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ドラグスケイル:オーバーステラ  作者: 伊丹巧基
第二章 竜を狩る者と竜を超える者
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「これは――」


 前に聞いた、ルーネの匣のなかにある記憶の回廊、というものだろうか。真っ白な空間に大量の扉が遠くまでずらりと並んでいる。そして天井にはどこまでも続く宇宙の星空たち。


『これはアンタが見てきた記憶情報への扉だ。アンタは今まで、無意識にこの扉を開けて、ルーネの目線でシルヴァの旅を見てきたことになるね』


 そう口にするシルヴァはどこか機械的で、人間らしさが感じられない。フライトジャケット姿の彼女は若々しいような、それでいてすすけたような、どこか実在感がなかった。色々な時代の彼女が何重にもかぶさっているようだ。


「あなたは――シルヴァ、ですか?」


『いや、違うね。ここに居るアタシはルネットが見てきたシルヴァ・ヤ―ネフェルトという人物の記憶だ。彼女はもう死んでいる。ルーネが覚えている彼女の癖や口調を模倣しているだけの記憶の残滓さ』


 周囲の扉の数に圧倒されてしばらくその扉を見つけていたが、ふと自分が経った今陥っている状況を思い出す。


「て、こんなことしている場合じゃない、今もゼプトに殺されかけてるんだ、悪いけどさっさと――」


『大丈夫さ、アンタは今いるのは、言うなら宇宙の向こうなんだよ。時間なんて流れていないも同義さ。むしろ、今までもここには来ていたはずなんだが――まあ、この回廊に来ているという認識が今芽生えたんだ、って思ってもらえればいい』


 記憶で見たときよりもシルヴァの口調は回りくどいような気がした。彼女の言うとおり、目の前にいるのはシルヴァ当人ではない。ルーネが今まで見聞きしてきた記憶の集合体なのだろう。


「……分かった。現実に戻った瞬間にゼプトに切り飛ばされるってわけじゃないんだな。でも俺がアルトゥバンに聞いたのは皆を守る力だ。この回廊でその答えが手に入るんだよな?」


『こういう時結論を急ぐな、と諫めたほうが神秘的で格好がつくのかもしれないけど……まあ、この先にアンタの望むものはある。だからアルトゥバンがアンタにこの場所を解放してくれたんだろうよ。あの竜術機の奴は異様に用心深くて、このシルヴァにすら数年経ってから見せてくれたっていうのにさ』


「アイツにも意志があるのか?」


『さあね。少なくとも意志のない今のアタシには分からないし、生きていたころのシルヴァも分からないと答えるだろう。だがアルトゥバンはアンタをギリギリまでルーネを託すに値する人間かどうか審査していたのは事実だろうね』


 では今の状況はアルトゥバンに真に認められた、ということなのか。だが、それよりも思考がこの膨大な空間に圧倒される。


「すごい数だ……これが全部、ルーネの記憶……」


『人間の記憶はある程度有限だが、ルーネは違う。彼女はすべてを覚えている、残酷なことにね。だがこの扉の中の記憶全てを合わせても、この空間の数千分の一にも満たないらしい。彼女が使っているのはこの記憶の回廊とアルトゥバンの整備場、そして彼女の身の回りの道具保管庫だが、それでもこの宇宙のほとんどは未知のままだ』


 そこまで言って、シルヴァがふーっ、と長い溜息をついた。


『小難しい話をするのはアタシという柄じゃないな。そういうのはヤツのほうが向いている』


 そう言って、シルヴァが何もない方向に目を向ける。


「他にもこの場所に誰かいるんですか?」

『記憶なんだ、ルーネの知っている人間は誰でもいる。アンタだっているさ、ルーネは見せたがらないだろうがね。だが誰が現れるのか、という問いだというのならそうだな――ご同輩、アンタとシルヴァの先輩だよ』


 意外な人物。ルーネの相棒になったのは、シルヴァと自分しかいないと思っていた。


「それは――最初の、アルトゥバンの操縦者?」


 ふと、シルヴァの目線の先に人の気配がしてそちらのほうを見る。

 最初からそこにいたかのように男が立っていた。ひどく不健康そうな見た目をした、小柄な猫背の男。ぼさぼさの金髪に血で汚れた白衣。今までのどの記憶でも見たことのない人間だった。


