011
(設定資料:主人公とヒロイン_空木雪迦とルーネ イラスト:こぱか)
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「……確認なんだけどさ、ルーネ」
「うん?」
「本当にこれが完璧なプランってやつなんだよな?」
「そう言ったじゃん。なんか問題ある?」
「問題あるっていうか――」
問題とか以前の話じゃないのか。そう思いながら、俺は今立儀市の駅近デパート街にいた。
今日は休日で人でにぎわっている。十二月に入って、どの店も徐々にクリスマスムードの装いになっていた。そこに立つ革ジャンにジーパン、金髪のウィッグにサングラスをかけた自分。その横に厚手のファーがついたコートに大きな帽子、ブレスレットや指輪、ネックレスを大量に付け、そして同じくサングラスのルーネ。
そう、彼女が普通に姿を現している。それもこんなに目立つ格好で。そして俺も同じくらい目立つ格好で横に突っ立っている。
「本当に、これでいいのか?」
「そ。どこに行くにも物資が必要だし。その為の準備で買い込みに行きたいけど、セツカだけで買い出しして荷物持って帰ったらそれこそ『今から逃げる準備します!』って言ってるようなもんじゃない」
「それはまあ、そうなんだけど」
こんなことをしている理由は、昨日のこともあって復元機関の監視を警戒したからだ。
まず、この駅ビルまで自分一人で家を出て歩いて来た。トイレの個室に入り一度ルーネを箱から『出現』させ、男子の格好をしたルーネと時間差でトイレから出てきて、その後駅ビルの最上階の映画館に入って、サッとルーネからもらった服に着替えて脱出、そのあと変装して待っていたルーネと合流……と、それこそ映画のスパイのような動きで監視から逃れたわけだ。
とはいえこれが最適な方法だとはどうしても思えない。第一、この変装でバレないわけがない。髪の色はともかく、背格好は変わっていない。映画館もその内自分がこっそり抜け出したことが分かれば、より警戒も厳重になるかもしれない。
「大丈夫大丈夫、シルヴァとは何度もこの手で乗り切ってきたから! それより買い物だね。まずは着る日本の洋服! 次に備蓄できる水と食料! それにサバイバル用品の補充! 買うものはたくさんあるからね!」
「こんなテキトーな変装で都合よく誤魔化せるなら苦労しないんだけどな……」
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「あれ? やっばー、見失っちゃった?」
駅ビルの一階の広場で灯音はキョロキョロと周囲を探し回っていた。今朝、空木家の前でこっそり待ち構えていて、彼が昼前に外出するところから尾行していた。駅ビルまで向かったところまでは確実だったのだけど、そのビル内でトイレに入ったのを見たあと見失ってしまったのだ。
トイレが見える場所で30分ほど待っても出てこない。しびれを切らしてこっそり男子トイレ内に飛竜を飛ばして、全ての個室が空だったのを見てようやく自分が撒かれたことに気付いた。
「うーん、トイレ前で見張ってたのにな……まさか見落とすなんて」
灯音は自分の失態を呪う。昨日行町に大見得を切って連れてくると宣言したのに、早くも標的を見失ってしまっているのだから。
「ここであの子達を使うわけにはいかないし……」
普段使役している小さな飛竜たち。あの子たちは一般人に気付かれにくいが、ここは人目が多すぎて見つかってしまうし、12匹全て展開したら、狭いビル内で飛び回らせると制御しきれず衝突する可能性もある。できる限り日中大ごとにしたくない、というのは行町や復元機関の総意で、もちろん自分もそれに従うつもりだった。
灯音は再び辺りを見回す。休日で人の多いこの時間帯、ピンポイントで空木くんのみ見つけるのは難しいだろう。かと言って竜術は目立つし、今は自分の足で見つけるしかない。
「まだまだこれから! うん、まだヤバくないはず……」
まだ外の監視をしている人達から報告はなかった。電車の乗り降りも監視されている。そう考えるとまだこの駅周辺の施設にいるはずなのだ。なら、彼があの『宙匣』のパートナーだと仮定して何をしにここに来たのかを考えてみるしかない。
「……まあ、普通に考えれば買い物だよね」
相手は何十年も復元機関から逃げ延びた魔人なのだ。ずる賢くて合理的な判断のできる油断できない相手。なら真っ先に行くのは食料の確保として地下の食品街だろうか。それとも、野宿を視野に入れて5階でアウトドア製品の買い込みだろうか。何日もの移動となれば、丈夫な服、いざという時の薬も必要だ。
灯音はしばらく考え込んで、ついに一つの結論にたどり着いた。
「よしっ、順番に全部回れば見つかるっしょ!」
ワンフロア見るのに5分なら、このビルは1時間以内に捜索できる。魔人はともかく空木君を見つけるだけでも話は違ってくるなら、探すのは簡単だ。
そのまま周囲に少し変な目で見られているのも気にせず、灯音は地下へと向かった。
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「なあ、どんだけ服買うんだよ?」
両手に大量のブランド名入り紙袋を抱えるのに耐えかねて、思わず叫んでしまった。
「まだまだ! 日本の洋服も結構ほしかったんだよねー、あ、あとアクセサリーも結構いい感じのが多くてそっちもちょっと欲しいかなー」
そう言いながら服を選んでいるルーネにため息が漏れる。4階の女性服売り場だけでかれこれもう1時間は経過している。こんな悠長なことを本当にしていていいのだろうか。
「まさか、本当の目的って単にショッピングだったんじゃないだろうな……」
