寝起き
三題噺もどき―さんびゃくさんじゅうご。
耳を裂くような鋭い電子音が、部屋中に響く。
枕元で鳴り響くそれを、手探りで見つけ、上から思いきり叩く。
目覚まし時計をとめるだけなので、叩く必要性は全くないんだが……。
「……ん」
今時珍しいと言われるこの目覚まし時計。
何が珍しいのかと聞くと、大抵の人はスマホなどのアラーム機能を使っているからだよと、言われる。
なるほどそうかと納得しつつ、それだけで珍しいと言われるほどかなとも思わなくはない。
その上、自分はあの目覚まし時計に起こしてもらうのが当たり前なので、今更スマホに頼ろうとは思わない。
「……」
重い頭を上げつつ、瞼を開き、先程叩いた目覚まし時計を見る。
電子板が、いつも通りの起床時間を示している。
寝起きでスマホの光を浴びるよりは、こっちの方がいいよなと思っているのも、スマホのアラームを使わない理由になっている。
あれは、普段使っていても目がやられそうなのに…寝起きの私にはただの毒だろう。
「んん……」
未だ頭はぼんやりするが、さっさと起きて動くことにしよう。
うつぶせになっていた体を、合う向けになるように回る。
そのまま両手をベッドにつき、上半身を起こす。
ん~……背中が痛い。
「……」
両足を床に落とし、ゆっくりと立ち上がる。
まるで年を取った人間のような気分だ…。毎朝毎朝……。
どうしてこうも億劫になるんだろうな……。
億劫というか、単に体が重くて動きが緩慢になっているだけなんだろうけど……。
「……くぁ…」
なんとか立ち上がた体を引きずるように、キッチンへと向かう。
とりあえず、なぜかものすごく喉が渇いているので水分が摂りたい。
飲む前に軽く口もゆすぎたいし。
「……ふぅ」
キッチンにたどり着き、シンクに手をつく。
ここまでの数歩が重い……そんな年じゃないはずなんだが。
この程度で溜息が漏れるかね……。
まぁいいや。今はそんなことどうでもいい。
さっさと目を覚まして、動くことにしよう。
今日は何か予定があったような気がしてきたのだ。
「……」
きゅ―と蛇口をひねる。
水の下に手をだすと、程よい冷たさが体中に広がるような感覚がした。
数秒程さらした後、手で器を作り、水を溜める。
「……」
それを口元に持っていき、軽く口をゆすぐ。それを数回。
濡れてしまったからついでに顔も洗おう。
ぱしゃ―と、顔に水が当たるたびに、少しずつ、確実に思考クリアになっていく気がした。
「ふぅ……」
あ。
ここにタオルないのに洗ったら、拭けないじゃないか。
何も考えずに顔を洗ってしまったが……洗面台まで行けばいいんだけど。
濡れてるしなぁ……。
「……いっか」
どうせ1人なんだし。
自然乾燥と行こう。
それより水分が摂りたい……。
その間に少しでも乾くだろう。もしかしたら、冷蔵庫の冷気で良い感じに冷やされつつ乾くかもしれないし。
……起きたつもりでいたが、まだ寝ているのかなコレ。
「……」
キッチン横にある冷蔵庫を開く。
中にたいしたものは入っていない。
1人暮らしだし、そこまで料理にこだわりもないので。何ならしたくない。
少しの食材と、水と、お茶ぐらい。酒はあまり嗜まない。
「……」
水の入ったボトルを取り出し、適当に手に取ったコップに注ぐ。
小さめの百円ショップで買った、やつの半分程。
それを、口内へと流し込んでいく。
顔を拭いていないので、乾ききっていない雫が、首元に流れてきた。
「―、―、―っふぅ」
ほとんど一気飲みのような感じで、水を流し込む。
ん。
なんだか。
ようやく覚醒した感じがしている。
「……」
というか、ホントにここまでずっと寝ぼけていたんだろう。
思考こそ、そこそこクリアだったにしても、体が追い付いていなかった感じだろうか。
なんか…久しぶりにこんなことになっている。
「…かみまでぬれてる」
いつもなら、顔を洗う際は、濡れないようにシュシュで軽くまとめるのだ。
今日はそれにも気づかずに、洗ってしまったから、毛先のほうなんて風呂あがりのようになっている。
シュシュは、洗面台に置いているので、ここで立ち止まって顔を洗おうと思い立った瞬間に洗ってしまえば、髪は濡れるに決まっている。
「……」
想像以上の今日の寝起きの酷さに、呆れつつ、さてどうしたものかと。
考え始めたあたりで、腹の虫が鳴った。
ふむ。
キッチンにいるし、いっそ何かを腹に入れてしまうか。
時間は、見間違えていない限りは、余裕があるはずなので。
―今思いだしたが、今日は水族館に行くのだ。友達と。
「……」
朝から、こんな状態だが、大丈夫だろうか……。
今日一日の始まりだと言うのに…こんな。
「……ぁ」
何かないかと探した冷蔵庫の中。
正確には冷凍庫の中。
数日前にコンビニで買ったソフトクリームのアイスを見つけた。
今日の朝食はこれでいいだろう。どうせ外でちょこちょこ食べるだろうし。あまり腹を満たしていては、もったいない。
「つめた……」
当たり前の感想を述べつつ、リビングへと戻る。
幸い、顔はある程度乾いていたので、放置だ。どうせ後でもう一回洗うだろう。
口の中でソフトクリームを溶かしつつ、再度時間の確認をする。
よし……まだ余裕はあるな。
「……んま」
なんでコンビニアイスってこんなにおいしいんだろうなぁ。
……あぁ違う。今はそういうのどうでもいい。
余裕があるとはいえ、約束の時間がきっちりとあるんだ。
さっさと準備を始めるとしよう。
お題:ソフトクリーム・水族館・シュシュ