「えっと、彼は……?」

『さあ。アタシが知るはずないだろう。そいつに直接聞きな』


 確かに。記憶の中の彼女だとしても彼女らしい回答だ。言葉に従ってそのまま白衣の男の方を向く。


 男は最初黙り込んでいたが、ゆっくりとぎこちなくこちらを向いた。


『僕に名はない。なぜなら僕はルネットに名乗らなかったからだ。だが何をした人間か、と言われれば、ルネットを復元機関から連れ出した者だ、という回答になる』


 最初のルーネのパートナー。さっきシルヴァはこの男をご同輩と呼んだ。つまりそれは、竜核炉の持ち主でもあったということだ。


『僕は何者かを語らなかったが、その口ぶりや話の内容から、ルネットは僕を復元機関の研究者、創造主の一人だと考えている。彼女の復元機関の知識のベースはこの男からの情報が元だ』


 この男が復元機関の人間だというのはそこまで大きな驚きではなかった。初めて見た記憶はシルヴァとの出会いだが、無気力に座り込むルーネが一人で復元機関から逃げ出せたとは思えなかったからだ。


『この男は彼女の匣の性質をある程度理解していた。そして知る限りの彼女の箱にまつわる話を、生まれたばかりの彼女に話した。彼女がその場で理解していなくても、情報と記憶として残り続けると知っていたからだ』


 白衣の男の表情は乏しく、動きもほとんどない。きっとシルヴァのようにルーネの記憶にほとんど残っていないからなのだろう。


『だが竜核炉の力をもってしても限られた時間では全ては伝えられなかった。この人物は逃亡時の失血が元で死亡している』


 確かに彼の白衣の内側は血まみれだ。その血の量だけで、当時の彼の時間がほとんど残されていなかったのは一目瞭然だった。しかしその記憶の存在でしかない男は、傷も気にせずにゆっくりと歩き始める。


『さて、この人物の紹介としては十分だろう。さあついて来るといい。移動するだけなら一瞬だが、歩きながら話そう。ルネットを知ることは、君の戦いの助けにもなるはずだ』


「いや、今はいいです。さっさとアイツに勝つ手段が欲しい。時間が引き延ばされていたとしても、俺の心にはそんな余裕はないんですが――」


 こちらの話を聞くそぶりも見せずに男はゆっくりと歩き始めた。困惑していると、シルヴァが肩をすくめる。


『諦めな、コイツは記憶のくせに人の話はまともに聞かない。生きていた時からそういう奴だったんだろうよ』


 彼女ですらそう言うのなら引き下がるしかない。しぶしぶ男の後ろをついて行く。


『セツカ、君はなぜ復元機関が復元する埒外の存在として竜を選んだのだと思う?』


 正直知らない――と答えたくなったが、目的のためには付き合うしかない。ため息をついてから、少しだけ考えこむ。なぜ、復元機関は竜を選んだのか。


「……前にルーネが、世界を滅ぼす力があるからって言ってた気がするけど」


『世界を滅ぼせる埒外の力は他にもあった。天使や悪魔、神話の神々や巨人に鬼。だが復元機関は竜を選んだ。それは――竜が彼らが持ちえた知識と技術の延長で解析可能な存在だったからだ。軟質、硬質で構成された複合的な身体と、そこに竜術での命令を組み込まれた埒外の存在なんだよ』


 最初何を言っているのかよく分からなかった。だが、何を言いたいのかが見えた瞬間、思わず否定の言葉がついて出る。


「そんなわけがない。竜ってのは居たのかもしれない、けど結局――その、生き物のはずだ」


『そう言う君が乗っているのは、竜の遺骸を解析した結果が人型に再構成された、竜技術の産物だよ。それにルーネやゼプトのような魔人の不可思議な力や、君のお友達の少女が使う竜術と呼ばれる技を見てきただろう。竜は我々が一切理解できないルールで作られたものではない。数式と物理法則が巨大な建造物を作り出すように、竜術も一つの基礎なんだよ』


 言葉に詰まる。これだけ数日で非日常な光景を見てきた自分の口から否定の言葉が出てくるほど、彼の話は突拍子もなく感じられた。


 この男が言ったことが真実なら、竜術はまだ明かされていない一つの世界の理のようなものではないのか。人が言葉で思考を紡ぐように、人が数字で世界を築いたように。竜もまた、その世界の一つということなのか。


 復元機関の目的が、イカれた壮大な夢物語から、急に現実味を帯びてきたような気がして気味が悪かった。理解できないまま、世界を滅ぼそうとする悪の組織というだけならよかったのに。世界を破壊できる力なら――もう今の人間だって、持ってしまっている。ついルーネの顔が浮かんだ。


