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夜、ふと人が星空を見上げるように、星空に浮かぶ星たちもまた、そのそれぞれの眼であらゆる地上の出来事を見つめている。
日々を無辜に過ごす人々を。
戦争や飢餓で死んでいく人々を。
都市で社会の歯車として生きる彼らを。
何かに憧れながらくすぶり続ける者たちを。
何かの熱量に突き動かされる人々を。
星々は見てきた。
大きな人同士の戦い。
歴史から消え伝承となった、強欲な竜と選ばれし英雄の対決。
神話に名を残す蛇竜と人神の争い。
神の世界で起きた終末の決戦。
竜はいつだって人間の傍らで生命を脅かし、蹂躙し、奉られ、そして消えていった。いつか来るはずの、遠い遠い、あまりにも遠い終末の日を待ちながら。
すでに人はその理由を忘れている。長い年月と戦争、そして災禍。人間は急拡大の過程で大事なものを失伝していく。その取りこぼしに気付くこともなく、人々は今を生き続けている。今ではもう、全てを見てきた星々だけがそれを知っている。
無数の星が日々彼らを見つめ、その数多の中の一部がある地上の場所に向けられる。極東――日本の地、ありふれたどこかの平和な街。
火花が散る。金属同士のぶつかり合う音が鳴り響く。二つの巨大な剣が、人間の筋力と反射神経をはるかに凌駕した速度で交差する。その数瞬の間に数多の攻防と光芒が入り乱れ、周囲に無軌道な破壊を巻き起こす。
二人の剣を携えた甲冑の騎士が向かい合っていた。先ほどの超高速のつばぜり合いから一転、他者の介在を許さない静かな時間が流れる。
だがここはローマの闘技場でも、ヨーロッパの決闘場でもない。現代日本の街外れ、廃棄物処理場の中だ。先ほどの衝撃で大地が抉れ、小さな火がちらちらと夜闇を照らしている。
そして、その二人の騎士も明らかに人ではなかった。
人の身の丈の二倍を超える長身、携える剣もまた人の規格を超えた大振りの刃。形状こそ違えど両者が構えているのは大剣と呼称するにふさわしい業物だ。
ロボット。一目見てそう呟く者もいるだろう。もう少し詳しければ、あれが二脚兵装という人型兵器の一種だと言うかもしれない。
だが、ここで戦っているのはロボットでも兵器でもない別種の存在なのだ、ということはこの場にいる者たちのみが知る。
『シルヴァ・ヤーネフェルト! 今宵こそ逃がさん!!』
その片方、純白の騎士の内から吠えるような男の声が響く。これだけ苛烈な戦闘のさなか、その機体にはいまだ傷一つなく、白銀の装甲は周囲の炎すら威圧するように静かな輝きを放っていた。
『悪いねゼプト、アンタと決着をつける気なんぞこれっぽっちもないんだよ!』
その機体とは対照的にもう片方――烈火のように赤い戦士は、傷だらけになりながらも致命的な損傷は受けていなかった。
肩に取り付けられた二つの球体が燃え上がるような光を放つが、そのどれもが白い騎士の鎧の前で砕け散る。
『シルヴァ、これ以上はもう――』
『覚悟を決めなルーネ! 行くよ――syvende hale〈第七の尾〉!!!』
直後、互いの機体が交錯する。赤い戦士から再び放たれた光を砕きながら白い騎士が突撃する。だが赤い戦士も待ち構えずに勢いよく足を踏み出す。再び、二つの大剣がぶつかり合い――その光が夜空の中でひときわ大きな輝きを放った。