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ドラグスケイル:オーバーステラ  作者: 伊丹巧基
第一章 竜と少年少女たち
3/58

002

    *****


 微睡の記憶で辿り着く場所はいつも同じ。真っ赤に燃え盛る室内。充満した煙と今にも自分を飲み込もうとする炎に囲まれている。そして扉の向こうから聞こえる父さんの声。


『助けてくれ、雪迦(せつか)……』


 自分が助けるべき誰かの声。使命感に駆られてドアノブを懸命に動かす自身の細腕。どうか、ぼくのおとうさんをたすけてください。ドアがひらけば、いっしょにでられるのに。

 だがその祈りは届かない。すべてが炎の竜巻の奥に飲み込まれていく。

 焼け死んだ父さん。生き残った自分。そしてこちらに向けられる、母さんの冷たい眼。


『――アンタが、(かしわ)さんの代わりに死ねばよかったのに――』


    *****


 しかし、それも一瞬だった。記憶の海から引き戻されて、まるで映画のカットのようにハッと目を開く。


 一番最初に確認したのは、さっき刺された自分の胸のあたりだった。刺された胸元から血は流れていない。が、着ていたシャツには生乾きの血がべったりとこびりついている。

 目の前の光景はさっきと同じ路地で特に変わりはない。雪が舞い散り、アスファルトの地面がところどころ白くなっている。しかし、自身の周囲の状況は明らかに違っていた。


 俺は今、見たこともない座席に座っていて、両手は何かのスティックみたいなものを握りしめている。


「なんだこれ?」


 少しずつ頭がはっきりとしてくる。目の前に広がっているのはさっきまで自分が見ていた普段の街だ。だけどなにか見え方が違う。ちょっと考えて普段よりも視界が高いことに気付いた。この高さは何かに乗り込んでいる、という感覚だろうか。


「さっき刺されて……いやその前に、あの子はどこに行ったんだ?」


 キョロキョロと周囲を見渡すと、連動するように視界が動く。手を動かそうとしたら、自分の手ではなくその向こうにある金属質な手のひらが動いてしまう。


「なんだこれ。俺が操作してるのか?」


 自分の腕と同じように巨大な赤い腕が想像したままに動く。そのまま下を見ると、自分の見慣れた身体の更に先に金属に覆われた両脚が見えた。自分ではない何かを、自分のように動かしている。