「まさか、ルーネもそういう竜術で作られた兵器の一つだって言うんじゃないだろうな」


 ピタリ、と男が足を止めて振り返る。無感情に、だがはっきりと男が口を開く。


『ルネットは違う。僕たちは竜の力を人の中に取り込むことで竜を知ろうとした。彼女はその一つの研究成果、人類が到達し得ない新たな宇宙に通じる門だ』


 そういう男の目に、初めて何かの意志が宿ったような気がした。彼が初めて見せる人間らしい、希望に満ちた輝き。


『彼女は兵器なんかじゃない。終末を望んだ愚かな組織にもたらされた福音、と言ってもいい。君にもわかりやすく言えば――箱の中身こそがルネットそのもの、この回廊を含む宇宙自体がルネットの中なんだよ』

「ここがルーネの中……?」


 ますますわけの変わらない話だった。正直理解はできた実感はなかったが、とはいえこの光景にはそれだけの説得力がある。無限に続く扉の回廊に、その向こうに広がる星空。こんな世界は地球にはない。


『この空間には物理と精神の境界がなく、あらゆる意味情報が存在する。宇宙と呼称しているが、今の天文学や宇宙科学の延長にある空間なのかすら分からない、文字通りの未知の世界だ』


 彼の歩みと共に左右の扉が開いていく。そこから見える記憶には見覚えがあるものも、見覚えのないものも様々だ。


『その先にあるのは虚無ではなく無限の可能性だ。地球の外に広がる宇宙とはまた違う、もう一つの宇宙。それこそ、竜の力を用いた世界の終末よりもはるかに素晴らしい可能性を秘めている』


 男が宙の向こうを見上げる。その眼にはルーネへの純粋な願いと、無限の世界に続く可能性への期待で満ちていた。ふと、なぜか自分の小さかったころの記憶が脳裏に浮かぶ。父さんと毎週行っていた、図書館の帰り道。


 父さんが自分と手をつなぎながら、少し暗くなった空を指さす。


『ほらセツカ、綺麗だろ。星には等級、ってのがあってな、肉眼……眼で見えるくらい明るい星が沢山あるんだ。たとえこんな街中でも、星は遠い向こうから輝きを放っているだろう』


 そう言いながら空を見上げる父さんの目と、その男の目が重なる。もちろん別人なのに、その混じり気のない眼はそっくりだった。でも覚えているのはそれだけだ。自分はルーネのようにすべては覚えていない。それがいつ、どこでの記憶なのかは。


 男は空から目を背けた。自分の頭の中に浮かんでいた記憶も同時に途切れる。


『だが、ルネットという存在を利用するには大きな問題が二つあった。彼女という魔人が誕生したのはあくまで偶然だったから構造を我々も理解しきれなかったこと、そしてこの宇宙に入るには竜核炉の鍵と彼女自身が許さなければまともに入ることができなかったことだ』


「復元機関の人間には無理だったのか?」


『正確に言うなら、この世界に来るには基準を満たさなければ門は開かないようになっていた。門の先――この場所に来るには二つの条件――ルネットが心を許した竜核炉の鍵を持つものであること、そして門番であり渡し守であるアルトゥバンの基準をクリアすること。これを満たせるものは復元機関の中に居なかったんだ。僕も含めて、ね』


 男の表情が陰る。ルネットの前でも、彼はこの表情を見せたのだろうか。


『冷たく暗い研究室と僕や復元機関の閉鎖的な研究者ではルネットの価値を発揮できなかった。そして僕以外の研究者は彼女の門をこじ開け、こじ開けた先の宇宙の情報を使ってどう竜を復元するかしか考えていなかった。それすら見通しが立たなくなった時、復元機関はある決断をした。彼女の凍結だ』


 その言葉に、生きていたころの男の無念が感じられた。彼もまた科学者だったということか、理会できる解を導けず、ただ凍結するだけの結論に至ったことが悔しかったのか――それとも、ルーネに対する情が混ざった複雑な心理が見せた表情なのか。


『ルネットは彼女の眼で世界を見て、意味を獲得していく必要がある。ルネット、君の可能性は無限大なんだ。終末よりももっと優れた世界を見ることができるはずなんだ。この男はそう考えた末彼女と逃亡した。その結果、この男は死んだ』


 男の言葉に生きていた頃の彼がルーネに投げかけたであろう言葉が交じる。この男はルーネという魔人のことをシルヴァや自分以上によく知っていた。研究者として可能性に賭けたのか、それとも人としてルネットに情を抱いたのか――それはもう分からない。


 だが、それで話は終わらない。彼は自分の背後――シルヴァの記憶に目を向ける。


『だが彼女はシルヴァ・ヤーネフェルトと出会った。最初、この男との記憶とアルトゥバン、そして復元機関にまつわる竜の知識しかなかったこの場所は、シルヴァのおかげでこれだけ拡がっていった。この回廊はルネットの宇宙を開拓する基地でもある、と考えてもらえれば分かりやすい』