荷物を抱えて彼女の後ろに立っている間も、今にも復元機関に見つかるんじゃないか、とだんだん不安になってくる。仮に伊里院さんがまだ疑っていて、このビルまで追ってきていたらどうするんだ。秒でバレるに決まっている。
(流石にそこまではしないか……いや、しないで欲しいけれども……)
そう呟いている間にも、ルーネは別の店の前で髪飾りを見つめている。どう考えても食料の調達が優先だと思ったのだけれど、これは何か想像もつかない真意があるのかもしれない。
そうこうしているうちに、ルーネが再び紙袋を持ってくる。
「よっし、これで服はOKかな」
「本当にこんなに必要なのか?」
「あのね、服ってのは人の視覚情報をハックする一番手っ取り早い手段なんだよ。レストランにドレスコードがあるように、場にふさわしい服を着たり、相手の想定とは違う格好になれば意外と簡単に欺ける。そのためには沢山の服のバリエーションがないとね。あ、もちろんセツカ用の服もたーっくさん買ったから。シルヴァの服でもサイズは合うけど、折角ならセツカ専用でコーディネートしないと」
ルーネの勢いに押し切られているうちに、自分の抱える紙袋が更に数個追加された。
「じゃああとはパパッと地下で食べ物買って退散。服とか箱にしまうから、一回お手洗い行こう」
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「なんでどこにもいないの!?」
このビルの地下から最上階のお子様預りセンターまで走り回って1時間。んもう! と街中で歯ぎしりする。結局、どこにもそれらしい人物は見つけられなかった。空木くんも、そもそもの本命のターゲットの『宙匣』の魔人も見当たらない。
(1時間かけて怪しい人が一人もいなかったなんて)
灯音の目に留まったのはほんの少しだけ。地下で後ろの列も気にせずお菓子屋の店員と喋り続けるおばあちゃん、試食コーナーでウインナーを売っていた友達の彼氏そっくりの人、おもちゃコーナーで転がって泣き続ける子供とそのお母さん、そして大きな帽子にサングラスをかけた金髪の女の子と、同じようにサングラスをかけて大量の荷物を持たされていたかわいそうな青年のカップル。
ダメだ。どれも無関係の一般人だ。
そして他の監視メンバーからの発見連絡もない。灯音の脳裏に不安がよぎる。
(もしかして、あたしの想像もつかない方法で既にこの街を脱出してる?)
十分にあり得ることだ。何度も復元機関の追跡を振り切ってきた相手なのだから。そもそも今追っている学生――空木雪迦という同級生も囮の一つで、宙匣はすでに別の場所に移動していて、私は魔人の手のひらで踊らされているだけなのかもしれない。
「ううん……見落としたとか、どこか試着室の中だったとか……あたしの目の届かないところに居ただけ。もう一度全部探し直し!」
灯音はその『宙匣』という魔人のことを直接見たことはなかった。知っているのは外見の特徴――女性であること、虹彩のある金色の瞳、グラデーションのかかった橙色の髪の毛、それだけだ。
きっとハリウッドのアクション映画に出てくる筋肉ムキムキのアクションおねーさんなんだろう、と脳内でその姿を想像する。ミラジョとかスカヨハみたいな。
そんなことを考えながらエスカレーターに向かう途中のトイレの前を横切ったとき、前をよく見ていなかったせいで、正面から出てきた人影に反応するのが遅れてしまった。
「きゃっ……」
どんっ、と目の前にいた小柄な誰かとぶつかった。こちらの方が勢いがついていたせいで、相手を突き飛ばしてしまった、と感触で分かる。
慌てて顔を上げると、目の前で中学生くらいの女の子が尻もちをついていた。大きな帽子が今の衝突でころころと地面を転がっていく。そういえば、さっき4階のアクセサリー売り場にいた子だ。
「ごっめーん! ちょっと前見てなかった! 大丈夫?」
「ええ、平気よありがとう」
差し伸べた手を取って、少女を助け起こす。こんなことをしている場合じゃないけれど仕方ない。ぶつかってしまったのはこっちだ。
特に怪我はないだろうか、そう思ってその女の子に目を向ける。
その瞬間、尻餅をついた少女のサングラスがずれ落ちて目があった。
「「あ」」
この目、教えてもらった通りの、魔人特有の虹彩がある金色の瞳。それと同時にその少女の髪の毛――ウィッグも滑り落ちて、グラデーションのかかった橙色の髪の毛が露になった。
「そ、その目、その髪――あなたが『宙匣の魔人』!?」
想像してたより子供っぽい。あとお人形さんみたいにかわいい。
そんなことを考える間もなく、少女は手を振り解くと脱兎の如く駆け出していた。
「あ、コラ待て! いや待って!」
ほんの数瞬のあいだに少女はあっという間に人混みに紛れて行く。見た目からは想像もつかないほどの逃げ足だ。
「あーもう! なんであそこで手ぇ離しちゃうかなあたしって!!!」
意を決してそのまま後を追う。普段のように人を避けようなんて意識はない。誰かに肩をぶつけてもガン無視して走って追いかける。
それでも追い付けそうにない。その上ちょこまかとこちらの視線を切るように遮蔽に隠れたり柵を飛び越えて見失わせようと工夫してくる。そこそこ体力には自信があるつもりだけど、相手の逃げる能力が高すぎる。このままだと本当に振り切られそう。
「だからって逃がすかっての!! みたらし!!!」
その声に呼応したように、小さな飛竜が一匹、スイーッとビルの中に侵入してきた。
「あの子を追って! あたしもすぐに合流する! なんならまっちゃとくさもちも呼んで!! 絶対に逃がさないで!!」
その言葉に従うように飛竜は灯音を追い越して魔人の背後を追う。肩で息をしながら、灯音はスマホを取り出し通話する。
「至急要請、〈流天〉を――ここ、駅のマルエー隣のビル、屋上裏口に至急配置!!」




