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ドラグスケイル:オーバーステラ  作者: 伊丹巧基
第一章 竜と少年少女たち
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008

挿絵(By みてみん)


     *****


「ゼプト様、紅茶が入りました」


「うむ。もらうぞ」


 街から少し外れた、日本にしては珍しい森に囲まれた洋館の一室。外に見えるのは枯れ木に囲まれ、少し老朽化した庭園。朝の時間帯、青々とした晴れ空が見える室内で、ゼプトと呼ばれた男は優雅にソファーに座りながら、執事らしき男から手渡された紅茶のカップに口をつけた。


 日本人ではない。青いグラデーションのかかった髪に金色の目。明らかに現代社会とは程遠い儀礼服を身にまとった姿は、人間離れした彫刻のような美しさがある。その姿はルーネと同じ、人の形をした竜の心臓を持つ者――魔人。


 そしてその反対のソファーに座るのは、対照的に純粋な日本人、撫でつけた髪に切れ長の目、小洒落たワンポイントの入ったスーツの男だった。


 執事も合わせると3人しかいないその室内で、ゼプトが呑み終わるのを見届けてから、対面に座った男が口を開く。


「申し訳ないね、ゼプト。この街の空いてる物件で使えそうな場所はここぐらいしかないんだ」


 日本の都内に残っている数少ない洋館というだけで、その価値は普通の一軒家の比ではない。この家屋を用意できるだけでも、その男の資金力がよく分かる。調度品も明らかに一級品で手入れが行き届いていた。


 しかしゼプトは興味なさげに外を見ながら鼻を鳴らす。


「それはいい、行町(あるきまち)。もてなしは感謝するが、寝床と紅茶があるだけで十分だ。それよりシルヴァ・ヤーネフェルトの安否と宙匣(そらばこ)の魔人――ルネットの捜索はどうなっている?」


 対面の行町(あるきまち)と呼ばれた男が答える。


「シルヴァ・ヤーネフェルトは我々で死亡を確認した。竜核炉を失った弊害か、損傷が酷かったが……死因は戦闘中の負傷だろう」


「……我が長年の強敵に敬意を」


 ゼプトが額に軽く手を当て目を閉じる。


「で、ルネットはどうした。シルヴァではない者がアルトゥバンに搭乗していたということは、すでに竜核炉(りゅうかくろ)を何者かに手渡しているはずだが」


 行町は少し苦い顔をした。


「残念だが、まだ見つかっていない。この街からはまだ出ていないはずなんだが、詳細な位置が掴めなくてね。総動員で探してるよ」


「面倒なことだ。我が出て竜気を片端から辿ればすぐに済むものを」


 白いロボット――パラヴァタクシャで探せばすぐに終わる話、ゼプトはそう考えているのだろう。しかし、行町としてはあまり暴れられても困るというのが本音らしい。


「それは無理だ。我々復元機関の日本支部の拠点とはいえ日中は目立ちすぎるし、第一ここは人口密集地、下手に騒げばSHELF(シェルフ)が昨日の倍以上の数で駆けつけてくることになる」


 ゼプトの外を見る目つきが険しくなる。


「やはり昨晩出張ってきた現代兵器はSHELFの物か。これまでの妨害に比べて大きく出たな」


「ああ、部下の調べだとアレは二脚兵装の『BV-203ビショップ』だと分かった。英国の最新鋭機と言われているが、公式的な戦闘記録はない。そんなものを持ち出してきたってことは、彼らもルネットを確保したくなってきた様子だね」


 そこまで言って行町がちらりとゼプトの方を見るが、ゼプトは忌々しいという表情を浮かべただけだった。


「フン、邪魔立てするしか能のない奴等め。あの黒い二脚さえ来なければ昨日の時点でルネットを確保し、本部へ帰還していただろうに」

「そうは言っても、彼らは現代兵器で竜術機に対抗するだけのノウハウを十分持っている。いくら最強の魔人たる君でも警戒するに越したことはないんじゃないか」


 その瞬間、外を見ていたゼプトが行町の方に向き直り、その金色の瞳を猛禽のように輝かせながら睨みつけた。


「言葉に気をつけろよ、行町。我と貴様は対等ではない。貴様は所詮、たかが東の果てのいち代表に過ぎん。我に助言など要らぬ」


 室内の空気が凍り付く。


「……それは失礼した。あなたの言う通りだ。謹んでお詫びしよう」


 そう言って頭を下げたものの、顔を上げた行町の顔はそれなりに険しくなっていた。


「とはいえここは日本だ。あなたの北欧とは何もかもが違う。こちらのやり方には従ってもらいたいね」


「無論分かっている。事前にそういう話で手打ちとしたのだ。見つけるまでは貴様に任せるとしよう」


 そうしてもらいたいね、と言う行町は冷ややかな目でゼプトを見つめていたが、肩をすくめると目の前にあった冷えたコーヒーに手をかける。


 無言の間が空いて、ゼプトの前に執事が朝食らしきワンプレートを運んできた。ワンプレートではあるのだが、目玉焼きもサラダもトーストも、通常の人間の食べる量の数倍は積まれている。


「ふむ。日本の食材は中々美味と聞く。賞味させてもらおうか」


 行町が眉をしかめるのも気にせず、ゼプトはナプキンを首に巻くと、ナイフとフォークで豪快にそのワンプレートの上の料理を喰らい始めた。ナイフで切り分けた意味を感じさせない量を一気に口に放り込み、噛んでいるのかも分からない速度で飲み込んでいく。プレートに積まれていた食事の山が消えていく様子を、行町はやや圧倒されたように見つめている。


 ふと、その途中でゼプトがナイフを動かす手を止め、口元にはねたソースをナプキンで拭き取りながら行町に声をかける。


「そういえば、捜索に加わっている腹心の部下とやら、優秀なんだろうな?」


 行町は気を取り直したように頷くと、ニコリと笑った。


「ええ、もちろん。まだ若いけれど優れた竜術機の使い手だ。日本支部であの機体を乗りこなせるのは彼女だけ、きっとあなたの期待に応えられるだろう」

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