 ここが第一歩となる場所。ルーネの宇宙の中とはいえ、この回廊の向こう側に何があるのかはまだ誰も分からない。未知が無限大に続く――この場所は、まだその先がある。


『そして60年の逃走の果てに、君が現れた。この数日間の記憶が、彼女にまた新しい世界を見せる。そして君が彼女と共にあればその開拓路は続く。そうやってルネットの宇宙は、どこまでも続いていく――』


 多分、それがこの男が生きていた時の最後の言葉だったのだろう。誰かに託すような笑顔を男が浮かべる。それと同時に、今までとは一つだけサイズ感の違う扉の前に着いた。


 ふと、シルヴァが聞き飽きたように声を上げた。


『おいおい、そろそろセツカが欲しがっているブツを出してやりなよ。アンタが伝えたいことはだいたい言ったろ?』


 最後に見せた表情は嘘だったかのように、男が無表情でその扉を開ける。


『ああ、そうだな。待たせたね、これが君の望んでいるものというわけだ』


 男が押すまでもなく、ひとりでに扉が開く。そこは巨大な整備工場のような場所だった。これがアルトゥバンの整備場らしい。確かに、その中央にはアルトゥバンが普段居るであろう空間がぽっかりと空いている。そして周囲にあるのは普段自分が呼び出している武器たちだ。どれも複数保管されていて、中には修復途中らしきものも見える。


「もしかして、手放したり壊れた武器もちゃんと回収されていたのか」

『アルトゥバンのために作られた武装だからどれも貴重品だ。回収して再利用する仕組みは当然用意されている』


 無限にあるとは思っていなかったが、ここにある武器の数を見れば、それなりにストックはまだあることが分かる。


 問題は、むしろアルトゥバン本体の方だろう。手足や各部の装甲パーツはすでに数えるほどしか残されていない。


「もう、これだけしかないのか……」

『潤沢に用意していたが、使い果たしたのはシルヴァだ。彼女は優れた操縦士だったが、囮や油断を誘うために機体の破損を厭わなかった』


 淡々という男の背後で、シルヴァの記憶が全く気にした様子もなく鼻で笑う。


『仕方ねーだろ、容赦なく攻めて来る相手を何十年も相手してたんだ。むしろまだアルトゥバンに原型が残っていることを褒めて欲しいもんだがね』


 男はシルヴァを横目でにらみつつ、言葉を続ける。


『……まあその話は目の前の敵を切り抜けてからだ。それよりもこれを見てくれ』


 その誘導に従って目を向けた先にあったのは、横たわるように置かれた巨大な骨のような物体だった。


「これは……背骨? いやでも骨じゃないな、アルトゥバンと同じ材質みたいだ」

『対未確認敵個体攻撃用竜術兵装システム、だ』

「……えっと、なんて?」


『対未確認敵個体攻撃用竜術兵装システム――だ。覚える必要はない。僕はこれを〈ヴェステージ・ユニット〉と呼んでいた』


 ユニット、ということはこれもアルトゥバンの武装なのか。だが、よく見るとその骨の内側に複数の箱が内臓や筋肉のように取り付けられていて、何かの標本模型を連想させた。


「このヴェステージ・ユニットを使えってことか?」

『残念ながらこのユニット自体に攻撃能力はない。だが、このヴェステージ・ユニットが攻略の鍵になる』


 こちらの疑問を察したのか、それとも語りたいのかは分からないが男が言葉を続ける。


『そもそもアルトゥバンという竜術機本来の目的は、彼女の匣の中の宇宙を探索することにあった』


「アルトゥバンは本当は探査機ってことか」


 ルーネの宇宙を旅するために作られた機体。アルトゥバンの実世界を瞬時に移動する能力も含めて、竜術機としてもどこか不思議な機体だと思っていたが、そもそも復元機関の戦闘用の竜術機とは設計思想が違うわけだ。


『そうだな。だが探査機能だけでは不十分だ。彼女の宇宙は未知数、何と遭遇するかすら不明だ。時に脅威に遭遇する可能性もある。その脅威に対抗するには、必要な武器をその場で創造する必要がある、と復元機関は考えたわけだ。それがこのヴェステージ・ユニット。操縦者の求める武装をアルトゥバンが竜技術で最適化し、ヴェステージ・ユニットが出力する。現代技術で言い換えれば、竜術版3Dプリンターとでもいうべきか』