「そうだ、これ多分、ロボットだ。俺はロボットに……乗っているんだ」


 どうしてこんな場所にいるのか分からないまま顔を上げると、星空に浮かんだオリオンのベルトが見える。


「……刺されてやってきた死後の世界、って感じじゃないな」


 これが死後の世界ならハイテク過ぎる。三途の川の渡り賃も電子決済、渡し守はホログラムのAIなんじゃないだろうか。それともこれは夢なのかも――


『あなたは死んでないよ! というか、刺してないし! あなたに竜核炉を埋め込んだだけ!』


「うわっ!?」


 唐突に聞こえた女の子の声にギョッとする。頭の中に響いたその声の主は見当たらない。その操縦席の前には、手の平大の四角い箱が置かれているくらいだ。


「なあ、誰か近くに居るのか?」


『目の前にいるじゃん!』

「うお!?」


 一瞬目を逸らした隙に、さっき自分を刺してきた少女の半身が目の前に浮かび上がっていた。ぎょっとして身を守ろうとしても、外の連動した手だけが持ち上がる。


『ちょっと! なんで驚くの!?』

「いや驚くよ! というか今も驚きが現在進行形だ!!」

『……シルヴァは初めて乗った時は『妖精みたいでかわいいじゃないか』って言ってくれたのに』


 シルヴァって誰だ。聞いた感じ人名みたいだけど、友達とかだろうか。なんにせよ、この状況に彼女が関わっているのは間違いない。


「そ、そうだな。妖精みたいでいいと思う。で、これどういう状況なんだ?」


 正直妖精でも妖怪でもなんでもいい。冷静になれ。まずは落ち着いて状況を理解するんだ。彼女が目の前からふわりと右に移動して、覗き込むようにこちらに叫ぶ。


『どういう状況って見たままでしょ! あなたはアルトゥバンに乗ってて、それを動かせるようになったの!!』

「あ、アルトゥバン? それって、なんかの名前か?」


 噛みそうになりながら聞き返すと、彼女は周囲全部を指差しながら言う。


『そう、この子はアルトゥバン。あなたは今、アルトゥバンを動かせる。だから、その――とにかくアイツらから逃げて欲しいの!』


「逃げる?」


『そうなの! すごい強い魔人(まじん)に追われてるの。でも、シルヴァは……私だけじゃ逃げ切れなくて……だから、だから……』


 そこまで言って立体映像の彼女は口をつぐむ。シルヴァ。さっきも聞いた名前だ。その言葉を口にしたときの暗い表情は、その人に何か良くないことが起きたことを示している。

 正直説明にはなっていない。このロボットのことも、竜核炉とかいう俺に埋め込まれたものも、魔人とかいう存在も。聞いたところで何一つピンときていない。


 ただ、一つだけなぜか確信できることがあった。


 目の前の少女は今、本心から助けを求めている。

 それなら、やることは決まっている。自分の中でスイッチを切り替えるように、言葉をはじき出す。


「要するに、助けて欲しいってことでいいんだよな?」

『……うん。そうなの。あとでちゃんと話すから。だから、今は――』

「ああ、分かった」

『そうよね、いきなり言われても納得できないかも。でも――え?』

「助けてほしいんだろ? 分かったよ。どうすればいい?」


 逃げると言うからには、このロボット――アルトゥバンとかいうやつに乗ったまま逃げるということだろう。湧き上がってきた不安を振り払うように首を振る。大丈夫、散々頭の中で繰り返して来たじゃないか。あの日できなかったことを、今度こそ俺はやり遂げるんだ。


「俺の考えてることが合ってるなら……」


 一歩、踏み出す。そう頭で考える。疑問形ではなく実行できる必然として。自分の身体にある、その両足のように。

 既にロボットは足を踏み出していた。ほとんど動きにズレを感じない。大地を踏みしめた感触すらある。それこそ自分の身体の延長として扱える。これなら走って逃げることも十分できる。


「そういや、なんで外にこんなすごいロボットが居るってのに、誰も声かけてこないんだ?」


『多分〈SHELF〉(シェルフ)がシミュラクル結界を展開してるんだと思う。さっきから誰も外の出来事に気すら向けないもの』


「シェルフ? あとシミュ……なんて?」


『シミュラクル結界っていう、そこにいると普通の人はぼーっとしちゃう結界。あなたもそうだった。そこらじゅうで爆発音してたのに、何事もなかったみたいに歩いてたし』


 そういえば、刺される前までは気にも留めていなかった気がするけれど、街の向こう側が随分と赤く燃え上がって煙も幾筋も立ち昇っている。あれに気付いてなかった自分も含め、この状況で騒ぎを全く感じないのは異常だ。


「そんなものがあるのか? いや、あるからそうなってるのか」

『うん。SHELFが出てきてるなら、このくらいすると思う』

「そのシェルフってのが君を追ってきている奴らなのか?」


『彼らもそうだけど、今私を追ってきてるのは、復元機関(ふくげんきかん)の方。SHELFは多分、監視が目的かな……直接手を出してくることはまずないはず』


 知らない言葉の羅列に頭がくらくらする。SHELFと復元機関。片方は確か英語で棚、もう片方は蒸気機関みたいな科学的な何かの名前だろうか。でも、追ってきているということは何かの団体のことなのかもしれない。


「そんな奴等まで出てきて、君も含めて一体この街で何をしようと――」


 その言葉を言い終える前に、彼女が何かに気付いたように顔を上げた。


『――ダメ、アイツが来ちゃう!!』


 直後――巨大な影が視界を覆う。つられるように空を見上げて――巨大な人型がこちらに弾丸のように飛び掛かってくるのが見えた。


『見つけたぞ――我が好敵手よ!!!』


 とっさに横に跳ぶことが出来たのは、それこそ本当に運がよかった。轟音と共に衝撃が襲う。さっきまで立っていた道路のアスファルトが、ガラスのように滅茶苦茶に割れていた。


