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ドラグスケイル:オーバーステラ  作者: 伊丹巧基
第一章 竜と少年少女たち
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005

 カップ麺を食べ終えると少し満足感で眠気が襲ってきた。ごちそうさま、とルーネが言う。


「箸、普通に使えるんだな」


「うん。私こういうの覚えるの得意だから」


 今更だけど言葉も流暢だし、音に違和感がない。さっきのゼプトとかいう奴もそうだった。外見はともかく、話している間は相手が外国人であることを忘れそうになる。


「よし、話を戻すけど……要するにさ。その復元機関って奴らには壮大な目的があって、その一環で君を追いかけていて、君はそれからずっと逃げ続けていた。あの白いロボット――パラヴァタクシャってのはその中でもかなりヤバい追手、ってことで合ってるか?」


「そう。復元機関の目的は、人類の滅亡――神話時代の滅びの竜を『復元』して、この世界の人類を滅ぼすこと。そのためだけに数百年前から活動している組織よ」


 ぽかん、とするしかない。言葉の意味は分かる。悪の組織の世界征服みたいな荒唐無稽な話。言葉の意味は分かっても、それで何を成したいのかまったく理解できない。


「分かんないよね。正直私もなんでそんなことを真剣にやってるかよく分からない。でも確実なのは、その竜の復元のために世界中のそれなりの人間が日々肝胆を砕いているってことだけ」


 そんな陰謀論のような話を普段されたら、新しい漫画とかアニメの話と一蹴したかもしれない。だけど、今日見てきた光景はその話を十分裏付けるものばかりだ。自分の知っている世界には、あんな機敏に剣を振るい、家々すら機体の身体一つで破壊できるロボットはいなかった。


「もしかしてルーネ、君がその復元の最後のカギとか……?」


 それなりに自信のあった推測だったのだけど、ルーネは少し目を丸くしたあと、クスッと笑った。


「もしそうだったら、とっくに私は彼らの管理下で一生培養槽の中かな」


「……それ、冗談なのか?」


「ごめんなさい。壮大な話が出てきたから、そう思うのも無理ないか。でも残念、私だけじゃ彼らの目的の達成は無理。復元機関はまだ復活できるところまでこぎつけてないんだよね」


「そうなのか?」


「現時点で原初の竜が復元できる見込みなんてゼロに等しい。数百年かけてもまだ進捗率は数%、順調に進んでも完了するのは何千年先とかじゃないかな。私を捕まえればその何千年のうちの数百年を短縮できるかもしれないけど、でもそれだけ」


 なぜ、を考えても自分の想像の範疇にあるか分からなかった。復元機関がそこまでする執念も、何もかもが理解の外だ。しかし、既に彼らは数百年を費やしている。少しでも研究を加速させるためにルーネに執着する理由なら多少は想像できた。


「……その追手が、あの白いロボットか」


「そういうこと。あの白いロボット――パラヴァタクシャには『攻性境界(こうせいきょうかい)』の竜術が施されていて、ほとんどの攻撃が無力化されるの。戦車砲ですら効かない攻防一体の力がある。そしてあの大剣はその攻性境界を応用して衝撃波としてくり出すこともできる。本物の軍隊だって相手にできるでしょうね」


「こ、攻性境界(こうせいきょうかい)?」


「まず、前提から話すけど、アルトゥバンみたいな竜術機には『境界防壁(きょうかいぼうへき)』っていう竜気の鎧があるの」


 その説明に頷くことすらできずに黙りこんでいると、ルーネが少し観念したようにため息をついた。


「そりゃ、竜術機とか境界防壁なんて言われても分かんないか。よーするにアレ、バリアってやつ。日本のアニメでよく出てくるでしょ?」


「あー、はいバリア、銃弾とか効かねーよ! みたいなやつか?」


 小学校の頃、そんな遊びをしていた。想像の中の、言葉だけの防壁。そしてそれを白いロボットは真実そのまま実現しているわけだ。竜の力を使った一種の魔術を用いて。


「そうそう。セツカ、あなたが乗っていたアルトゥバンもただのピストルで撃たれたくらいじゃダメージゼロってわけ」


「そんな凄いロボットだったのか……もっと平凡な感じだと思ってた」


「そもそもアルトゥバンは戦闘用で作られてないから仕方ないよ」


 どういうことかを聞く前に、ルーネが言葉を続ける。


「で、ゼプトの攻性境界はその発展形。イメージで言えば、触っただけで相手をバラバラにできる攻撃型バリアみたいな感じね。体験したでしょ? 金属の標識どころか、対物ライフルやミサイルすら全く効かなかったのを」


 最後に見たのは、乱入してきたロボに撃たれたミサイルを、仁王立ちしたまま無傷で受けきったパラヴァタクシャの姿だ。自分のイメージする現実世界の武器でもミサイルはかなり上位に食い込むのに、あいつは微動だにしなかった。


