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ドラグスケイル:オーバーステラ  作者: 伊丹巧基
第一章 竜と少年少女たち
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『ふーん、学校って内容はいいのに教え方が微妙。あれじゃ楽しい内容もつまんなくなるでしょ』


 今日の授業が終わり、早速ルーネが語り掛けてくる。


『正直やらされてる感はあるし、退屈な授業は普通にきついけど』


『勉強はしといたほうがいいよ。シルヴァは四則演算も怪しかったからすぐ数字を『だいたい』で誤魔化そうとしてたし』


『それでよく日本まで来れたな……』


『シルヴァは計算はできなくても交渉とか上手だったし。あと雑だけど料理もできたよ。よくハムエッグとか作ってくれた』


 ルーネは割と頻繁に食い物とか料理の話をし始めることが分かってきた。昨日のカップ麺への食いつきもそうだし、昼の購買のパンも食べたそうにしていた。


『腹減ってるかもしれないが我慢してくれよ。今日はバイトないし、さっさと家に帰ろう』


 頭の中で会話することにも慣れつつあるな、と思いながら鞄に教科書をしまって肩にかける。ふと顔を上げると、クラスメイトの一人が俺の前に立っていた。


「あ、空木くん。ちょーっといい?」

「ん?」


 目の前にいるのは、と名前を思い出す。そうだ、伊里院(いりいん)さんだ。染めた金色の髪、着崩し気味の制服。クラスの陽キャ、いやカースト上位とでも言えばいいのか。彼女とそのグループが何かやりたいと言えばクラスの皆は大体従うし、先生からも一目置かれている。自分とは縁のない素敵な日々を送るクラスメイト。


 その割には誰に対しても気さくに話しかける人だな、とはいつも思っていたけれど、自分に声をかけてくるなんて珍しい。


「何か? あれ、掃除当番とか忘れてた?」


「あ、違う違う! そーいうんじゃなくて、ちょーっと空木くんに聞きたいことあってさ、時間大丈夫?」


「まあ、いいけど……今日はどうせ帰って寝るだけだし」


 ふーん、じゃあさ、と伊里院さんが笑顔でこちらを覗きこむように言う。


「空木くんってバイトしてたよね? あの通り沿いの中華屋さんで」


 バイト先の中華料理店の話。いつも仕事帰りのオッサンしかいない中華屋に興味があるとは思えないな、と少し不審に思いつつも普通に答えを返す。


「ああ、してるしてる」


「昨日はバイトの日?」


「そうだな。昨日は普通にバイトしてたよ」


「夜まで?」


「そうだけど」


 なんだろうか。少しずつ尋問みたいになってきた。鞄のひもを握り締める。


 んー、とくちびるに指を当てながら、伊里院さんがこちらの周りをゆっくりと回る。それから一度立ち止まって、こちらに向き直る。


「じゃあさ、ちょっと聞きたいんだけど……帰り道、何か見なかった?」


 目が合う。人と目を合わせるのは得意じゃない。だけどなぜか逸らすことが出来ない。その綺麗な深い瞳に吸い込まれそうになる。鞄を握り締めた手が緩んでいく。帰り道、何を見たっけ。いや見たなんてもんじゃない。それこそ俺はルーネと出会って――


『セツカ、気を付けて!! この子……竜気を帯びてる! 魔人ほどじゃないけどかなりの竜気……ただの一般人じゃない!!』


 その言葉にハッとして、一瞬身体が固まる。竜気。今朝の話を思い出す。竜に関係している組織であれば、竜気を発していてもおかしくないとルーネは言っていた。


 この状況もおかしい。普段彼女はクラスメイトのグループと一緒にいるのに今は一人だ。それにいつの間にか、なぜかクラスには誰もいない。彼女のグループの女子たちも含めて、さっきまで教室内にいた同級生が全員席を離れている。


『何か暗示……誘導するタイプの竜術!!』


 さっきの彼女の目はそれだ。今は気にならないが、何か吸い込まれてしまうように意識が持って行かれていた。


『無効化してるけど、かかったふりしてそのまま答えて! 今気取られたら危険すぎる!』


 どうやらルーネが何らかの対策をしてくれているらしい。どういう仕掛けなのかはわからなくても、とにかく今、自分は伊里院さんから暗示を使った尋問を受けていて、実はかかっていない現状まではバレていない状態ということになる。


 少なくとも確実なのは、伊里院さんは復元機関とかいう『敵』の一人だ。だけどここで戦闘に持ち込んだりするわけにはいかない。受け流すことだけに集中するんだ。


 ぼんやりとした表情を意識しながら、自分の頭の中で考える。落ち着いて話せばいい。これは逆にチャンスかもしれないのだから。


 今話しちゃいけないのは、昨日の本当の出来事だ。本来なら、俺はシミュラクル結界の効果で認識をゆがめられていた。その上で、彼女の暗示に掛けられて覚えていることを喋らされている。


