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ドラグスケイル:オーバーステラ  作者: 伊丹巧基
第一章 竜と少年少女たち
2/58

001

 都合のいいことなんて起こらない。突然誰かが助けてくれたり、自分の元に都合よくチャンスが転がってきたり、突然女の子と仲良くなったり――そんなことはあり得ない。雪降る路地裏で女の子に刺されて、ひっくり返って死を待つことはあっても。


 ドクンドクン、と心臓が異常な音を立てている。血液が異常な速度で循環していく。それがはっきりと分かるのに、立ち上がることもできず真っ黒な空とチカチカと瞬く星を見つめている。不思議な夜だ。降り積もる雪と星の区別がつかなくなっていく。自分の身体を基点に体液が流れ出し、自分という存在がどこかに離散していく。



 ほんの数分前、夜のバイト先から家に帰るまでの裏路地で、白い息を吐きながらぼんやりと空を見上げていた。今日は不思議な日だ。雪がちらほらと降っているのにたくさんの星がよく見える。


「……星の名前、父さんみたいにすらすら言えたらいいんだけどな」


 擦り切れそうな腕時計を見ると21時過ぎ。帰ったら店長から貰ったまかないを温めての夜ご飯、そのあと明日の英語の単語小テスト対策。半分も覚えていないから、ちゃんと見直さないと。たまたま覚えているところだけ出てくれたりはしないだろう。都合のいいことは起こらない。


 遠くで何かが光ったような気もしたけれど、どうでもいいことだと感じて帰路を急ぐ。天気予報だともう少し経つと空に雪雲がかかり、深夜には雪が数センチ積もるらしい。東京ならたまに見る光景だ。

 寒い日は、両手の火傷がチクチクと刺さるように痛む。何度か手を開いて握って、そのまま歩き始める。家に帰ってもどうせ電気は付いていない。変化のない、いつも通りの日々。


 そのいつもの帰り道、いつもと違う光景にふと足を止める。


(なんだ? あの子)


 薄汚れたコートを着た金髪の女の子が、よろよろと街灯の下を歩いていた。


 日本人には見えない。整った鼻筋に黄色い眼。グラデーションがかった橙色の髪は、染めたものとは思えないほど自然なのに綺麗に輝いている。目元は真っ赤で、さっきまで泣いていたのかもしれない。街灯のスポットライトに照らされて雪が舞い散る中に佇む一人の少女の姿。幻想的な光景に目が吸い寄せられていた。


 ここで声をかけようか迷った。彼女が助けを求めているか分からない。助けてと言われたら助けたいけれど、勘違いというのもよくある話だ。

 なんて声をかけたらいいだろうか。大丈夫でしょうか? いや、外国人なら英語だろうか。きゃんあいへるぷゆー? 英語としては分かっても発音には自信がない。


 だから彼女が俺の方に駆け寄ってきたとき、とっさに動くことができなかった。理由は二つ。一つは彼女の可憐さに目を奪われていたから。そしてもう一つは、彼女の着ているコートが血まみれだったことに気付いたから。


「ごめんなさい!」


 彼女の謝罪と共に、深々と何かが俺の胸に突き刺さった。


「え?」


 そのまま俺の視界はぐるりと回転する。真っ黒な夜空が視界いっぱいに広がる。オリオン座は見えるだろうか。腰のベルトの三つの星が見えないか探して、自分の視界が少しずつ真っ赤になっていることを自覚する。


 意識が遠のく。きっと、これは都合の悪いことだ。都合のいいことは起こらないのに、都合の悪いことだけは日常の中で無限に起こる。


 まあ、このまま帰れなくても母さんは気付かないだろうな。そう思ったまま、俺の意識はどこか遠くに飛んでいく。

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