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ドラグスケイル:オーバーステラ  作者: 伊丹巧基
第一章 竜と少年少女たち
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009

『うん、やっぱり竜気が漂ってるし、視線も感じる。セツカだけじゃなくて、この近辺の人たちをみんな警戒してるみたい』


 ピンポイントで監視されてるわけでは無さそうだけど、何か変な動きをすればバレる、と。誰がその監視者なのかは気になるが、多分そうすると自分が視線を意識してしまうと思って、別のことを聞く。


『その竜気ってのは臭いとかオーラみたいにわかるもんなのか?』


 頭の中で言葉としてイメージすれば伝わるらしく、ルーネは俺の疑問に反応する。


『んー、なんとなく? 正直フィーリングだけど、少なくとも私は竜気検知器とか無しでも分かるかな。ただの人間には分からないみたいだけど。少なくとも、竜気を出すのは日常的に竜気に触れているってことだから、ほぼ復元機関の人間と考えて良いはず』


 少なくとも自分でどうこう出来る話ではないらしい。微妙に出遅れたこともあって、学校には間に合うけれど人通りはやや少なかった。道路に積もっていた雪も、大量の足跡でびちゃびちゃとぬかるんでいる。


 歩いている道すがら、ふとルーネが語り掛けてくる。


『そういえば、日本の学校には『生徒会』っていう恋愛やコメディをしながら学校のボランティアに従事するグループがあるんだよね? セツカは参加してたりする?』


 なんだその偏った知識は、と突っ込みたくなるのをこらえた。情報源は大体予想がつく。あのお金と同じで、あまり深入りしないほうが吉だ。


『してない。部活とか委員会とかしてる余裕なくてさ。バイトと勉強するので精一杯だし』


 さりげなく嘘が混ざる。別に部活もやろうと思えばできるはずだ。余裕がないのは時間ではない。

 その部分は読み取られなかったのか、少し残念そうにルーネが言う。


『そうなんだ。見たかったなー、セツカが女の子の書記と一緒に書類作業したり、体育倉庫に閉じ込められてドキドキするところ』


 たぶん望んでいるような生活は見せられない。俺自身の灰色の学校生活は置いといても、普通の学生でそんな面白い生活ができる奴がいてたまるか。


「つーか、本当は日本の学校見たいだけなんじゃないだろうな」

『……そ、そんなわけないから。別に。たまたま見る機会があるなら見てみようかなーってだけで』


 箱の中で表情は見えなくても、ルーネの焦った顔が浮かんでくる。


『まあ、期待したものが見れるかは分からないけど……まあ、学校なんてそんなもんだよ』


 そういう間に校門が見えてきて、大勢の生徒たちの一人として、朝早くで眠い頭を引きずるように校門を通り抜ける。聞こえる範囲では、誰も昨日の話をしていない。


(ルーネの言ってたシミュラクル結界とかいうの、やっぱ効果あったんだな)


 校門の生徒指導の先生が不審な動きがないか見張っていたりするのだろうか。そんな陰謀めいたことを考えながら校内に入った。




 自分のクラスまで来ても、その様子は相変わらずだった。同級生の話している言葉を勝手に耳が拾う。「ボヤ騒ぎがあったらしい」「けが人も出たとか」「昨日俺ん家の窓から見えたわ」やはり、彼らにも結界は作用していたようだ。


 そして教室に来ても、特にやることは変わらない。箱が見つからないように筆記用具を出して、そして英単語帳を開く。結局昨日はちゃんと勉強できてないからここで詰め込んで挑むしかない。


『セツカ、あなたの友達に声かけられたりしたら黙るけど、竜気を感じたらその時は警告するからね』

『多分声かけられたりはしないよ、きっと』


 この学校には世間で言うほどのいじめはない。ただ、誰と付き合うかを選ぶ権利はある。当然、誰かを避ける権利も。現状はその結果だ。


 少し手がチクリとして、手袋越しに手のひらを揉む。


『ああ、そういうこと。アレでしょ』


 得意げにルーネの声が脳内に響く。


『アレ?』


『セツカっていわゆる『ぼっち』ってやつでしょ!!』


 単語帳の開いていたページがバラバラとめくれる。取り落とした蛍光マーカーはまだ机の上で転がったままだ。


『それは……』


 頭の中に、なぜかルーネがニヤニヤと笑う顔が浮かんでくる。


『日本にはそういう属性の学生がクラスに何人かいるって聞いたことある! セツカってそういう人なんだ、ふーん』


 単語はぜんぶ頭の中から吹き飛んでいった。


 腹の底から大声を出すつもりで、俺は頭の中で叫ぶ。


『あーそうですよそうですよ俺はぼっち!! 友達も上手く作れません、二人組作るときは黙って余りのペアを探します! そーだよそういう人間だよ俺はよォ!!』


 席に座って単語帳を見ながら、顔を真っ赤にして息だけが荒いヤツ。周囲の視線のことを考えると余計に恥ずかしくなってくる。


 深呼吸して単語帳をもう一度開いたけれど、今のやり取りでまともな思考が浮かばなくなる。昨日あんなに格好つけて守るとまで宣言したのに、今日早速このざまだ。


 しかし、ルーネはそれ以上そのことをからかおうとはしなかった。


『ま、そんなもんでしょ。友達は一人くらいいれば十分。私だって今まで友達なんてシルヴァしかいなかったけど、問題なかったよ。友達が多い方が良いって言うけど、大事な一人の友達と濃密な時間を過ごせばいいだけだと思うな』


『一人もいねーから恥ずかしいんだよ』


『じゃあ、私でいいじゃん。私も今友達なしでフリーだし。運命共同体とはいえ、友達から始めないとね?』


 再び単語帳がバラバラとめくれ、完全に閉じてしまった。


『それは……』


 どう反応すればいいか分からないまま、ぼうっと単語帳の裏表紙を見つめる。


「ほらー、朝会始めんぞー席につけー」


 その言葉で現実に引き戻される。担任が席に来て、他の生徒も席に戻り始めた。単語は頭の中にほとんど残っていない。


 小テストの試験中、ルーネは一言も喋らなかった。正直分からない単語をルーネに呼び掛けて聞けば分かるかもしれないとよぎったけれど、そこは聞かなかった。授業中も。もしかしたら普通に授業を聞いていたのかもしれない。小テストの結果はというと、追試を喰らわないギリギリの点数だった。

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