 あとはどこまで伊里院さんに見られていたかだ。しかしあの赤いロボット――アルトゥバンに乗っている現場を押さえられていたら、こんな探りは入れてこないはずだ。疑うだけの情報は持っているかもしれないが、確信はないんじゃないか。


「ああ……なんか帰ってる途中で凄い爆発があってさ。やべえ燃えてんじゃんって思いながら……あれ? どうしたんだっけな、気付いたら家にいたような」


 自分の演技力には不安があるけれど、この短期間ではじき出した結論だった。あの結界が自身の行動の認識すら阻害できるなら、こんな反応になるんじゃないだろうか。


「ふーん。なるほどね。シミュラクルの影響は受けてる感じじゃん。やっぱ違ったかな~?」


 伊里院さんの反応は、明らかにこちらと会話している様子ではない。暗示にかけているつもりだからなのだろうか、目の前でにこにこ笑いながらこちらを見てきて、顔をぐいぐい近付けてくる。ついつい自分の顔まで赤くなってきそうだ。


「じゃあ次の質問。その帰る前での間、何か見てない? 例えば――でっかいロボット、とか」


 ロボット、の単語にギクリとする。いや、してしまった。その反応を見て伊里院さんがずい、と詰め寄ってくる。自分と彼女の距離わずか数センチ。逸らした目線の先には、ワイシャツの隙間から、甘い匂いと共にその丘陵が迫ってきている。


「あれ、なんか知ってそうだね。見たの? もしかして」


 からかっているような口調なのに、その目は笑っていない。


 今のはカマをかけられたんだ。ロボット、の言葉に反応してしまった。向けられているのは疑いの目だ。今言い逃れたら、怪しまれて暗示にかかっていないことを見抜かれかねない。


「そ、そうだ。思い出した。見たんだ、赤いロボットを」

「やっぱり! で、空木くんはどしたの?」


「目の前に着地したんだけど、そのままどっかに走っていったんだ。でも今日来たら誰もそんな話してないし、俺も記憶が変な感じで……」


 ぼんやりとている演技を続けながら、伊里院さんの顔だけが視界に入り続けている。笑顔でいるだけでみんなが嬉しくなるタイプの美人にじっと見つめられていると、徐々に心臓の音が耳の奥でどくんどくんと鳴り響いてくる。


「ふーん。でもさ、通学路と反対にある、放置されてる倉庫にいたよね? あれはなんで?」


 倉庫に居たことまで見られていたのか。ぼんやりした表情のまま、頭の中をフル回転させる。


「それは……そのあと別のロボットを見て……すごい衝撃波に襲われたんだ。慌てて隠れる場所を探してたまたま入ったんだ」


 少し苦しい言い訳かもしれないが、部分的にしか嘘はついていない。事実、あのパラヴァタクシャから逃げるためにあそこに退避したのだから。


「じゃあ見たけど竜術機に乗ったりはしていないってこと?」

「……そのりゅうじゅつきって、なんだ?」


 あえて疑問形で返すことにした。今自分は、何も知らないただの一般人なのだから。


 そしてこの口ぶり、伊里院さんは少なくとも竜術機に関与する程度には上位のメンバーらしい。この尋問だって組織として動いているというより伊里院さんの思いつきでやっているみたいだし、それだけ自由に行動する裁量が与えられているのだ、そこそこ権限のあるメンバーである可能性は高い。


「うーん、ほんとぉ~?」


 そう言うと、伊里院さんがこちらのほっぺたをぐいーっ、とつねってきた。


「痛い痛い……ほんとぉうだってヴぁ」


 もしや暗示に掛かってないことを見破られたのだろうか。ボロが出ていないとは言い切れない。そもそも本当に暗示に掛かっている状態を知らない以上、演技も想像で補っている。