 ようやく話に合点がいく。いきなりこのユニットだけ紹介されていたとしても、表層に触れただけでうまく使いこなせなかっただろう。ふと勝機が見えてきて希望が湧いてくる。


「……もしかして、今から俺にゼプトに勝つための武器を作れっていうのか?」


 未知の仮想敵――この場合はゼプトだ。今までとは違う、周囲に雷撃を放つ身軽なパラヴァタクシャを攻略するにはただの武器では駄目だ。どんな武器を作り出せば勝てるか考え始める。曲がる剣、カジカを参考にした銃器、それとももっと巨大な盾か。


 しかし、そこで男が少し言いよどんだ。

『そうしろ、と言いたいが――残念ながら既にここにはもう、作るための材料がない。持ち込んだ材料は全てシルヴァ・ヤ―ネフェルトが使い果たしてしまった』


「は――?」


 その後ろでシルヴァが少しばつの悪そうな顔を浮かべる。


『さっきも言ったろ。必要な経費だったんだよ。まあ、ここまで話しといてなんだって責めたくなる気持ちはわかるけどね』

「そりゃそうだろ! 何のために話を聞いたと思ってるんだ!? ここまで聞いて『突破の方法は前にはあったけど、もう使い切ったので無理です』ってのはあんまりだろ!」


 そう言って詰め寄ろうとしたが、まあまあ、とシルヴァに押し留められる。


『まあ待ちなよ。使い果たしたとは言ったが、逆に言えばシルヴァはそれだけ武器を用意した。アンタもまだ把握してない武器があるってことだよ』


 そう言われて思いとどまる。事実、自分が使ってきた武器は、自分の思考に即してアルトゥバンから提供された武器のみで、他の武器はまだ知らない。


 それに無いものを惜しんでも仕方がない。あるもので戦うしかない。一度深呼吸して受け入れたように一歩引き下がった。


『おお、意外に冷静になれるじゃないか、感心感心』


 シルヴァのからかうような口調には応じず、男のほうに向き直る。


「じゃあなんでもいい、俺の知らない武器を教えてくれ。少なくとも、手が無かったらこんな回りくどいことはしないんだろ」

『ああ、そうだ。一つ一つ説明していこうじゃないか』


 そう言って見せられた武器を見ながら、ゼプトへの対策を考える。どれも強力そうに思えるが、ゼプトに勝てるほどの武器には思えない。何種類か紹介されたあと、ついに男が一番端に置かれた武器の前に来る。


『そしてこれが――ヴェステージ・ユニットでシルヴァが生成した最後の武器だ』


「最後の?」


『ああ、シルヴァがあのゼプトに対抗するために考え出した武器だ。残念ながら、シルヴァにはその武器を振るう機会は来なかったが』


『そうなんだよな。それに今の奴の姿はシルヴァで対峙したことのない。奴も正真正銘の切り札を切ってるわけだ。その武器で十分かは誰にも分からない』


 その武器だけでどうやってシルヴァが勝とうとしていたのかは分からない。だが、逆転の目はまだある気がした。何もなかった時よりはかなりましだ。少し考えて、やれそうなことを一通り頭の中でイメージする。


「……どうにかするしかない。いや、これでどうにかできるはずだ、俺には」


 こちらの肩に手をかけると、シルヴァの記憶が悪戯っぽく笑う。


『その意気だ。コイツをあのインチキ騎士サマの鼻っ面にぶちかましてやりな、セツカ』


 その笑みは、自分の知るあらゆる人の笑顔の中でもひときわ眩しく、そしてこちらに不敵な希望を与えてくれた。きっと、彼女と一緒に生きていたら、自分もルーネのように彼女に勇気づけられただろう。


「……ありがとう、シルヴァ。ああ、ルーネは俺が守って見せる」

『目上の女性には敬語を使わんかい、バカが』


 こつん、と頭をはたかれた。だがシルヴァの浮かべる笑みに、こちらも匹敵するような不遜な笑みを浮かべて見せる。


『さて、まだここに居ても問題はないが――君はもう戻りたいんじゃないか。ルネットの記憶がそう示している』


「ああ、そうだな。ありがとう。シルヴァと、えーと……初代さん」


 感謝を述べたところで彼らはもう居ない存在だ。だが、それでも言葉にせずにはいられなかった。

 目の前に立つ二人が微笑む。男は少し寂しげに、シルヴァはいつもの用に不敵に。


『じゃ、ルーネを頼んだよ。シルヴァが生きていたとしたら、きっとあんたにルーネを託せて良かった、そう言うだろうね』


『僕からも頼む。彼女が生きている限り可能性は続く。僕の行動に価値が残る――頼んだよセツカ』



 世界がもう一度、巻き戻っていく――現実に。ゼプトの剣が、目前に迫っている――

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