006
考えたいことはたくさんあった。今の話で分かったのはルーネが追われているという事実までだ。彼女を追う復元機関と、その刺客である魔人ゼプトのパラヴァタクシャ。
何もないところから取り出せた武器、虚空に消えた赤いロボット。復元機関という得体の知れない組織に、存在すら不確かな魔人同盟。ルーネを救うために60年間戦い続けたシルヴァという女性と、その彼女を倒した謎の黒いロボット。そして最後に自分との出会い。
(クソッ、こんなわけのわけんないこと考えるより、英単語覚えてた方がまだマシじゃないのか)
しかし。そこで一度深呼吸する。今は細かい疑問点を解消する前に知らなければならないことがある。
「だいたいは分かったよ。で、こっからどうするんだ?」
「どうするんだ、って?」
「このあと、ってことだよ。今日は逃げ切れたけど、あんなのその場しのぎでしかないんだろ? その上で、ルーネはどうしたいんだ」
ルーネは最初、その言葉を口にするのをためらっているように見えた。部屋の時計が規則的な音を響かせる。
「……そもそも私の旅の目的は、安息の地になる場所を探すこと。その過程で知った魔人同盟の手がかりを求めて、私はシルヴァとこの街に来た。だけど今は、どうにか奴らから逃れないといけない。目的を果たすためにも。でも……」
でも、と続けようとしたところでルーネは言葉を詰まらせた。言いかけた続きは何か。それは、シルヴァという彼女と共にいた人の喪失。もう帰ってこない、大切な人。
その時点でもう、自分の口は勝手に言葉を吐き出していた。
「――なら、俺がシルヴァの代わりになろう」
「え?」
「ルーネにはそもそもあのロボットを動かしてくれる相棒が必要なんだろ? じゃないと、わざわざ俺に鍵なんて刺さないもんな」
ただの推測だったけれど、ルーネの反応を見た限りそれは事実のようだった。
「そ、それは……そうだけど。私は誰か竜核炉を持つ人が必要。でも、それは……」
「あ、もちろん俺で代わりになれるなら、だけどな。逆に他に当てがないんだったら俺があの人の代わりになるよ」
ルーネは複雑な表情を浮かべて、諭すように言う。
「申し出は嬉しい。私も正直お願いしたいくらい。でもセツカ、これは安請け合いしていい話じゃないんだよ。さっきは危ないところだったから直感的に答えたのかもしれないけれど、今度は別。本当にあなたの人生もかかってる。私が言うのもなんだけど、私と一緒に来るということは、あなたの今の生活を失うってことなんだよ。この平和な生活を」
「それは分かってる。いや、分かってなくても後からそのことを言い訳にしたりしない。あ、待った。ちょっとぐらい弱音は吐くかもな。そこまでタフな自信はないかも」
自分で口にしておいて、なんて締まりのない言葉だろうと苦笑が漏れる。
自信なんて最初からあるわけがない。それでも決断するときは来る。それも唐突に。
だから自分は、その時後悔しないと思った選択をするだけだ。
それに、今の生活に思い入れもない。どうせ俺がいなくなっても誰も困らないのだから。
「……」
「変なこと言うけどさ、俺、見始めた映画とかアニメとかは最後まで見る派なんだ。それに人の人生がかかってるならなおさらさ。少なくとも、安全が確保できるまでは俺でよければ力になるよ。もしその後も一緒に魔人同盟を探してほしいなら、それも付き合う」
気付けば、身を乗り出してルーネの手を掴んでいた。
「約束するよ。ルーネを魔人同盟の元に連れていく。必ず、って言いきるのは怖いけど、やってみせるよ」
しばらくルーネは黙り込んでいた。多分、信頼の問題だ。申し出は嬉しくても、信じられるかは別問題だ。少なくとも彼女から見たら、自分は未知数。実は復元機関の手先という可能性すらある以上、信頼できるかどうか慎重に迷う必要がある。
そう考えると、信じてもらえるか少し自信がなかった。今のところ何一つ自分は証明していない。さっきまで自信満々だった手も気恥ずかしくなってきて、ルーネの手を放してしまう。
時計の短針が何度か回り終えたとき、ようやくルーネは口を開いた。
「……分かった。あなたの言葉を信じる。そもそもあのゼプトと戦ってくれたあなた以上に最適なパートナーを探すなんて無理な気がするし」
その言葉に肩を撫で下ろす。多少なりとも不安はあるわけで、ドキドキしている自分がいたのだ。
「そうか。なら良かった。これで断られたらどうしようかと思っちゃったよ」
ふふ、とルーネが笑う。
「少なくともシルヴァよりはマシね。シルヴァは最初話した時は、『ごちゃごちゃうるさい。そこに連れてくから指示だけしろ』の一点張りだったし」
「それは……ずいぶん勝手な人だな」
つい釣られて笑ってしまう。想いきりのいい人だったのだろう。少なくとも、ルーネはそんな彼女のことを大切に想っていたはずだ。
「そうと決まれば、まずは休息ね。もう私疲れちゃったし。こんな時間だよ?」
確かに時計は夜の11時、明日を考えればそろそろ寝る準備をしたい。だがそれは普段の話だ。
「ん、すぐ街を出ないのか? 本音を言えば俺も今から出たくはないけど」
「うん。逆に今逃げだしたらすぐに見つかると思う。彼らからすれば、忽然と消えた私を探して躍起になってるはずだから。今は大半の道路には監視の目が光ってるはずよ」
「でも時間が時間だし、流石に探すの諦めるんじゃないのか?」
「ううん、そんなことはない。今復元機関の人総動員で探していると思う」
「総動員って……あのゼプトの奴以外にもいるのか? まあ海外から何人か来てるのかもしれないけど、この街だってそこそこ広いんだし、全部見るってのは……」
「できるよ、そのくらい。だってこの街にはそれなりにいるんだから」
疑問を浮かべた俺に、ルーネはとんでもないことを言ってくる。
「あ、そういえば言ってなかったっけ。この立儀市って、復元機関の日本支部がある街なんだ。だからそこら中にいるよ、復元機関の関係者」