 しばらくつねられていたが、ふと伊里院さんがこちらの顔を見てふふっと笑う。


「ふふ。てか結構かわいい顔してんのね、空木くん」


 自分が本当に間抜けな顔をしているような気がする。そのまま伊里院さんはパッと頬をつねっていた手を離した。


「ま、暗示に掛かってるなら嘘はつかないっしょ。うんうん、いやーチョロいね、男子って」


 今のどういう意味でしょうか、伊里院さん。そう聞きたくなったがここはこらえることにした。


 ふー、と伊里院さんが一度深呼吸すると、もう一度こちらに向き直る。


「はい、最後に……あたしが手を叩いたら、今話したことを忘れること! いい?」

「は、はい……」


 じゃあいくよ、と伊里院さんが両手を掲げる。


「さーん、にーぃ、いち、はいっ!」


 パン、という手拍子のあと、まるで今初めて伊里院さんの存在に気付きました、みたいな表情を浮かべながら言う。


「……あ、あれ? 伊里院さん、なんでいるの?」


「はいよろしい。というわけで、じゃね!」


 それだけ言うと、伊里院さんはにっこりと笑ってばいばーい、と両手を振ると、あっさりと立ち去った。


 教室の残されたのは自分一人。廊下の足音が遠ざかっていくのを確認して、すこし間を置いてゆっくりと息を吐き出した。


『ナイス回避。セツカ、演技上手いね』


『それはどうも。初めてやったけど、どうにかなったっぽいな』

『嘘に少し真実を混ぜるのは騙す時の基本テクニックだしね。セツカがほぼ魔人になっていることにも気付かなかったっぽいし、一旦誤魔化せたと思っていい気がする』


 そこまで頭は回っていなかったが、十分対処できたと思ってよさそうだ。


『とにかく今日はこのまま家まで帰ろう。そこで明日どうするかを考えないと。それでいいな、ルーネ?』


『そうだね。それに私、明日の完璧なプランをもう用意してるんだ』

『へえ、すごいな』


 廊下に出ても、特に彼女はいなかった。そのまま足早に学校の校門を抜ける。


『セツカ、さっきからなんか挙動不審だよ』

『クラスメイトが敵の機関の人間だったんだ、どこに何がいるか分かんないしな』


『そうだね。帰るまでは安心できない、かな。あとね、もう一ついい?』

『なんだ?』


『鼻の下、伸びてるよ』


    *****


 そんな周囲をきょろきょろしながら学校から出て行く雪迦を、校舎の屋上から一人の少女が見つめていた。先ほど雪迦(せつか)に声をかけたあの伊里院という少女だ。彼女は雪迦の姿が見えなくなるまでじっと見つめたあと、スマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。


 数コールのあと、通話に男の声が出る。


『もしもし、行町(あるきまち)だが』


「あ、もしもしー、あたし。ゼプトさんどうだった?」


『ああ、灯音(ともね)か。どうもこうも、本部もまあ随分と面倒な相手を押し付けてくれたもんだよ。どいつもこいつも魔人ってのは扱いが面倒な奴らだね』


 行町が深くため息をつく。灯音はまだ会話したことはないけれど、遠目であいさつした感じ、プライドの高そうな外人イケメン、という印象だった。行町の口ぶりからすればそれは事実のようだ。

 はあ、と浅くため息が聞こえたあと、行町が聞く。


『で、灯音。君の言っていた同級生の青年――空木(うつろぎ)、とか言ったか。彼が空匣(そらばこ)の魔人のパートナーになっていたかは確認できたかい?』


「ううん、まだ。さっき暗示かけて聞いてみたんだけど、何にも知らないっていうか、あんまり関係なさそうな反応でさー」


『灯音が彼を疑っているのはアルトゥバンが消えたポイントの近くで彼を見たから、ただそれだけなんだろう? 僕はシミュラクル結界下で戦闘エリアに立ち入ってしまった不幸な学生でしかないと思うがね』


 行町の返答はもっともだ、と思いながらも、灯音はうーん、と首を傾げる。


「まっちーからすればそうかもだけど。でもさー、怪しいと思うんだよね、あたし的に。なーんか、引っかかるってゆーか。勘? みたいな?」


 彼の反応を見た限り、竜術は効いていたという感触はある。ただ、その割に言葉の節々に違和感があったのだ。それが何かは、灯音自身にもよく分からない。


『まあ、灯音の勘は結構当たるからなあ』


「だからさ、明日もう少し調べてみようかなって。土曜日なら買い物とか、出かけるかもしれないし?」


『個人行動ってことかい?』

「だって監視だけなら他の人にも出来るっしょ。それにあたし、個人行動の方が向いてるじゃん?」


 行町の返事が途切れる。たぶん明日のプランを考えているのだろう。灯音が雲を少し眺めていると、再び電話の向こうから声が聞こえる。


『そうだな、いいだろう。今この街の住人は大体監視範囲に入っている。その中で灯音が好きに動く分には構わないよ。その空木青年を尾行するもよし、直接襲撃するもよし、だ』


「ありがとー。大丈夫、明日はちゃーんと空木くんと『宙匣の魔人』を行町の前に連れてくるから!」

『もちろん。期待しているよ。灯音ならできるさ』


「あ、あとさ〈流天(るてん)〉も出す準備しといて! 戦闘になるかもしれないし」


 その言葉が呼び声になったのだろうか、遠くの空から小さな飛竜がすいーっと灯音の手元に飛んでくる。一匹。そして二匹。次々と小さな飛竜が屋上に集まっていく。


『ああ、いいだろう。他の機体と合わせてこの前やられた分の修復はもう済んだ。ただ、くれぐれも無茶はするなよ。もし仮にその空木青年がシルヴァ・ヤーネフェルトの後を継いでいるなら、確実にあの竜術機――〈アルトゥバン〉を引っ張り出してくるはずだからね』


 その連絡のあと二言三言かわして、灯音は電話を切った。その時点で小竜はずらりと並んで12匹。金髪の少女を囲うように柵や屋根に止まっている。


「さーて、みんなの出番だよ」


 そう言うと彼女は不敵にほほ笑んだ。

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