「なんだコイツ!?」


 目の前にいたのは、自分の目線と同じ高さの白いロボットだった。


 真っ白な装甲にがっしりとした鎧のような装甲をまとった、それこそ荒々しい騎士のような外観。その白いロボットが、ゆらりと立ち上がる。


『逃げるとは貴公らしくもない。だが戦いこそが我と貴公の宿命(しゅくめい)なれば!』


 その中から聞こえてくるのは男の声だ。もしかしてこのロボットと同じように、誰かが中にいて操っているのか。


「コイツも俺の乗ってるアル、アルなんとかと同じロボットなのか!?」


『そう! アルトゥバンと同じ竜術機、〈塞霆(さいてい)の魔人〉ゼプトの駆る最強の剣聖〈パラヴァタクシャ〉!!』


「なんなんだよ、覚えられない名前ばかりだな――」


 そのロボットが手にしているのは、それこそゲームやコスプレでしか見たことのない巨大な剣だった。分厚い刀身は結晶塊と表現すればいいのだろうか。鍾乳洞の一番大きなつららをそのまま切り取ってきたみたいだ。


 白いロボットはその大剣を重量を感じさせない動きで振るうと、ぶん、とこちらに切っ先を向ける。この剣はヤバい。なぜかは分からないけれど、そう確信させるだけのオーラがある。


『――此度こそ、決着をつけさせて貰う!!』


 こんなに圧を感じたことは人生で一度もなかった。少なくともこちらに向けられた殺意は本物だ。生身の膝ががくがくと震えて、じりじりとロボットの足が下がっていく。


『どうしたの!? 早く逃げて!』


 その言葉にハッとして、自分が呆然と立ち止まっていることを思い出す。


「とっ、とにかく道沿いに逃げるぞ!」


 剣の間合いから一旦離れた、と感じた瞬間、くるりと相手に背を向けると、そのまま全力で機体を走らせた。


『なんだと!? なぜ我に背を向ける!?』


 声が後ろに遠ざかっていく。勝手に動揺している相手を置いて走る。このロボット、想像より遥かに速い。ほんの数秒走った間に、先ほどのロボットからぐんぐん離れていく。


『逃がさんぞ!』


 直後、後ろで白いロボットがその大剣を地面に突き立てる。


「? 何してんだアイツ――」

『! 今すぐ跳んで!!』


 言葉に従って大地を踏みしめ、思いきり飛び上がった。相対的に地面と家々が遠ざかる。軽い気持ちの一蹴りで屋根の上まで視界の下だ。


「うお!? 思ったより高――」


 その瞬間、背後で轟音が響いて、振り向くと地面のアスファルトと共に、通り沿いに停車していた無人の白バンがそのまま爆音を上げて自分と同じ高さにまで飛んでくる。


「なに!?」


 何が起きたかを遅れて理解する。あの突き立てた剣が車すら吹き飛ばすほどの衝撃波を発したのだ。


 着地した時には、既に白いロボットは付き立てた剣を抜き再びこちらに迫っていた。連発できないのか、それとも距離に限界があるのか。冷静に見極めようとする頭と、必死に逃げようとする心の間で自分自身がぐらぐらと揺れている。


 着地した直後に白バンの影が迫る。この落下方向なら奴との間を塞ぐ形になるはずだ。その間に少しでも距離を離せれば。


 しかし、白いロボットは止まる気配すらなかった。落下する白バンを避けるそぶりすら見せず――そのまま正面から激突する。


「――!?」


 動きが止まった。そう思って足を止めていたら後悔しただろう。何故なら目の前の白バンがばっさり二つに引き裂かれたかと思うと、その白いロボットがその中からこちらに向けて飛び出してきたのだから。


「めちゃくちゃするなアイツ!?」


 ダメだ。このまま直線的に逃げても振り切れない。それに、この道を行った先にあるのは駅のロータリーだ。車も多いが何よりこの時間。駅にはまだ人通りがある。この相手がそんな配慮をしてくれるとは思えない。

「脇道に入るぞ!」


 減速せずに強引に足をスライドさせてコーナリング、大通りに面する脇道に突っ込んだ。どこかの家のインターホンが装甲に引っ掛かって吹き飛んでいく。


『す、すごい。もう操作慣れてきてる?』

「そいつはどうも!」


 後方を確認すると、まだ追いつかれる様子はなかった。どうやらあの衝撃波以外の飛び道具は持っていないらしい。


(これなら、そのまま何度か脇道を曲がり切れば逃げられるんじゃないか?)


