギィヤアァァァッッ!!!〙
「ッ!?」
音が鳴り響いたのと同時に、魔物の目から青い光が大量に溢れ出し、魔物は後ろへと倒れ込んで苦しみ出す。
自身を苦しめた魔物に会心の一撃を放ったであろう、音が鳴った方向へと目をやるとそこには猟銃を構えた小さな少年が立っていた。
「リュクッ……!?」
「はぁ……!はぁ……!」
恐怖に息を切らしながらも確かな一撃を魔物の眼球へと撃ち込んだリュクは、口元に笑みを浮かべた。