「でもさ、その俺が乗ってたロボ――アルトゥバンだよな、アイツから取り出せた剣はその壊れなかったよな?」


「うん、あの剣はかなり強力な境界防壁が施されているから、受け止めることはできるよ。シルヴァはそれを駆使して――」


 そこまで言って、ルーネの言葉が途切れる。

 シルヴァという名前には聞き覚えがある。あの魔人ゼプトってやつは、はっきりとその名前を口にした。最初は俺のことをその人と勘違いしていたみたいだったし、この彼女の反応を見れば察しはつく。


 そしてもう一つ――会ったこともないのに、なぜか知っている人のような気がするのだ。俺は確かにあの剣を手にする瞬間、確かに彼女の姿を見た。


 黙り込んでしまったルーネを見て、俺は意を決して聞くことにした。


「どう言ったらいいかわからないんだけど、俺に埋め込んだその鍵ってのは、もともと別の持ち主がいたんだよな? その、あいつが言っていたシルヴァって人が」


「……」


「俺の推測だから間違ってたらごめんなんだけどさ、その人と一緒に日本に来たんじゃないのか? でも、その人が……」


 死んじゃったから、代わりとなる誰かを探していたんじゃないか。――そんなこと言えるわけがない。でも彼女の表情を見れば、その推測が当たっていたことが分かってしまった。


「大事な人、だったんだな。俺が何か言えた話じゃないかもしれないけど」


 その言葉に、ルーネが顔を下に向ける。


「……うん。そう。大事。今もずっと……」


 ぎゅ、と彼女が胸元の何かを握り締める。

 その様子を見ていたのが普段だったなら、これ以上言葉をかけたりはしなかっただろう。だけど今は聞かなければならない。


「教えてくれないか。そもそも、なんでこの立儀(たつぎ)市に来たんだ? 何か目的でもないと来るような街じゃないと思うんだよな。観光名所とかもないし、凄い都会ってわけではないし」


 ルーネは少しの間俯いていたが、やがて浅く息を吐いてから顔を上げた。


「目的。ね。そう、目的があった。私はこの街にずっと探していた『魔人同盟』の手がかりを探すために来たの」


「魔人同盟っていうのは?」


「仮の名前だけどね。魔人はそれこそ何百年も前から作られてきたんだけど、その中で復元機関から逃げ出した魔人たちの集う、場所かグループの名前。それ以上のことは分かっていないけど、あるという話の出所は復元機関だから、私たちは本当にあるんだと思ってる」


 魔人同盟。復元機関で作られた人造人間たちの楽園の地ってことだろうか。


 壮大な竜を作ろうとする集団――復元機関と、その過程で作られた強力な人造人間――魔人。ルーネたちのように逃げ続けている魔人が他にもいるのなら、確かに身を寄せ合って生きているグループがいるのはおかしくない。


「その場所が日本にあるってことか?」


「ううん、それは分からない。私たちは魔人同盟の情報を知っている人からコンタクトがあってこの街に来た。ここに来れば魔人同盟の情報を教えてやる、ってね」


 そんな都合よく教えてくれるような奴がいるのだろうか。それこそ罠なんじゃないか。

 そう思ったことが表情に出ていたのかもしれない。ルーネが見透かしたように言う。


「分かるよ。なんでいかにも胡散臭い誘いになんで乗ったんだって」


 う、とばつが悪くなる。顔に出てしまっていたのか。


「理由は色々あるけど……そもそも魔人同盟の話はかなり昔から復元機関の資料に載ってたの。それに何人も行方不明になった魔人もいるし、信憑性はあった」


「まあ、作り出した当人達が言ってるなら全部ウソって決めつけられないか」


「それと1番の理由は、シルヴァは罠なんかで捕まったりしないって自信があったから。復元機関から60年間くらい襲われてたけど、シルヴァは一度も負けなかったんだ」


「おいちょっと待て、いや待ってください」

「?」


「今、60年って言った?」

「うん。そうだよ。私とシルヴァは60年、あ、正確には61年と2ヵ月くらいかな」


 そういう話じゃない。そのシルヴァって人は、あんな化け物たちと60年間も戦い抜いてきたのか。凄いなんてもんじゃない。

 そして気になるのはそこだけじゃない。目の前の少女が首をかしげる。


「失礼を承知で聞くんだけど、ってことはルーネは今何歳?」


「ああ、そのこと? 稼働時間だけで言えば62年8ヶ月かな」


「62年?」


 目の前の女の子が学校の校長とどっこいの年齢だなんて。外見だけで言えば、まず自分より年下にしか見えない。口調とかは落ち着いてるな、とは思っていたけれど、彼女は自分の3倍以上生きているじゃないか。