 視線を切って、どこかの庭か何かに隠れるか、ガレージにでも逃げ込むか。視界から逃げ切ることが出来ればいい。とにかくどこかでやり過ごす。


(よし、このまま次の道を曲がって――)


 その瞬間、目の前にあった通り沿いの一軒家が轟音と共に炸裂した。


「なんだよそれ――」


 驚いて足を止めてしまう。建材がつぶてのように舞う中から、先ほどの白いロボット――パラヴァタクシャが姿を現した。


 信じられない。家を突き破って最短距離で追ってきたんだ。そして同時に思い出す。今コイツが突き破って突撃してきた家には、さっきまで電気がついていたことに。


 飛んできた破片に交じって、額に入った家族写真――この家の家族の者だろうか――が目の前に軽い音を立てて転がってきた。見たこともない誰かの日常が。


 そして、目の前の事実に動揺する余裕もなく、白いロボットが再び剣を向ける。


『くだらん時間稼ぎをするとはな! 何のつもりか知らんが、もう容赦はせんぞ!』


 相手のロボットの乗り手は、自分が今何をしたのか気にも留めていないようだった。これは戦いだ。そこに居た以上、巻き込まれても仕方がないと割り切って、気にも留めていない。


「くそっ、ふざけるなよ……!!」


 内側から何かが沸騰したように血が昇る。この子の望みは逃げることだ。だけど、今目の前で起きたことが信じられない。

 この相手は目的のためなら簡単に人を殺すヤツだということを理解する。コイツを止めるには、もうこの相手を殺してでも止めるしかないかもしれない。


『ちょっと! 早く逃げてって言ってるじゃない!』


 周囲を見回して、近くに『止まれ』の標識があるのを見つける。今からやろうとすることが自分にできるのか、という疑問は浮かばなかった。

 思いきりその根元を蹴り飛ばして標識を折る。一瞬痛みを覚悟したけれどフィードバックはない。そのまま折れた標識をつかみ取って、そのまま不意を突くようにぶん、と相手に向けて突き出した。


『むっ……!?』


 キィン、と甲高いいやな音が響く。突き出した『止まれ』の看板は確かに相手の機体に命中していた。しかし。


『我が愛機の鎧、脆弱な金属棒などで祓える筈もなし!』


 看板の先端、赤い三角の標識にヒビが入ったかと思うと、そのままパリパリと割れて砕け散った。


「なに……!?」


 白いロボットには傷ひとつない。見えない何かに阻まれて標識が破壊された、そうとしか表現できない。得体の知れない現象に、一歩後ずさる。


 距離を置いた瞬間、あることに気付いた。目の前の白い機体には雪が少しも積もっていない。雪が触れた瞬間、小さくはじけて消えているのだ。


『そしてわが無敵の剣! その刃で断てぬものなどなし!』


 振るわれた剣を、ダメ元で標識の残った柄でいなそうとする。しかし鉄パイプでは一秒も稼げない。標識が断ち切られる――


『!! ソイツの剣に触れちゃダメ!!』


 少女の声と同時に、持っていた標識の残り部分にも無数の割れ目が奔った。そのひび割れが指先まで届く直前に慌てて手を離すと、そのまま残っていた棒もバラバラに砕け散った。

 言葉すら失ったまま慌てて距離を取る。即席の武器も通じない。


「クソっ……武器なしじゃどうしようもねえのかよ!」

『だから言ったじゃない!』


 憤りも悔しさも解消できないまま背を向ける。この相手に対応し得る手段はない。今こうして自分が無事なのはたまたまだ。あの割れる攻撃を本体が喰らったら耐えられるか分からない。


『茶番に付き合う気はないぞ! さっさと本気でかかって来い!!』


(どうする……!?)

 方法を考えろ。奴の大剣みたいにこいつも同じロボットなら何か武器があるんじゃないのか。それなら対抗できるかもしれない。知らない女の子に気を使っている場合ではない。


「おい! なんか武器とかないのかよ!?」

『……ある! 私に触って!』

「さ、触るって――君を?」


 少女がポカン、とした後で顔を真っ赤にする。


『違う! 目の前にあるその箱! それが私! 私を構成する宙匣(そらばこ)!!』

「あ、あっはい! そうですよね!」

 ゆっくりと意識を切り替えて、スティックから生身の手を離す。

『いいから! 早く!』

 目の前には奴が迫っている。イチかバチかだ。その箱に手を伸ばす。その瞬間、目の前の世界が切り替わった。

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