 驚いていると、ルーネが少しむくれたように顔を近づける。


「あ、それだけでおばあさんって思わないでよ? 私は外見相応の精神状態のまま。知識と経験は年月分あっても、精神の仕組みは変わってないから。私はちゃんと見た目通りの可憐な少女のままだから!」


「いえいえ! そんなことは考えてない、です、はい。ルーネ、さん」


 ジトっとした目を向けられて、肩身が狭くなる。


「別にさんもいらないし敬語も不要。だからルーネって呼んで」

「……そう言うなら、そうするよ」


 ならOK、とルーネが満足げに頷いた。


「話を戻すね。この誘いに乗ったのは、罠だとしても私たちには返り討ちにできる自信があったから。それともう一つの理由は、時間。とにかく私たちには時間がなかった」


 時刻は10時の針を指している。机に置かれた二つのカップから漂っていた湯気はいつのまにか無くなっていた。


「シルヴァは私と長いこと戦ってくれた。それに私も竜核炉の鍵の性質を熟知してたわけじゃない。気付いた時には、シルヴァはもう数年で竜核炉が止まって、そのまま死んでしまうような状態だった」


 さっきまでの辛そうな気持ちはおくびにも出さず、ルーネは淡々と事実のみを話そうとしているみたいだった。


「これはあなたにも関係することだけど、竜核炉の鍵で魔人化された人間は、力を行使すればするほど命が削られていくの」


 一瞬ギョッとしたけれど、慌てる必要は無さそうだとすぐに気付く。


「削られるって言っても、数年とかで死ぬって話じゃないみたいだな。シルヴァさんは60年以上戦ってきたんだろ?」


「うん。すぐに、とかじゃないよ。むしろ平穏に暮らしていたなら人間よりずっと長生きすると思う。ただ、あの竜核炉の鍵は、人間という小さな素体に大容量かつ規格違いのバッテリーをつけて強化しているようなものだから。どうしても消費次第で本来の寿命ほど長く生きられないこともあるってこと」


 裏を返せばそれだけ消費してしまうような沢山の戦いをし続けていたのだ。つまりシルヴァという人は、60年間もルーネと逃げ伸びながら戦い続けて来たことになる。


 そして、その時間にリミットが来てしまった。目的もまだ叶えられていないというのに。


「なるほどな。嘘かもしれないと思っていたけれど、選り好みしている時間もないし、行ってみようってことだったのか」


「そういうこと。まあ結局、私たちはその罠にはまったんだけど。約束の場所に着いた時には、復元機関の竜術機が包囲してたわけだし」


「結局罠だった、と。それで、あのゼプトってやつにやられたのか?」


「ううん、それは違う。ゼプトは強敵だけど、彼の目的はあくまで私たちの捕獲。殺す気は多分ない。実際、シルヴァは何度も彼の手から逃れてきた」


 あれで殺す気がない、か。さっきまであんな死と隣り合わせの場所にいたことが信じられないのに、あれですら手加減されていたということらしい。


「って待てよ。追手ってのがあのゼプトってやつくらいなんだろ? 他の奴がいたのか?」


 今のところ、話には他の追手の話は出てきていなかった。復元機関の追手が一人だけとは限らない。他に潜んでいたっておかしくはない。

 何かを思い出すようにルーネが目を閉じる。


「シルヴァを倒したのは黒いロボットだった。正直、突然のことで私もはっきりと見えなかったけど……一度他の復元機関の竜術機やゼプトを巻いたあとで、突然真っ黒な機体が突然襲い掛かってきた。その時ぐわんって衝撃が来て、シルヴァは、その、致命傷を受けて……」


 そのあと何が起きたのかをルーネは語らなかった。しかし、俺は何が起きたのか断片的に知っている。あの箱の中で見た光景の中に彼女はいた。血まみれの死の淵で、ルーネに何かを託したことも。


「そいつも復元機関って奴らの機体なのかな」


「分からない。復元機関の違う追手だったのかもしれないし、別の思惑――それこそ別の組織の可能性もある。それか、魔人同盟のことを知られたくない第三者、とか」


「そこは流石に分からないか……」


 黒いロボット、というところで最後に現れたあの機体のことを思いだす。


「あ、もしかして、最後に出てきたロボットのことか? あのミサイルとか発射してたやつ。確か、あのゼプトってやつがシェルフ、がどうとかって」


「うーん……どうだろう。SHELFはあまりこういう事態に直接的な干渉はしてこないんだよね。あのロボットは復元機関と敵対している何かの組織なんだとは思うんだけど、幾つか候補もあるし、正直何とも言えない」


 今確実なのは、あのパラヴァタクシャという復元機関のロボットに加え、もう一体こちらを狙う敵がいるということだけだ。


「そのあと、シルヴァに言われて私は彼女から竜核炉の鍵を抜いた。そしてあなたに出会った。そこからはあなたの見てきたとおり」


 私の話はこれでおしまい。そう言って、ルーネは一度黙り込んだ。

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